「推し」不在

「みかん君の趣味はなんですか?」

仮に今、この質問を聞かれたら、うまく答えられる自信がない。趣味をいっぱい持っているけど、どこにもハマっていないようだ。

二次元にしても、もう数ヶ月間まともにアニメを観ていない。ゲームにしても、中途半端にPS4を売却してどうぶつの森しかやっていない。カメラ、料理、着物など、どれも「ハマっている」と言えない。

趣味だけではなく、神道への信仰でさえ、かなり冷めている。神社研から引退したし、神社のバイトも卒業してしまった。努力したが、神社界隈との繋がりも弱まりつつある。

じゃ、仕事はどうだろう。意識高い専、ワーカホリック気味の私だが、大して今の仕事が好きじゃないし、そもそもまだ出社できていないから、働いている実感が湧かない。

比較的に資格勉強に情熱がまだ少し燃えているが、資格を取ったとしても別に一気に給料アップされるわけではない。実生活に全く影響を与えないとも言えよう。こう考えると、なんか気分が凹む。

卒業して順調に就職したことで、家から独立したとともに、心の中で勝手にゴールインしたかもしれない。歳を取って、「可能性」という若者の特権が残りわずかで、未来を簡単に読めてしまって嫌になっているかもしれない。

いずれにせよ、この「推し」不在、「権力」の真空、生ぬるい生活はもうしばらく続くようだ。

プロジェクトあずき、そしてGitHubを始めた

課題

修士論文の作成において、一番疲れたことは先行研究のまとめでも、研究手法の確立でもなく、データの入力だった。それは恩師のO先生にいつも言われていたことで、データ収集の難しさを痛感した。

当時、私は地道に100年度分以上の有価証券報告書から必要となるデータを手打ちで集計していた。その非効率さにものすごく違和感を覚えたものの、研究の完成を優先させた。

ブルームバーグ端末の限界

データ不足問題について、新たな指導教員のY先生にブルームバーグ端末の活用を薦められた。おかげで、東大でも数台しか配置されていないブルームバーグ端末の利用権をもらった。

あのデータの宝箱とも言えるブルームバーグ端末だが、残念ながら、私の研究にとって一番重要な「役員構成」に関するデータがとても粗末に扱われているようだった。出力の仕方にも不便があって、あまり役に立てそうになかった。

わずか数回の利用で私はブルームバーグ端末を諦めて、ツールの自主開発を決意した。

プロジェクトあずき

「プロジェクトあずき」は上記の課題の解決を目指し、開発されたPythonのモジュールである。本来なら、実証研究パッケージの「プロジェクトみかん」の一機能として開発していたが、やがて規模が大きくなり、1つのプロジェクトとして独立させた。

あずきは企業の有価証券報告書から経営指標および役員構成の情報を集計し、CSVファイルかもしくはExcelファイルに出力することができる。初めから汎用性を重視してきたので、主流の日本会計基準はもちろん、国際基準と米国基準も対応している。EDINETの開示文書(PDFファイル)であればほとんど網羅できるではないかと思う。

あずきの開発はすでに9割が完成しており、実用できるレベルに達している。

改行コード特定システム
(Backslash-N Positioning System)

プロジェクトあずきの機能を支えているのは、この改行コード特定システム(BPS)である。その仕組みは極めてシンプルなのだ。有価証券報告書のPDFファイルをPythonにインプットすれば、普段見えない大量な改行コードが文書の間に現れる。例えば、

私はみかんです。
アニメが好きですが、
オタクではありません。

という文章をインプットしたら、

私はみかんです。\nアニメが好きですが、\nオタクではありません。

というようになる。「\n」はつまり改行コードだ。この改行コードは実に便利である。あずきの汎用性を可能にしてくれた。確かに、Pythonにもともとfindやre.finditerなどの検索方法がある。しかし、それらの方法を特定のために使うと、些細な変動と違いさえあれば、すぐ汎用性が失せる。上記の例を敬語からタメ語にしてみよう。

私はみかんだ。\nアニメが好きだが、\nオタクではない。

ご覧の通り、敬語版と比べて「みかん」以降の文字の位置は全部変わった。そこで、改行コードを利用すれば、この問題を回避できる。なぜなら、改行コードの数も、相対的位置も変わらなかったからだ。

