夢の為に夢と別れ

最近まで、私はこの数年間にほぼ夢を見たことがなかった。寝て起きてそれで終わりという流れだった。もちろん完全になかったわけではない。大学入試前後に試験が落ちた悪夢を何度も経験していた。数年前、福岡かどこかの都市部のあるビルの屋上で日本人の女の子と何かを話していた夢がとても印象的だった。

一方、最近ほぼ毎晩夢を見ている。まるで子供の時に戻ったような感じで、とても不思議だった。では、再び夢を見るようになった理由とはなんだろうね。以前と比べると分かったところというと、最近の2ヶ月間、私はコーヒーを止めた。

高校時代からか、私はブラックコーヒーを水のように飲んできた。特に来日以降、水道水を飲んだことはほとんどない。自製のカフェラテを飲んでいた。昼であろうと、深夜であろうと、時間に関係なく飲んでいた。時々コーヒーではなく、カフェイン剤にも手を出した。そのせいか、ある程度不眠症にかかっていた。睡眠改善の為に、しばらくコーヒーを止めた。

夢を見れるのは嬉しいが、同時に不便なところが出た。とにかく疲れやすい。用がない日に普通に10時間以上爆睡してしまう。深夜に起きていても生産性がない。やる気が出てこない。これでは困る。これから新学期が始まり、同時にバイトも継続しなければならない。さらに就職の為にある難関資格試験に挑戦している。素直に言うとコーヒーを飲まない調子は生活の邪魔になる。

計画通りの未来=夢を確実に手に入れる為に、私は毎晩小さな夢としばらく別れたいと思う。以前のように、カフェインを摂取して生産性を上げたい。極めて健全とは言えないライフスタイルだが、まだ若い内に命を燃やして悔いのない人生を送りたい。

國學院大學入学断念とこれから

神職資格を取るのは長年以来私の夢です。それは今でも変わっていません。いよいよ日本で基盤を作り、神職課程を受けられそうになった途端、國學院大學の神職課程出願資格が改定されました。他大学を卒業した私は出願資格がなくなりました。

國學院大學が私を受け入れない限り、事実上私はもう神職資格を確実に取ることはできなくなりました。他の道もありますが、何れもまる1年間若しくは2年間フルタイムで勉強なければなりません。普通の学生と社会人にとって不可能なことなのです。神主になる為に、これから私にとって3つの手段があります。

1つは、神社界隈と無理矢理関わり続けることです。もしかして、何時か國學院大學はまた一般人を募集するかもしれませんし。どこかの宮司さんとの縁を作り、推薦されるかもしれません。しかし、何れも望みが薄いことです。実際島根に居た事、2人の宮司さんと出会ったことがあります。私の絶望的な人間関係スキルに限られ、深い縁を築けませんでした。

2つは、神社本庁に所属しない神社に道を探ることです。今まで語ってきた「神職資格」はあくまで神社本庁に認められる資格であります。本庁に属さない神社には、独自の資格がありますし。公開募集の情報も見たことがあります。もしかすると、難局を打開できるかもしれません。

最後、同時には最悪の手段として、独学という道があります。別に誰かの承認が必要でもなく、自分の独学を通じて神道祭祀の作法や歴史を身に付けます。誰の承認もないので、カルトみたくなりがちでありますが、私は別に公の神社を作りたいわけではないです。あくまで自分自身の宗教需要を満たしたいだけです。別に悪くはないと思います。

神社と神道は私が日本を愛する原点であり、日本に居る理由でもあります。神主になる夢を決して諦めません。こういう時こそもっと神社界隈に密着したいと思います。来月都内某神社で勤務する予定があり、その僅かなチャンスを掴みたいです。

頼まれたランドセル

最近、母に頼まれて母方の従姉の娘の為に、ある有名なランドセル専門店でとても高いランドセルを買いました。最初は店員さんに日本人だと思われましたか、なぜ海外に居る子供にランドセルを買うかについて時間を掛けて説明しなければなりませんでした。その上、海外駐在の日本人だと思われて配送について混乱させたみたいです。

私は上海で義務教育を受けていたので、当然、ランドセルなど使ったことはありません。正直に言えば今回、初めてランドセルに触れました。開け方すら知りませんでした。注文してから数日後、丁寧に包まれたランドセルを店から持ち帰る時、少しやり過ぎたかと思いました。

