欧州遊記、アナザー

現地の物価が高い

今回は大型お土産を購入していなかったが、それでも現地での支出は予算を30数万円オーバーした。現地の移動費用を見積もっていなかったことも一因だが、やはり現地の物価レベルが高く感じられた。スーパーで食材を買って自炊すれば格安で過ごせそうだが、外食は高い。とくにヴェネツィアでの外食はお酒を注文しなくても常に100ユーロ近く上る。ドイツに入ると、トイレさえ有料だった。

Tax Refund(免税)

ヨーロッパでは、日本のようにその場で消費税が免除される制度はなく、「Tax Refund」という還付制度が一般的である。お店で申請手続き(Claim)をし、空港の税関に申告したうえ、カウンターで還付申請を終える流れだが、私がこの制度の存在に気付いた時はすでに旅の終盤だった。当然申請しそびれた買い物も発生してしまった。

不思議なことに、お店から還付制度のことについて案内されることはほとんどなかった。しかも、そうした対応は一部の店舗に限らず、ベルリンの大手百貨店を除いて、どこでも免税については触れられなかった。Global Blueのアプリを入れておけば、身の回りにある対応事業者をすぐ調べられるので、予め用意しておくのをおすすめする。

プレスティアが一番お得

今回の旅行において、エポスカード、三井住友カードとプレスティアという3枚のカードを利用した。結論から言えば、思い切ってキャッシュを用意してプレスティア一本で使ったほうが一番お得だと思う。

プレスティアとは、SMBC信託銀行が発行しているデビットカードのことである。入会するために一定のハードルがあるが、海外のATMで無料(条件あり)で現金を下ろせるし、VISAで決済する時に外貨預金をそのまま落とせる。クレジットカードで安易に決済すると、為替レートに手数料が上乗せられる仕組みになっている。しかも、同じVISAブランドであっても、為替レートに差があると思わなかった。

プレスティア:164円/ユーロ(外貨をそのままTTBレートで購入する場合)
エポスカード:166円/ユーロ
三井住友カード:170円/ユーロ

エポスカードに関してよしとして、三井住友カードの手数料は普通に暴利だと思う。幸い今回三井住友カードの利用が少なく、主にエポスカードで決済していた。

現地語の勉強が不要で英語を押し通す

特に興味がなければ、予め現地語を勉強する必要ないと思う。理由として、中途半端に現地語を覚えて使っても結局相手も現地語で返してくるため、あまり意味を成さないことが多い。「こんにちは」、「Excuse me」程度の挨拶もどれぐらい実用性があるか微妙だった。英語だけで十分通じるので、自信を持って使い通せばよい。

また、複数の国を回るとなると、それぞれの国の言語を身につけるのは現実的ではない。私は学生時代にドイツ語を勉強したことあるので、ミュンヘンの一件で意地を張ってドイツ語を拾ったが、脳みそが素直に疲れた。それと対照してイタリア語を覚える気がゼロで、フレンドリーなイタリアの方々に申し訳なかった。

ヨーロッパへの移住について考える

今回の旅行の本質に触れるテーマだが、アメリカとヨーロッパの両方に実際足を運んだ結果、日本は一番住みやすい国であるという結論に至った。人間社会の限界点でもあると断言する。日本を諦めてヨーロッパに移住することはないと思う。

一方で普段エスプレッソを飲み、イタリア料理を作り、限りなくヨーロッパ的なライフスタイルを送っている自分にとって、異文化としてのヨーロッパに対しては抵抗感よりむしろ親しみすら感じる。特定の現地語にコミットし、あくまで一人の日本人としてなら、中長期での滞在はあり得る話だと思う。

しかし、キャリアへの影響や、特に来るべきであろう子育てなど、現実を踏まえるとやはり難しい。

欧州遊記

4月末から5月初旬まで約2週間ヨーロッパに滞在していた。(再婚)の新婚旅行という位置付けだが、キャリアに不確実性があるうえ、資格試験も忙しい時期に正直に言えば、ストレスフリーの状態で旅を楽しむ心境ではなかった。一方で、近い将来の出産や子育てを考えると今行動しなければ今後なかなかチャンスがないのも事実だった。

今回の目的地はヴェネツィア、インスブルックとベルリンの3地で、ヴェネツィアから鉄道で北上し、ベルリンから飛行機でヴェネツィアに戻って帰国する流れだった。正規ホテルをほとんど使わず、民泊(Airbnb)を中心に宿泊していた。ゴンドラに乗りたい、ブランデンブルク門を見たい、といったアバウトな目標以外一切計画しておらず、行き当たりばったりな旅にした。

ヴェネツィア

ヴェネツィアの旅に関して基本的にARIAの聖地巡礼が目的で、遠い約束に区切りをつける一種の「宗教的」行為だった。そのためにARIAの旧単行本の最終巻を持参していた。船乗り(ゴンドリエーレ)がほとんど男性であることを事前に理解しているし、本島の運河が少々臭うことも許容範囲内だった。

