R.I.P. @Mikan_SH@twitter.com (2011-2017)

4月20日、私は今まで使ってきたツイッターアカウントの「@Mikan_SH」を削除した。現時点、機能している「Mikan」シリーズのアカウントはもうなくなった。

2011年(平成23年)から使い始めたアカウントとはいえ、実際そのうちに何度も削除されたり再建されたりしてきて、最後の「@Mikan_SH」も実際元の日本語専用アカウントに過ぎない。六年間のツイ歴に着目すると、この結果に辿り着くことはもはや必然的なのではないか。

大切な役割を果たしていたツイッター

私にとって、ツイッターが一番重要なのは中国に居た時に一番辛い時間だったかもしれない。振り返ると、今でもありがたいと思う。その時に、現実世界との繋がりが分断されたが、ツイッターを通じて、「全世界」と繋げるようになった。色々な人と出会い、物凄い量の情報を呑み込めた。現実との戦いや計画の遂行など、決定的な役割を果たしたと言えるだろう。

変調した使い方

ツイッターを利用した初期に、皆さんと健全的な関係を築けていた。しかし、2012年(平成24年)から現実の状況がかなり悪化しながら、私のツイートしていた内容も日々ネガティブ的になって、愚痴ばかりになった時もある。いつの間にから、初期にあった様な話し合いはなくなった。中国系の人たちと段々仲が悪くなって、「日本人の相手だったら大丈夫」という思いも固まった。しかしながら、それはただの片思いにしかないことを今、確信した。

2016年(平成28年)の春、崩壊の始まり

2016年前後、私はある絵師に興味を生じ、彼女と近付いてみた。彼女は着物をしょっちゅう着ていて、絵も和風を中心をしていた。私は、彼女の絵でも彼女自身でも大好きだった。よく彼女のブログとツイッターを読んでいた。彼女のことをもっと知りたかった。彼女も最初に、積極的に応えてくれた。これは私の「初恋」かもしれない。残念だが、調子に乗りすぎたのか、ただ勘違いだったのか。僅か数ヶ月で彼女は私と絶交した。このショックを受けて、今でもときどき残念だなと嘆いている。

とにかくそれはダメ

来日直前に、中華趣味者の何人が私をオフ会に誘った。最初は参加すると返事したが、日本伝統文化を愛する私はいつも日本をなんでもかんでも批判する彼らとそろそろ限界だし。普段よくみると、相手にされてない時も多いし、上からの目線も嫌いだし。考え方はそれほどズレているのなら、付き合わないほうがいいと考え、オフ会を断った上に、彼らをリムった。来日後にも、一度勢いを乗って彼らに喧嘩を売った。

「知り合いが大体関東に居る」と思ったら、東京の旅にオフ会ゼロ

私は本当に自分がツイッターで知り合いや友達をもっていると思った。現実で出会えることを期待していた。それなのに、実際関東へ行って、実際同じ日に同じ地域に居るのも関わらず、誰でも会えなかった。寂しかった。あー、SNSでの関係はすべて幻なのかと悟った。

と思ったが、「知り合い」たちは他の人を普通に誘っている

SNSでの人間関係が幻なのではなく、私の人間関係が自分の勘違いだけなのだということを最近分かった。「You don’t give me a fuck, and I don’t fuckin care!」と叫びながら、実際かなり気になっていた。一体何のためにツイッターをやってきたのだろうと分からなくなった。これ以上もう本当にごめんな。

これから

とにかく大学院に入ってから人生を直してみたい。今、仕方がないだが、それらのことを深く考えないほうがいいかもしれない。そして、SNSの正しい使い方、現実の人々との関係も見直しすべきだろう。少なくとも、「Mikan_SH」というツイッターでの人格をここまでにしたいと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です