まず、これほどの高価な品物は、たとえ一般の日本人家庭でも安易に子供に買ってやらないでしょう。それに、上海に居た時、その娘に挨拶されたことは一度もありませんでした。彼女が恥ずかしがり屋かもしれませんが、なんかがっかりします。そして、最も気になるのは、私がその親戚と仲が悪かった事です。

簡潔に言うと、私は彼らにバカにされていました。私が一番苦しんでいた時、全然力になってくれませんでした。そもそも、そんなことに気付いてなかったかもしれません。お姉さん(その娘の母)が国立大学に入ったのに、私が受験していた時、おじさん(その娘の祖父)は私に「お前のような身分で大学に入れるだけでありがたいと思え」というデタラメな話をしました。

大学2年の時、おじさん一家に日本留学の構想を話すと、「無理だ」、「就職できないよ」、「そうだ、中国に帰ってきてからどこで働くの?」というような否定的な言葉を浴びせました。その時、私はブチ切れました。「中国人と働きたくない!」と初めて真顔で言い返しました。できない子の仮面を捨てた私は。それ以降彼らに連絡しなくなりました。

そういう経緯があって、あまり彼らと関わりたくないのです。年賀状とお年玉程度の付き合いで十分ではありませんか。そもそもバカにされていたからこそ、生まれ変わった私は自ら正しい義理の見本を彼らに示したほうが良いのでしょうか。

日本語の母語化とその手段

最近、英語を除く諸外国語の勉強を控えることにしました。再び日本語に集中し、念願の日本語母語化(ネイティブ化)への実行に移ります。訛のないネイティブレベルの日本語が如何に大事なのか、痛感しています。

まず、例え成人した後でもある言葉をネイティブレベルまで引き上げるのは難しいと言われますが、それが可能であることを明らかにしたいと思います。こんな例なら、世界中にいっぱい居るのです。わたくしが日本語に取り組んだのが思春期の頃ですから、ある程度強みを握っているでしょう。今後の取り組みには、表現と発音という2つの分野があります。最近まで、日本語ネイティブのパートナーが必須だと思っていましたが、別に居なくても構わないことに気付きました。1人でコツコツ練習しても成長しますし、寧ろこうした方が効率的かもしれません。

表現を自然に持っていくために、今のように怠らず作文を続けるほかありません。もちろん、ネイティブに添削してもらうことが大事です。例え添削サイトが閉鎖されても、お金を払って日本人に頼むつもりです。表現について、この数年間何十万字かの作文の実績があって、日本語の感覚を相対的に正しく定着しました。やはり勝負は発音・会話にあります。そんな実績から自分の発音も正しいと思っていましたが、最近自分の声を録音して聞き比べてみたら、やはり日本人と何かが違う気がしています。特に早口になると、不自然さが目立ちます。

では、どうすれば発音を直せるのでしょうか。解決策は1つしかありません。それはネイティブの話し方を真似て繰り返し練習することです、まるで子供のように。そのようにする為に、適切な練習材料が必要であります。色々試みてみましたら、朗読と字幕付きのバラエティ番組にたどり着きました。Youtubeで沢山の朗読録音を聞けますし、台本としての文章もどこでも見付けられます。読んで録音して比べてみて発音やアクセントを直してまた読むという流れです。何度も繰り返して本当に朗読者とそっくりに読めました。そんな時にとても感動しました。後は、バラエティ番組はドラマやアニメと違ってより自然な日常日本語やタメ口などを勉強できます。芸人さんのネタも面白いですし、雑談の材料としても大変勉強になります。

東京を実家にしたい

かつて、私にも実家があった。それが高校の時、家庭の事情で生まれ育ったまともな住宅街からスラムみたいな街に引っ越した。その時点で、私には実家がなくなった。引越し先のすぐ隣が風俗店で何軒が並んでいた。騒がしくてその有様と来たらカオスと言えた。その汚らしい街に私はどうしても親しめなかった。

実家がないとなると、人は不安にかられ存在を失った感覚に陥る。居場所がないから、言葉で表現しにくい虚無感を覚える。人から「実家に帰らないの?」と聞かれる。相手はただの世間話のつもりでも、気持ちは切ない。

なぜ東京を実家にしたいのか。そこには色々な理由がある。まず、上海に住んだら分かるが、東京にはよく似たところがある。それに最初から私のライフスタイルと相性が良かったのを挙げよう。