ゴンドラの料金は、30分のツアーで90ユーロという政府が定めた相場らしい。支払いは現金のみ。実際乗ってみた感想としては、ARIAに興味なければ乗らなかったと思う。当たったゴンドリエーレは基本的にフレンドリーだけど、途中3回ぐらい電話していた。見どころを紹介してくれたが、英語が下手で何を話しているか半分程度しか聞き取れない。私より英語が得意な妻も同感だった。ご本人に悪いけど、これは私の素直な感想である。

サンマルコ広場には、鐘楼に面してテラス席を設けている生演奏付きカフェは3軒ある。基本的にどのメニューもプレミアム値段になっているから、ガチ食事ではなく、場所代だと思ってコーヒー一杯(おかわりもフルプライス)にとどまって楽しむことをおすすめする。

ヴェネツィアの最終日、誰もいない袋小路でギリギリまでペット用品ショップの猫と触れ合っていた。猫ちゃんに首輪が付いていたから、野良猫ではないことがすぐわかった。お店にもう1匹猫が居たが、店主の雰囲気に少し違和感を覚えたので、さっさと退散した。後でGoogle口コミを見たら、どうも店主のメンタルに問題があるらしく、観光客に乱暴な態度を取るコメントが多かった。

インスブルック

ベルリンへの中間地点として適当に選んで泊まってみたが、結果的に大当たりだった。小さい町だけど、大きな駅を持っている。アルプス山脈に囲まれており、どの方向を見ても山が広がっていた。動物園を回った後勘違いでケーブルカーで山頂まで行ってしまったが、絶景を見えて満喫した。雪も溶けない高度だったから、さすがにシャツ一枚がきつかった。住民がものすごくフレンドリーで困っている顔したらすぐ誰かが助けてくれる。

ベルリン

ベルリンに着いた日に小雨もあり、変な花粉(?)果実(?)が飛散している地域に入ってしまって咳が止まらず、第一印象が最悪だった。事前予約した国会議事堂に入れたし、ブランデンブルク門も見えて当初の目的を達成できた。妻はなぜか東ドイツやベルリンの壁に興味があって、DDR博物館を訪ねた。バスも電車もチケットを見る人が居なかった。

現地食の重さでベルリン入りの時点でお腹がとくに限界に達したので、ドイツ料理というより和食や中華を中心に諸国料理に手を出していた。一部認定店以外、基本的に東南アジア系の人が和食をやっているようだ。接客態度がいまいちだが、味は基本的に合っている。百貨店のKaDeWeで食べたドイツ料理(?)のザリガニバーガーが美味しかった。

ベルリンの猫カフェCatnip Coffeeの猫ちゃん

(ミュンヘン)

遅延が有名なドイツ系電車に大胆なスケジュールを組み、ミュンヘンで乗り換えることに成功したのも、すごく不快な出来事に会ってしまった。駅の売店からパンとコーヒーを買おうと、咄嗟に「アメリカーノ」を注文した。アジア系店員がすごく不機嫌そうな顔で「Kaffee?」を聞かれたが、隣の白人おばさんに何かを言われたか急に調子に乗って笑いながら「We’re German!」を連呼していた。それから一方的にドイツ語を喋り、英語を拒否する様子を見せられた。このアジア系店員の仕草や見た目で判断するとおそらく中華系であろうと思うが、白人でもないのになぜそんな失礼なことをするか、いまだに理解できない。思えば以前ニューヨークのお店でもアジア系の人に難癖を付けられた経験があって、コンプレックスなのではと思ってしまう。

テレビ台の最後のピース、Playstation Vita TV

Vitaは世間から一般的に負けハードとして扱われている。日本市場でかなり粘っていたが、欧米ではリリース初期から振るわずに沈んでいたらしい。Vita TVは本来携帯機のVitaのために開発したゲームをテレビで遊ぶためにリリースされた当時として異色のハードだ。

最近ふと「夜廻」シリーズをやりたくなり、Switch版もあるものの、Vita版と比べて高価であり、また妻にゲーム画面を見せたいのもあってVita TVを導入する機運が高かった。今後Vitaについても投稿する時にまた改めて語りたいが、ベッドで横になりながらゲームをやるのが好きな私にとってVitaは長い間に渡って主力ハードだった。それ故、今でも一定数のVitaゲームを保有している。「夜廻」をやる以外でもメリットある。

中古市場の状況(2025年3月現在)

前述の通り、Vita自体は人気なハードではなかったし、その延長としての当機種も販売当時からあまり流通されていなかったせいか、中古市場では本体のみで通常2万円程度で取引されている。新品定価の2倍とのことでプレミアムが付いている。

