映画やドラマのセリフを真似することは以前に私が考えてきた日本語の練習法です。とにかく日本語を喋りたい、けれど相手がいません。ならば、このような方法しかありません。確かにバラエティと比べれば映画とドラマのセリフは多少演劇的な感じがし、現実と少し違っているかもしれませんが、バラエティの日本語字幕はなかなか探せません。
最近よく使っている練習用教材は2010年の映画「告白」です。原作は湊かなえさんが書いた小説です。その映画を初めて観た時まだ高校生でしたので理解できなかった部分が実はけっこうありました。けれど、その音楽と画面の組合せは最高だと思いました。一見推理っぽい作品ですが、実は最初から犯人の名前を開示していたのです。それから、少年犯罪の問題、マスコミへの皮肉、道徳と復讐などの話題を含み、人について考えさせる作品だと思います。
今、23歳の私から観たら、映画に映っている中学生たちは実際の中学生みたいです。凄いことだと思います。作家も映画制作者も、それだけ中学生の心理をちゃんと勉強していたでしょう。少年Aの修哉くんは、母に会いたい、母に認められたいと思い、色んな理由を探しながら本音を隠しました。少年Bの直樹くんも、死にたくない理由は、まだ女の子とキスをしたことがなく、何よりセックス経験もないという単純過ぎた理由でした。これらは正に思春期の男の子の考え方ではありませんか。
基本的に、映画も変わらず小説と同じ、主要キャラたちが一人ずつ告白するという形で進みます。人によって、同じことへの態度や考えは違います。森口先生の告白は特に好きです。彼女は平気で生徒たちにとんでもないことを言い続けるので、とても魅力的です。少年AとBが飲んだ牛乳にエイズの血を混ぜ込んだと語って皆さんが大騒ぎになりました。
「春も花も木も、草も鳥も人も、全ての命が萌え上がる季節です。皆さんは是非有意義な春休みを過ごしてください。」と言ったら音楽が響き始めて、「これで終わります。」と森口先生の告白が終わりました。このシーンはなかなか好きです。
この映画は私に最も影響を与えたことは何と問われたら、それは例え先生という聖職者でも、生徒に酷いことをやられたら、かならずしもその生徒を許すと限りません。つまり、従来のグッドエンドではなく、社会的な身分よりも人間としての感情を大切にすることです。酷いことは酷い、嫌いなことは嫌い、許せないことは徹底的に許せないのです。高校生お私には、その思想は啓発的でした。
