普段の路上教習から私の運転スタイルは一貫して荒く、同乗者にとって決して快適な体験にならないが、交通ルールを概ねに守ってきた。まさか本免試験で信号を勘違いしてしまって一発で落ちた。
今日は最初から不吉だった。つれと揃って寝坊して遅刻したところだったし、何より天気予報に反して自動車学校についてから徐々に雨が降りはじめて、試験の時にもはや豪雨に進化した。雨での教習をむしろ楽しみとして捉えてきたが、今日は少し違ったような気がした。小寒い気温、素早く動くワイパー、ブレーキの効きがおかしいし、曲がるときにタイヤも音を立てる。少し嫌だった。
早く普段の練習と同じように済ませて家に帰りたい。そこで思わぬことが起こってしまった。交差点、矢印信号、右折。直進の矢印しか光っていないのに、魔が差して右折の停車線に進もうとした。教官がブレーキを踏んで私の行動を止めた。ほぼその時点で私はすでに不可になった。当時の自分として、それを知らずに残った試験内容を進行できたが、もし知っていれば途中でやめたかもしれない。

技能試験の不可で、スケジュールを一気に狂わせた。元々翌日に学科試験を受けるために有休を取ったのだ。しかも補修も強いられているし、卒業のところか、むしろ過去数回の教習を無駄にしてしまった。ただでさえ時間がないのに、また無意味に時間を台無しにした。
どうやって上司に説明して有休を調整するか、限られている有休を免許のために何日も使うか、来週末の予定をどう調整するなど、とてもその場で整理できなかった。とりあえず職員と交渉してみた。若干情緒が激高していたかもしれないが、忙しいから時間がないことを説明してダメージを最小に収めようとした。当然ルールに抗えず、補修して改めて受験することになった。
変な成功体験と傲慢
私は心の底から免許を軽視してきた。自動車免許に限らず、倍率の低い資格や誰でもできそうなことをバカにしがちだ。これは私の育った環境に影響されてついた癖なのだ。進路を左右しない試験や勉強に努力する値にしないというのは両親の方針の一つだった。定期試験で良い点を取ったらもちろん評価されない。教養科目でいい成績と取ったらむしろ批判されて、場合によって暴力を振る舞われる可能性もある。しかし、本当に難しい試験に受かったら、両親が一応私のことを1人の人間として認めてくれる。
誰でもできる試験や資格を受けない。受ければ難しいほうだと難関資格ばかり受けてきた。これで変な思考回路と成功体験が形成されてしまった。仮免許が落ちた時に、すでに一度この問題を洗い出して対策しようとした。例えば、「資格の難易度に関わらず、一律な態度で対応する」というマイルールを創設した。実際の効果はどうかを聞かれると、少し微妙だった。確かに前より態度が改善された。自動車学校に行く度のイライラさが減った。しかし、全力で免許試験に時間をかけるかというと、少し抵抗感を覚えて真剣に対応したくない。
継続不可能なライフスタイル
社会人になってから一層忙しくなった。趣味など、リフラッシュに割ける時間がまずない。睡眠を削ってカフェインに頼って生きている。毎日3時間しか睡眠を取らない時期さえあった。ほぼ自転車操業状態にあり、少し油断したらすぐ追いつかないことになってしまいそうだ。だから、今回の不可によるスケジュールの乱れこそが真のダメージなのだ。
補修も再受験も来週に伸ばせばいいじゃない?来週のスケジュールはすでに詰まっている。再来週は?再来週も予定が入っているのだ。2週間以降に伸ばしてもいいけど、その分だけのストレスを抱えたくない。多忙になった理由、仕事が主因とはいえ、私は複数の資格受験を同時に行っていることも致命的だった。さらに大規模な婚活もしていたし、過去の1年間に、本当に落ち着いて休める時間がそうそうなかった。
マインドセット・ライフスタイル改善急ぐ
課題と原因を特定するには難しいけど、すぐに改善きるかというと簡単ではない。いずれにせよ、長年で形成された思考回路だし、まして思春期からの影響だから、根治する術がないかもしれない。両親が原因で学生時代に受けられなかった自動車免許、今もまたその両親の思想で失敗を繰り返している。いずれにせよ、免許との一件を済ませば、多少前に進めるだろう。