ポイントレビュー

  • Vita TVの本体は非常にコンパクトで、テレビ台のどこに置けば良いか少々悩むかもしれない。HORI製のスタンドを使えばもっとスマートに置けるらしいが、当該アクセサリーは入手困難になってしまった。
  • PS3のコントローラーとセットで販売されていたので、PS3のコントローラーが標準かと思うが、WikipediaによるとPS4のコントローラーも対応しているらしい。
  • 解像度は1080iまで対応しているが、Vita元々の解像度はわずか960×544だったので、基本的に画質が悪い。これも今回最大な期待ハズレだった。
  • WiFiの他、LAN端子も付いている大変真面目な仕様になっているため、安定的なネット通信を期待できる。
Vitaのテーマはそのまま使用可能

「保存」

ゲーム等の管理は特段ソニーのサーバーに依存せず、Vita本家同様のコンテンツ管理ソフトを持っていればローカルでバックアップすることができる優しい仕様だ。しかし、メモリーカードを含めてPSN IDと紐づける機能もあるため、ソニーの出方次第でダウンロードコンテンツをバックアップしても使えない可能性は残る。

Vitaと違って、Vita TVの本体をそのままパソコンと接続することはできない。データの交換はネットワークに頼るが、パソコンとのネット接続を何度も試みても失敗する。一方で、PS3との接続がスムーズで、PS3を経由すれば問題なくデータの交換ができる。

オンラインストアは2025年3月現在、継続している。サービスがいつ終了してもおかしくない状態なので、買いたいコンテンツを惜しまず購入したほうが良いと思う。

新規購入→購入コンテンツの再ダウンロード→機器認証という順でサービスが終了していくと思うので、当面数年間は問題なく楽しめると思う。

雑感

「夜廻」を中古購入してまもなくクリアしたが、次作の「深夜廻」もVitaにリリースされているが、私は多分PS4版を買う。前記にも少し触れたが、Vita TVの画質は思ったよりずっと悪い。PS4版もお手頃で入手できれば正直にいうと無理にVita版を買う必要ない。「夜廻」のためだけなら今更Vita TVを導入したことは賢明とは言えないが、既存のVitaライブラリをテレビで楽しめられるところから見れば悪くはない。また、PSPのゲームも手軽にテレビでできるようになったのも魅力的だ。

Vita TVのTopicsは今でも最後にアップデートされた情報を受信できる。リンクが切れて一抹の寂しさを覚える。早めにVita TVを購入すれば良かったと思うが、私が2016年半ばに来日した頃には、Vita TVはすでに販売終了していた。さらに、当時身分が不安定な苦学生だった私には、やはり購入は難しかった。

「保存」、プロローグ

10代で聞いていた音楽が生涯にわたって影響を与えるという調査結果があるようだ。音楽に限らず、ゲーム、アニメや映画などの流行文化に関して私にとって心に刺さるコンテンツが2000年から2012年に集中しており、もちろんそれ以前とそれ以降も気に入るものがあるが、ピークは2008年あたりに迎えたような気がする。その年、私は高校に入学して、16歳になった。

社会人の生活はつまらすぎてしょうがない。希望に満ち溢れた10代、反逆と革命の20代を経験した私にとって、それらは感動の連続だった。アニメの主人公そのものだ。これ以上の物語を望むのが難しく、とてつもない空虚を味わう。もし自分の人生はアニメだったら、東大に合格した時点で幕が降り、せいぜい永住権を得た時点で後日談も終わるだろう。

欲しくて得られなかったもの、一部になろうとできなかった時代。親友を見送ってバス停のベンチに身を沈めたあの日私は青春と別れた。大学入試が終わったらまた日常を取り戻そうと束の間の光が差し込んだのは2015年の福岡だった。それから日常を取り戻すために8年あまりの時間もかかった。私がゴールにたどり着いた時に、青春の宴はすでに終わり、誰彼も次のステージに進んでいった。

せめての慰めを得ようと、現在と未来に希望を持てなくなった自分は過去に傾いた。カラフルな時代、私が欠席したザ・ゴールド。どんどん遠ざかっているあの時代を追体験するために私は活動を始めた。「保存」、「Preservation」という名を付け、シリーズ化をし、自分の活動を記録していきたい。実は先駆けて、英語ブログのほうはすでにガラケーに関して1作目(Keitai 1 – Peak Performance Heisei Japan, and One of the Reasons Why I Fell in Love with This Country in the First Place)を投稿した。仕事と家族に追われる日々で、昔ほど執筆時間を確保できなくなっているが、可能な範囲で自分の気持ちを文字として保存できればと思う。

