閑静な八王子南大沢、首都大学東京の学生たちは平和な青春を楽しんでいます。しかし、僅か十数年前に、この土で物凄く恐ろしい悲劇が起きていました。ある大学がかの闘争中に容赦なく殺されました。
「まったく新しい大学を作りたい」というスローガンの下、旧都立4大学は合併の道に押し込まれました。誉高い東京都立大学はそのうちの1つでした。構想から実現まで、関係者たちからの講義は止まったことがありませんでした。しかし、それらの叫びはエコーすら起こせませんでした。
看板を残せるせめてもの機会として、新しい校名が公募が行われました。その結果、「東京都立大学」がリードしていましたが、採用されませんでした。その後、有力な教授が多数転籍し、経済学コースは完全に崩壊する運命になりました。
まるで昔の中国のようなやり方で、日本は本質的に中国と一緒なのではないかと疑うようになりました。話題を戻すと、少なくとも経済学部門で見たら、今の首都大学東京は昔の都立大学の生まれ変わりだとはとても思えません。実際、学生たちの進路を見ても、学習院大学にも勝てないようです。