例として、「アニメ」という単語を特定したいとしよう。敬語版とタメ語版に関係なく、「アニメ」はつねに1つ目の改行コードの後ろ、2つ目の改行コードの前にある。文体が変わっても、「アニメ」の位置を特定できるのだ。これはBPSの仕組み、ロジックである。

GitHub

今日からGitHubを始めた。主にバージョン管理のツールとして運用していきたい。今まで独自にバージョン管理に努めようとしたが、だんだん限界感を覚えてきた。特に、最近引っ越し作業のために、1ヶ月間プログラミングを休んで、気づいたら、自分の書いたコードですら読めなくなった。より高度な記録および追跡が欲しい。

そして、全部ではないかもしれないが、一部のコードをGitHubを通して公開したい。せっかく思いついたアイデアだから、ヒントとして必要とする人に共有したい気持ちがある。近々、BPSを標準化してGitHubで公開しようと思う。

あずきちゃん

30代の女性とお見合いをしてみました

昨日、結婚相談所の紹介で31歳の女性に会いました。30代と言ったらかなり年上ではないかというイメージがあったのですが、よく考えれば自分ももうすぐ28歳になりますから、そんなに歳が離れていないのです。

都内のカフェで1時間弱おしゃべりしました。想像と違って、なぜかお互いの自己紹介が飛ばされていきなりお相手の職場の話題になりましたが、いろいろゲームの話もできて総じていうと悪くない時間でした。そうです。今回のお相手はオタクらしいです。

確かに自己紹介が飛ばされて少し気がかりになりましたが、お誘いに応じたのに、来てくれたら始終無言のまま終わるケースより圧倒的によかったと思います。そして、話や考え方など、かなり現実的で共感を覚えました。

共通趣味があり、おしゃべりも盛り上がったのですが、多分この女性とご縁がないかもしれません。しかし、だんだん婚活の軸が見えてきました。・25歳から歳上、現実が見える方・二次元趣味を持つ方・一緒に居て無理しなくても落ち着ける方 とのことです。

彼女ができました

ご報告します。彼女ができました。お相手は東大生や神社研の人ではありませんし、婚活サイトで出会った人でもありません。周りの女性と付き合わない主義を貫いている私には奇跡的な出会いでした。

彼女は現役大学生で、神社界隈と関わっている人です。今どき珍しく、着物の趣味を持っています。彼女からのアプローチが強くて、それに応えました。若干理想的ではないところがありますが、これ以上のお相手をもう望めないと判断しました。

本格的に婚活を取り入れてきた感想として、彼女を作ることは就職活動と似ていますが、それより遥かに簡単でした。今までの自分はただ、それをしようとしなかっただけです。「恋愛」は人間関係の1つですが、通常の人間関係よりシンプルです。たくさんの友達を持たず、人付き合いが苦手でも必ずしも彼女ができないわけではないことがわかりました。

内定2社の選考体験記

就職活動において、私は通算150回以上の応募・面接を取り組んだ(対策ノートから推定)。最終内定は2社しかなく、かつ就活スケジュールに則る正規ルートでの選考は全滅した。決して順調とは言えない経験だった。忘れないうちに、この貴重な2社の選考体験を記事にしたい。

A社 経理職
精密機器メーカー、東証一部
法律に守られるニッチな特殊産業
塩対応営業でも売れるという
リーマンショックの時も何気なく6ヶ月ボーナスを出した余裕ぶり
(なお、基本給と住宅手当はやや低め)

ES
履歴書のみ

1次面接 CFN会場(国内)
実質的に雑談ばかりだった。
安定な経営指標をアピールされた。
面接官が岡山出身なので、岡山と西日本の話題で盛り上がった。
賑やかな雰囲気だった。

筆記試験 東京本社
企業研究+一般常識
社長の名前を聞かれて知らなくて焦った。
一般常識が緩く、理系設問も答えられた。

2次面接(最終) 東京本社
寝坊して15分程度遅刻してしまった。
先日に夜勤のアルバイトがあることを伝えて大目にみてくれた。
周りに面接を待機する外国人が多かった(伏線)。
面接官は6人居たが、実働していたのは3人だった。
自己紹介、志望動機、取り組んだこと、アルバイトのこと、他社選考などを聞かれた。
海外支社でアウトソーシングしている経理業務を回収せよという期待を言い渡され、
実質的にその場で内々定された。