MacみたいなiPadではなく、MacBookを買え

たくさんの躊躇を乗り越えて私はMac miniからMacBook Airに乗り換えた。Mac miniの操作感をそのまま、iPadのような使い勝手も兼ね備えている。近年数少ない本当に買ってよかったと思えるお買い物だ。メインマシンをノートパソコンにしたのは学部時代のVAIO以来だった。日常に大きな影響を及ぼした出来事である。

性能に関してM1でも十分だが、一度買ったら長く使いたい気持ちがあって敢えて最新のM3モデルを選び、メモリーも16GBというミドルレンジにした。これは私のワークフローに16GBのメモリーが必要でなく、将来のOSアップデートを考慮した結論だ。これで向こう10年間使えるではないかと思う。

Apple Care+に関して悩んであちこち情報を漁って渋々加入することにした。バッテリーの健康度が80%を切ったら無料に交換してくれるポリシーが決め手だった。酷使して2年ごとに確実にバッテリーを交換して貰えば、かなり元が取れる打算だ。そもそもMシリーズ、アップルシリコン時代のMacBookは電源に繋いで使う必要ない。iPhoneやiPadみたいに充電して利用しても日常の操作に全く違和感がないだろう。

今回私はMacBookをiPadみたいに使っていこうと思う。Mac miniだけではなく、今までiPadが担ってきたロールの大半も果たしてもらいたい。おそらくもう新しいiPadを買わない。少なくともiPad Pro、ないしiPad Airのような上位モデルに手を出さない。今のMacBookならそのポテンシャルがあるし、一番お得な使い分けだ。

私は2018年式のiPad Proを持っている。ホームボタンを廃止した現行iPadデザインの初代に当たる。当時大学院でiPadでメモを取る慣習が流行り始め、このあまりにも画期的なモデルチェンジに魅了されたため、iPadを買い控えて周りより遅い時期にようやくiPadを購入した。それ以来ノートパソコンに代わって社会人3年目まで大活躍していた。期待していたMac OS的な進化が来ず、64GBの容量も厳しくなってきたため、最近主に動画視聴専用機として利用している。今後も利用できる範囲(サイドカーとか)で働いてもらう予定だ。

新社会人、社宅に引っ越した初日

最初からMacBookを買えばよかったじゃないを言われたが、そうでもない。MacBookは最初から今みたいに使いやすいわけではない。むしろ2015年から2020年までリリースされたバタフライキーボードを搭載した型式は黒歴史とも言えよう。バタフライキーボードというのは少し使ったらすぐ何らかの故障が起きてしまう欠陥デザインだ。加えてインテルのCPUを採用したMacBookはあくまでよく最適化されたPCに過ぎなず、他社のノートパソコンと比べてそこまで優位ではなかった。

ちなみに最近Windows界隈もX86テクスチャーからアップルシリコンみたいなARMベースに移行する動きがあるが、いくつかのレビューを視聴した結論として、とても期待できない。そもそもWindows自体が変な方向に進んでおり、どんどん使いにくくなっている。また、パソコンを取り扱う日本メーカーはすでにソニーから分離したVAIOとパナソニックしか残っていない。東大の標準端末はMac(ECCS2021)だ。

セックス

私にとってセックスは健全な生活を送るに必要不可欠な要素だと考えている。病気や加齢などの理由で、セックスができなくなった場合を除き、セックスに応じてくれない「パートナー」は無意味に近い。実際、相談所で最初うまく行き、ある日突然「結婚しても一緒に寝ない。セックスも控えたい」と告げた女性に、仕方がなく断った経験がある。

セックスはマスターベーション(いわゆる自慰、オナニー)とは全く別のものだと思う。自分のオーガズムのみを到達点として目指すマスターベーションはただの「排泄行動」に過ぎない。一方、セックスは2人の共同作業であり、相手のオーガズムに目を配ることが多い。それができず、自分さえ気持ち良ければだと独りよがりの「セックス」はもはやセックスとは言えず、相手の体を使ったマスターベーションだ。

それゆえ、私は「1人のセックス」ができない。初対面の人とセックスする場合、まず相手のことを知ろうとある程度の雑談をする。これはマストであり、セックスの大前提だ。まともに会話ができない人、例え美人であっても私は勃起できない。始終ポーカーフェイスを見せる相手より、お気に入りのエロ漫画を見てマスターベーションをしたほうがよほど気持ちいい。一回だけそういったお方にあたったことがあるが、その時は自分からセックスを拒否し、その場で解散した。

男女の生理的な違いにより、女性は往々にして男性よりオーガズムに到達するのが難しい。そのために、前戯のパフォーマンスはセックス全体のクォリティを左右すると言っても過言ではない。自分の場合、前戯の段階で一度女性をオーガズムに導いてから本番に入るのが既定のパターンになっている。体調などでタイミングが悪く、どうしても前戯では女性にオーガズムに到達してもらえない時もあるが、セックスする度にほとんど約束されたオーガズムによって女性のセックスへのモチベーションを長期に渡って高く維持することができる。