そして、東京は入って来る者に寛容だから。東京には、生まれ育った人が少ない。大体が他所者である。更に言えば、外国籍だって結構居る。この多様性のある環境こそ、日本一差別と偏見の少ない場所ではないのか。大抵、大都市の懐は広いと言えるが、東京はその上に方言が弱いことも大事だと思う。大阪も都会には違いないが、まだ方言の壁がある。

私はどうしても人との関係に敏感で、多少でも差別を感じるとすぐ落ち込むタイプなのだ。こんな理由によって私はもはや東京という選択の他ないと思っている。実際、地方に住んでいた時よりずっと楽になった。皆さん誰でも新参者だから、お互いに軋轢することが少ない。

地震と対策

関東に住んでいる方だったらきっと分かるでしょう。昨日の11時02分に地震警報が発令されて皆さんの携帯は一斉にアラームが鳴った。誤報だと思われていたが、当日の深夜に震度4くらいの地震が起こった。

強く揺れて、流石に既に寝ていた私も起こされたが、地震のない所の出身の私はそれを無視して再び寝ようとした。しかし、地震警報のアプリが作動して、携帯の画面が光ったので、もしかしてこれからもっと大きい地震があるかと思いようやく起きた。

首都圏では、近い未来に高確率で大地震が起こると言われている。それに備える為、私は常に玄関に緊急用持出袋を用意している。

リュックにいっぱい物を詰めてもまだまだ足りないような気がする。例えば、着替えの服は一組分さえ用意していない。非常食があってもすぐ食べきってしまうと思う。

やはり例え地震が起こっても部屋が全壊しないように願いたいと思う。

国際郵便と課税

「国際の法律が変わって、今年から普通の郵便物でも税関に報告する必要があります」と家の近くにある郵便局の職員さんにそのように言われた。

出したい郵便物は神社のお守りで普通の長形3号封筒に入れているにも関わらず、税関告知書の記入が求められた。今まで、このような小型の郵便物だったら手紙のように出せば良い話だった。

国際郵便の管理はかなり厳しくなっている感じがする。実際この前、母に化粧品を航空便で送ったが、中国の税関に取り締まられて30%の税金を払ってようやく通過できた。

明らかに、日中間の国際郵便は数年前より厳しくなっている。タオバオでは既に簡単に日本の商品を買えなくなったようだ。このせいか、中国人観光客の爆買いは今でも続いている。

ゆく年くる年

今年ももうすぐ終わりを迎えようとしています。
皆さまのお陰さまで、終に悲願の東大合格ができました。
来年のテーマは「再スタート」だと思います。
失われた何かが既に取り戻せないかもしれませんが、
日本に恵まれ、美しいモノを沢山手に入れました。
この恩を忘れずに、引き続き頑張っていきます。

平成29年12月31日

今年最後の話

私にとって、今年は人生の大事な転換期であった。10年前から願っていたことが次々実現されて、本当に手に入れたいモノは一気に手に入れることができた。

勿論、悲しい想いもあったが、やはり嬉しいことに比べられない。ちょうど今放送している紅白の「いいことばかりじゃないからさ」の歌詞の通り、人生は良いことばかりじゃないのだ。

来年は、また新たな一歩を踏み出し、人ともっと触れ合って自分の性格を明るくしたいと思う。勉強ももちろん大事だと思うが、楽しく生きていく為には学歴と成績だけではないことを最近になってようやく痛感した。

年賀状シーズン

今年も間もなく終わろうとしている。とうとう年賀状をきちんと準備しなければならない時期に入った。今年も僅かな送り先であるが、年賀状を送る予定である。初対面の相手は私が来日後に日本文化に染まったと思っているようだが、実際、数年前から書いてきた。

送り先はいつくかしかないが、毎年変わっている。国内と海外で言えば半分半分だったが、今年は国内の方が多くなった。1人を除いては、皆法人宛だけれど。(つまり、相手の住所まで聞き出すほどの付き合いではない。)

文面の絵柄やデザインはあまり拘ってない。主に郵便局で既製品を買っている。自分でデザインして発注しようとも思ったが、あまり拘ると相手が引くかもしれないので止めた。筆ペンで住所と僅かな言葉を書き入れるだけで精一杯だった。数少ない文字数にも関わらず、予想以上に時間が掛かった。

国際交流として、欧米の知り合いにも送りたかったが、やはり私のような在日からより、外国人は本当の日本人から日本らしいモノを貰った方が嬉しいだろうと思って送る気がなくなった。