呉市初訪・「この世界の片隅に」感想(ネタバレ有り)


11月12日、私は着物で広島駅を経由して呉へ行ってきました。実は、来日した前からこの旅を図ってきました。この前「シンゴジラ」と「君の名は」を見逃して、悔しかったです。今回は上映当日に映画の舞台たる町でそれを観ると考えていました。

その映画は「この世界の片隅に」です。

随分前から少し原作を読みました。一般の戦争ジャンルの作品と違って、この作品はごく普通な少女すずさんに集中します。すずさんの人生を通じて、日常生活の立場でその歴史を表します。すずさんは美しくて正しい、まるで大和撫子のような存在です。戦況の悪化と共に、もしかしてすずさんも最悪な運命を迎えるかと心配して途中やめました。ですので、映画を観た前に結局を知りませんでした。

呉へ行く

バスで広島市に到着して、滅茶苦茶都会感を感じられました。路面電車もあり、面白かったです。終戦直前に、ここは原爆されて本当に簡単に信じられません。JRを利用して、呉市に向けました。

私は電車を乗る時に、車掌室の傍に立つことが好きです。車掌の運転を観察したり、電車が前に進む景色を見たりして心地よいです。沿線の風景も美しく、太平洋も見れます。恐らくこれは私が初めて太平洋を見たでしょう。沢山の写真を撮りました。

終に呉市に到着しました。大きな町ではないですが、賑やかな場所です。何より映画館でもあって、決して田舎ではなりません。立派な都市です。グーグル・マップのお陰で簡単に映画館「呉ポポロ」に着きました。映画上映よりまた時間があって、私が昼ご飯も食べていなかったため、近くにある「大黒屋」という店で噂の海軍カレーを食べました。カレーの後なんとコーヒーが付いていて、思いませんでした。

丁度開演時刻になって、早速に映画館に着きました。思ったより全然違って、映画を観にくる人たちに年配の方が結構居ました。そして着物を着ていたのは私だけで、とても目立ちました。

映画に関して

音楽は良かったと思います。最初のシーンからBGMのせいで泣きたくなっていました。

流石に終始広島弁で、この前の「シンゴジラ」より酷かったかもしれません。5割弱しか聞き取れなかった感じがします。でもなんだかぎりぎり観れる感じがしました。

この作品は特に戦争の酷さを強調せず、かえって軽く描写していると思います。配給がなくなって、すずさんはリラックスな雰囲気で色んな手段を使って代用品を作り出す。お兄さんが戦死したとしても、僅かのシーンで軽く表すだけでした。ユーモアも欠けません。劇場でよく笑い声を聞けました。

クライマックスはすずさんと同行している晴美ちゃんがアメリカが投下した爆弾に襲撃され、晴美ちゃんは死んでしまって、すずさんも大切な右手を失ってしまいました。このことから作品の軽さとユーモアが消えて、重くなりました。

いつも楽観的なすずさんは遂に鬱々とするようになりました。妹のすみさんの誘いにより気持ちが落ち続いていくすずさんは広島へ帰る思いが出ました。時は昭和20年の7月、例の原爆より結構近い時点でした。それを観ている私はとても心配でした。すずさんはもし本当にそこの所に実家へ帰ったら最悪なエンドを迎えるしかありませんから。幸い夫の周作さんに説得され、このまま呉市に生活し続きました。

すずさん1人の生活に集中しても、戦争末期と原爆の酷さは全く描かれていないわけではありません。

本当にかわいそうでした。なんで描き最好きのすずさんは右手を失わないといけないですか。アメリカはどうして平民を標的にして狙いましたのか。そもそもこの戦争は一体何の為にやっていましたか。

私にはなかなか理解できません。

帰り道

映画を観終わって、胸が塞がっている気がしました。泣きたくて、でもそのまま泣き出してもおかしいから気持ちを抑えました。

とても鬱な気分のまま、その日学校へ帰りました。実は、この投稿を書いている今でも、まだ完全に回復していません。

でも、「火垂るの墓」並みのバッドエンドではなくて本当にホッとしました。もしすずさんが本当にそのまま死んだら、その日私が帰ることができなくなるかもしれません。

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