性欲のためもあるが、一夜の関係ではないパートナーとのセックスに関しては一概に言えない。愛情表現であり、自分の義務でもある。自分にとって様々な要素が含まれている。少なくとも私はセックスに必要とされる安心感や達成感、相手との関係の確認を求めている。自分が作った手料理を食べてもらうことも時々セックスとセットとなっている。自分の料理を楽しんでもらった後のセックスは、食欲と性欲を同時に満たすことで、一時的ではあるが相手を完全に支配しているという感覚を伴い、ドパミンが大量に分泌されて激しい快感を味わう。

非モテだった私も、この歳になると多くの人とセックスを経験してきた。印象的な記憶が多く、想像を膨らませるが、不注意も多々あって、性病検査の常連になっていた。結婚は2回までとのことで、仮に今の妻と離婚したら再婚することはないが、セックスだけがまた誰とするだろう。

機内WiFiで仕事してた話

月曜日早々、現地拠点を訪ねてオフィスに入ろうとしたら普通に断られた。先日電話で交渉していた時に、「共用スペース」だったら利用可能を言われた時に、私は明るいフリーアドレスのオフィスをイメージしていた。現地に着いて、蓋を開けたらどうもその「共用スペース」はボロボロな休憩エリアだった。現地オフィスは固定席を採用しており、私に裾分けできる席はどこにもない。

この時点で私の海外散歩計画は破綻してしまった。頑張って休憩エリアで作業してみたが、目立つし、うるさくて会議がまずできない。「休憩エリアになんか変な外国人がいる」という噂が立つ前に、海外オフィスを断念し、次の会議を始まる前に急遽作業スペースの確保に走った。幸い1日2,000千円程度という比較的に安価なコアワーキングスペースを見つけられ、契約することができた。それで一旦目の前の仕事を凌いだ。

コアワーキングスペースを確保できたとはいえ、現地時間の9時から19時のみ使用可能という決まりがあり、日本時間に換算すると昼から出勤することになってしまうし、夜中まで作業することもできない。1日2日で我慢できても1週間続いたら危険すぎる。翌日、たまたま予定された会議が全部キャンセルされ、その場で踏み切って帰国することを決めた。会議がなくなったが、日本時間の夕方に提出しなければならない作業があり、わりとリスキーな決断だった。

荷造り、チェックアウト、空港への移動と出国手続き、搭乗口にたどり着いた時にすでに数時間をロスしてしまい、搭乗時間まで2時間弱しか残っていなかった。早速作業に着手してもなかなか進捗せず、搭乗まで終えそうになかった。そんな危機一髪なタイミングで、機内WiFiのことを思い浮かべた。カウンターのスタッフに機内WiFiがあることを確認できたら、一旦作業をやめ、必要な資料を予めハードディスクにダウンロードすることに専念した。そして搭乗のギリギリまで粘ってノートパソコンを充電しておいた。

事前チェックインの時でも申し込めるみたいけど、自分の場合は離陸してから座席の端末から機内WiFiを申し込んだ。5MB、100MB、300MBと無限という800円から7,000円まで4つのオプションがある。必要な資料を予め用意したので、機内WiFiの利用はメール送付に限るし、300MBも考えてみたけど、やはり今どきのデバイスには300MBが少なすぎて危険すぎる。思い切って無限のオプションに課金した。これは大正解だった。ダウンロードし忘れた資料もあったし、上司とのチャットでのディスカッションもあった。

外付けモニターがなく、マイスすら使うスペースのないエコノミークラスの狭い席で落ち着いて作業することができた。タッチパッドを使って案外精密な操作もできたし、通信速度が遅めだが、確実にインタネットに繋がっている安堵感、その時の私にはこの機内WiFiは7,000円以上の価値があった。成果物を上司に送り、さらにチャットでディスカッションできてついに仕事は一段落が付いた。私はノートパソコンを閉じてリュックに仕舞って窓の外を眺めた。

IPアドレスはカルフォルニアに割り当てられた

君たちはどう生きるか (ジブリ)感想(ネタバレあり)

映画館から帰ってきてから、自分なりにネットで考察や口コミを調べてみて自分の認識をダブルチェックした。やはり、この作品はもう完全に宮崎駿監督のやりたい放題であり、観客の立場をまるで考慮していないように見える。メッセージ性が完全にないわけではないけど、物語自体が成り立っていないと思う。内輪ネタが多く、大変僭越ながら、本ブログの投稿みたいな自分の思いつきを至高な映像美で装飾し、有名人声優を付けて世に送り付けたように思う。

なぜ戦時中なのか、なぜ鳥なのか、なぜ積み木なのか、本作の世界観は難解というよりまるでランダム。なぜ戦時中なのかという問いについて、おそらく宮崎駿監督自身の成り立ちから引っ張ってきたと思う。監督自身は戦時中にまだ幼児だったが、父親が軍用機関連の工場を経営している点は主人公一家の設定と似ている。冒頭に戦争に触れながら、全編を通して限定的であって、プロットデバイスに過ぎない。戦時中という設定を変えても本作にほとんど影響がないと思う。

物語を要約するとかなりシンプルだ。主人公一家は戦時中に疎開先に引っ越し、悪そうな喋る鳥(アオサギ)に惑わされ、人を食べる喋るインコが溢れている異世界に入り、子供の時に母親と一緒に失踪した今の母親(継母)を連れて現実世界に帰還するというファンタジックなお話。このようにまとめて見れば筋が通るように見えるが、実際一貫にしておらず、物語の進み方がランダムで、キャラクターの行動と動機に不可解が多い。

至高な映像美という表現を使ったが、それをもって楽しめるとは言っていない。作中のアオサギはポストのバージョンよりずっと気持ち悪い。普通のアオサギ形態も描かれているが、喋り始めるとくちばしに人間の歯が生えてきてすごく気持ち悪かった。異世界の住人のインコたちは一見可愛らしいけど、本気に主人公を殺しにかかってくるし、実際人を解体して調理して食べてることを思わせるシーンもあり、倒錯的で気持ち悪い。

また、本作のヒロインにあたる少女が子供時代の主人公の母親という設定もまた少し気持ち悪い。成人としてどうしてもピュアに仲間とか親子とかの関係だけ捉えることができず、フロイトのエディプスコンプレックス、いわゆるマザコンを連想してしまう。それ自体は健全だと思うし、そういう感情を持っている、もしくは持っていた人は大勢いる。しかし、気まずくて少し気持ち悪い。

最後はメッセージ性に関して少し自分の理解を語ってみたい。まず簡単に異世界(「下の世界」)の構成を説明する。大雑把に管理者(神様的な)が住む領域、主な住人インコの国、その他という3つに分けることができる。その管理者は主人公の行方不明だった大伯父であり、毎日積み木を使って異世界のバランスを維持している。インコ大王は管理者に尊重しながらも、今以上の自分たちの権益を広げようとしている。管理者は自分の仕事を主人公に継がせようとしても拒否された。一方それを盗み聞きしたインコ大王はなぜか急に怒り出して管理者の積み木を真っ二つに切ってしまう。それによって異世界はあっさり崩壊した。

宮崎駿監督は自分の後継者をうまく育てられなかった虚しさを伝えているか。もしくは、アニメ業界全体として、アニメーターに高い成果を求めるものの、現状の低賃金の体制を強いることを語っているのか。あるいは、日本全体として警鐘を鳴らしているのか。職人に後継者が居ない話はもちろんよく耳にしているが、何より、今の世代の日本人は子供を作りたがらないから、社会の後継者が足りないのだ。昨今自分だけさえよければ、次の世代の形成を他人に押し付ける人がすごく多くて、まさに作中のインコたちの姿勢と重なる。

本作の最大の問題点は、作品内容を伏せて宣伝しない戦略にあると思う。冒頭に戦争への繊細な描写はさらに観客をミスリードした。事実、私は冒頭の空襲シーンを見て涙が流れたし、風立ちぬみたいな戦争をテーマにしている映画かと思った。その故、疎開先から思い切ってファンタジーに切り替えた時に、気持ちの整理がつかない自分はすごく抵抗感を覚えた。ファンタジーとしても前述の通り、物語自体面白くないうえ、そもそも成り立っていない。物語のためにシーンを作ったわけではなく、そのシーンを作りたいから無理に物語を書いたとしか思えない。

この映画はもし宮崎駿監督ではなく、もっと普通なクリエイターとか、端的に言えば無名監督が作っていたら絶対批判を浴びたと思う。まあ、宮崎駿監督ほどの人物でもなければ、そもそも企画としてどこでも通らないだろう。

上海游記

上海はどのような町なのかを聞かれた時、私はいつも「劣化版の東京」を答えてきた。全世界から資金や人々が集まる町で、コンビニと電車ベースのライフスタイルが特徴的なところでは、少なくとも東京と似ていると言えよう。しかし、東京を家にしてから数年が経ち、久しぶりに上海に行った私は上海という町を再認識し、1つの事実を確認できた。いくら戦前に東洋のパリと呼ばれていた上海でも、今では東京と同じ土俵にない。わが東京こそ、名実ともに東アジアの中心である。

チープな上海

上海に対して基本的にチープな印象が強い。戦前からあった建築や施設、日系デパートなどを除き、例えばお店の看板のデザイン、ないしそのネーミングにセンスを感じられない。場合によって、チープという表現よりも、下品な言葉が平気で使われていることもある。果物屋に安くて美味しそうな各種フルーツが並べられているけど、少し失礼だが、店員さんが食べ残した弁当も適当にレジのすぐとなりに放置されて不快感を覚えた。現地系の商業施設の出入口になぜかプラスチック製のカーテンらしきものが掛かっており、潔癖症を持つ妻と同行する際に大変だった。度々、私は先にカーテンをくぐり抜け、手でカーテンを抑えて妻を通すようにしていた。

高価な上海

上海の物価が高い。不動産の相場はまず東京より激しくて、現地の若者は通常自力でマンションを買うことができない。生活においても高く感じる時が多い。もちろん、それはあくまで上海に東京並みの生活を求める場合だけの話である。反日色が強い国の割に、日本の商品を取り扱っている店は思ったよりずっと普通に見かける。日本からの直輸入があれば、現地生産の同等品もある。値段について現地の収入水準に関係なく、為替レート換算で東京より高い。今回旅に出る直前まで忙しかったため、諸々準備不足のせいで、やむを得ずに妻と一緒に上海のドラッグストアで日本のアメニティグッズをたくさん調達した。

不況な上海

あくまで肌感覚だが、上海の景気状況はあまり良くないような気がした。インフラに強い国というイメージだったが、駅など、インフラの老朽化がかなり進んでいる。観光地のお店が必要以上に執拗に客引きをしており、恐怖ですら覚えてしまって逆に入店することができなかった経験もある。日本と比べて、お店の店員さんの数が客の数より多いという印象がある。暇そうで雑談している店員たちをよく見かけた。お店があまり在庫を抱えていないようだ。異なる店なのに、いざ気に入った商品を買おうとして、展示されているサンプルがラストワンであるシチュエーションは多発していた。

上海で電車の乗る時、改札に入る前に必ず保安検査を受けなければならない。具体的に、手持ちの荷物をすべてX線検査装置に乗せる必要がある。保安検査を担当する職員は2〜3人いる。ただの電車の利用なのに、全駅に保安検査が設けられており、市民に多大な不便を与えている。当然ながら、保安職員もNHK訪問員みたいに皆さんに嫌われる対象になっている。ある駅の新人らしき保安職員が特に印象的だった。20歳前後の若い女性で、きれいな顔つきをしていた。あんなきれいな子でも、こんな付加価値のない仕事をしているとは勿体ない。

活気を失った若者たち

10年前より上海の若者は明らかに元気を失っている。昔日本の若者より向こうのほうがより向上心を持って意欲が感じられるという話をよく言われていた。しかし、このわずかな取り柄でも、徐々に消え去っている。背景として、灼熱な受験戦争に就職難にあるではないだろうか。度が過ぎる競争で生き延びても、いざ大学を卒業する時に、多くの人は10万円前後の初任給しかもらえず、事務職に着くこと自体が難しいらしい。

青少年時代に勉強以外何もしていなかった上海の若者は常識がなく、同年代の日本人より振る舞いが幼く感じる。試験で点数を稼ぐのが上手でも、トータルで見たらやはりバランスよく人間性を磨いた日本の若者が健全で優秀だと思う。上海の若者は人として未熟であれば、せっかく打ち込んだ勉強も社会で実を結ばない哀れな人たちだ。

電気自動車

上海では電気自動車、いわゆるEVがすでに広く普及しているように見える。EVのナンバープレートに少し緑色が入っているため、従来の自動車とすぐ見分けすることができる。テスラ以外、ほとんどのEVが聞いたことのない中華メーカーによるものだ。ほぼノーブランド品に近いが、デザインが良さそうだし、タクシーとして利用する時に少し乗り込んだが、やはり内装もおしゃれで乗り心地が悪くない。長持ちかどうかが別として、少なくとも新車の状態では魅力的だと思う。EVに弱そうな日系メーカーはこれから売れなくなるかもしれないという生々しい肌感覚を覚えた。

タクシー

東京の市街地には常にタクシーが走っているため、乗りたい時にすぐ利用できる。そのため、私は東京で一度もUberのような配車アプリを利用したことがない。しかし、上海ではアプリなしに、もはやタクシーに乗ることができなくなったみたい。第一、アプリを使わないと、そもそもタクシーを拾えない。ほぼすべてのタクシーが「予約」状態になっている。これに関して便利そうに見えるが、実際かなり使いづらい。アプリへの登録、待ち合わせが必要などの手間がかかるのはもちろん、やってきたタクシーもほとんど素人が運転する白タクなので、安全面でも不安を感じる。事故が起きてから保険も入っていないことが発覚したケースもあるという。

自分探しの旅、疲弊と事故

車で西日本を一周するのは前から計画していたが、なかなか実行に移せなかかった。これから大阪の家を引き払って東京に帰ったら下手したらもう一生やらなくなるかもしれないと思って先週の金曜日の夜に旅を敢行した。

旅の計画はシンプルだ。大阪から北に向けて日本海側の町に向かい、そして山陰を経由して折り返し地点の北九州を目指す。最後は北九州から広島、岡山、いわゆる山陽を経由して大阪に戻るという構想だった。結果的に出雲で交通事故を起こし、早めに旅を切り上げて尾道に向かって、翌日大阪に戻った流れだった。途中余裕があったら、馴染んでいたいくつかのスポットを回ろうとした。

島根に住んでいた時に、東京までは飛行機で移動していたから、今回の旅で鳥取に進出して足跡を1つにつなげた。交通機関で旅行すれば、どうしても「ワープ」しているように思うが、自ら車を走ってみたことで国土の広さを実感できた。短い旅でも日本国土の「細長い」特徴を味わえた。

旅行の意味とは?

山陰の日本海を見えて久々ワクワクしたが、今回の旅は総じていえばつまらなかったし、疲れた。時間の無駄まで思わないが、もう2度とやりたくない。山陰以外、どこに行っても景色が同じで、駐車場の広いコンビニ、ガソリンスタンドと自動車販売店の繰り返しだった。鳥取のローソンに置いている商品は当然、東京のローソンと大差ない。強いていえば、中国地方に「ポプラ」というブランドのコンビニがあって、近年ローソンに侵食されても、ローソン店内で「ポプ弁」という形として生き残っている。

知り合いの中で旅行が好きな人がとても多い。中には日常的に広範囲に移動するマニアックな方もいる。学生時代の合宿からいろんな旅行を体験してきたが、残念ながら私には世間のいう旅行の喜びをよく理解できない。

旅行の意味はなんだろうか。私には2つの意味がある。まず、その土地に用がある場合、例えば受験や出張など、事務的な旅行が1つで、もう1つは「面白そうなまだ知らないことを体験する」ということだ。高度に同質化した日本で2番目の目的を求めるに年々ハードルを感じる。東京から出て別の場所に行ったところで日常感から解放されるに限らないし、むしろ首都圏内に高い宿に泊まり、妻や友と一緒に豪華な食事を楽しんだほうがよほど非日常感を得られる。

「面白そうなまだ知らないことを体験する」という好奇心主導の旅といえば、海外旅行のほうが私に向いているかもしれない。物理的な距離がどんなに近くても国境線1つを超えたら全く違う世界になる。その国の観光地ではなく、地元住民の生活を体験、勉強することこそ旅行の醍醐味だ。

交通事故

出雲で交通事故を起こしてしまった。助手席をよそ見した時に、減速中の前の車に思い切って追突した。当時の状態として、浜田方面を急ぎ、焦り気味で運転していた。さらに、体力も限界に達し、集中力がごみになっていた。追突の直前に実は別の車に追突しそうになっていた。幸い急ブレーキで回避できたものの、助手席の荷物が反動で飛んでしまい、中に入っているカメラの状況を気にしていた。

「ポン」と気づいたら前の車にくっついてしまった。そのあと不安ながら前の車を追ってすぐ隣の駐車場に入った。相手はとても優しそうな女性の方だった。事故に慣れているように見えて、彼女の指示で通報と個人情報の交換を行った。車のダメージは軽微で済んだ。こちらのレンタカーはナンバープレートが少し曲がった。相手車にわずかな凹みが見つかったが、見えにくい上、今回でできたかどうか判別がつかないほどだった。警察の現場調査を受けた後、それぞれその場から離れた。

運転は本当に疲れることだ。これに関して私はずっと予想できなかった。正直、最初に作った2日強で西日本を一周する計画は無謀すぎる。時間的に足りても、運転の疲れと休憩時間を全く考慮していない。自分の運転の適当さから考えれば、軽い物損事故に留まって人身事故を起こさなかったのは運がよかったに違いない。

一番やばかった運転は2日目の夜だった。夕方に猛烈な眠気に襲われて、山の中でどこかの待避所で車を止めてそのまま仮眠を取った。せいぜい10分程度を休憩するつもりだったが、目が覚めたらすでに周りがまっくらになった。頭がぼんやりしていたし、体も気持ち悪かった。そこで私が取った行動はもう少し休憩して落ち着かせたり、いっそのことエンジンを切って一晩寝たりするのではなく、なんとなくハンドブレーキを下ろして無理矢理運転を再開してしまった。

基本的に最初の10分ぐらいは、自分が何をしているか把握できていない状態だった。やばさだけ自覚できて、40キロのスピードしか出さなかった。厄介なのは、時々後ろに別の車が現れたりするところだった。低速でゆっくり運転したいのに、後ろの車が車間距離を詰めてとてもストレスだった。ちなみに、夜中の山の中では高速道路の感覚で走る人が多いらしい。ハイビームをつけても暗い道、体の悲鳴と後ろの車からのプレッシャー、免許を取得して以来一番きつい運転を体験した。