内定者懇談会 東京本社
内定者は14人しかいなかった。そのうち外国人は私だけだった。
冷静に考えると少し怖い。最終面接で出会った外国人たちは全員落とされたわけだ。
皆さんはほとんど営業配属の体育会タイプなので、なかなか溶け込めなかった。
その瞬間、周りの同級生やサークルの仲間たちは実際自分と価値観が近いことに気づいた。
総務配属の人と一緒にLINEグループを作って、皆さんをまとめた。

B社 財務職
財閥系、東証一部
A社規模の6倍の正真正銘な大企業
北米、中国とヨーロッパでたくさんの子会社を持つ
北米の売上は日本の倍という

ES
履歴書
留学の理由、目指すキャリア、自己PR

Webテスト
SPI WEBテスティング
当時他社選考に力を入れていたので、
理想的な結果を出せなかったと思った。

1次面接 電話面接
通常の人事面接で、面接官はきれいなお姉さんだ。
適当にやったWebテストは評価された。
アルバイトの経験は面白いと言われた。
自己紹介、志望動機、留学の理由、取り組んだこと、アルバイトのこと、勤務地、他社内定などを聞かれた。

2次面接 ボスキャリ会場
人事部長+他部署役員
最初から褒められて、恥ずかしかった。
志望動機をやらかしたが、親切に誘導された。
主に企業の紹介だった、その場でディナー(合格)を言い渡された。

2.5次面接 ボストンの高級レストラン
誘われた就活生はわずか4人だった。
いずれも海外名門大出身で、そのうちの1人と友人になった。
意識して緊張感を捨てて、自然な振る舞いをしようとした。
サークルのおかげで普段から複数人による洋食を慣れてよかったと思った。
和気あいあいとした「面接」だった。

個別説明会 東京本社
配属部署の上司による個別説明会である。
職場を見学してもらった。

最終面接 東京本社
役員4人が居た。そのうちの2人は2次面接と同じだった。
全員フル稼働で、次から次へ質問された。
1次面接で聞かれた質問の他、なぜ財務職にしたいかと繰り返して聞かれた。
具体的な経営指標まで聞かれて、事前に有価証券報告書を覚えたお陰で、
その場で1つ1つ数字を羅列することでようやく乗り越えた。
帰る前に役員の1人が出て、「後で連絡する」と言われて、
実質的にその場で内々定された。
帰り道で疲れを襲われて倒れそうになっていた。

内定
当日の夕方、電話にて合格通知を受けた。
4人の役員満場一致の決定で、私が高く評価されたという。

別れと困惑

交際していたYさんに別れを告げたのは数日前の話だった。無言でもフェードアウトでもなく、はっきりに理由を説明して2ヶ月間の付き合いに区切りをつけた。別れ話を持ち出したのは自分だが、一向にすっきりしない。親しい人と縁を切った喪失感とそれを踏み切った自分の罪悪感は混じり合っている。果たしてこうして正しかっただろうかと自分に問い続けている。

「封じられた」LINE
Yさんとデートし始めた後、間もなく私は就活のために海外に飛び出した。しかし、その間に私はLINEを通じてYさんとの連絡を意識して頑張っていたが、やがて返事の頻度が落ちて、話も弾まなくなった。アメリカ滞在中の私にとって多少気がかりになっていた。

帰国早々、私はYさんに就活の朗報を報告しながら、ご飯を誘ってみたが、なかなか時間が合わなかった。仕事が忙しいというのは単に言い訳と疑ったが、具体的な提案がないわけでもない。同時にLINEでの会話はさらに盛り上がらなくなったため、私はYさんとの付き合いに苦痛を覚え始めた。

最後の努力
Yさんがフェードアウトしていると判断し、Yさんを放置して新しく知り合ったMさんとデートし始めた。Mさんと交際を楽しんでいる最中に、一週間やり取りがなかったYさんから唐突にメッセージが届いた。どうもYさんはフェードアウトなんかしていないらしい。

Yさんに率直にお互いの関係について聞いてみた。「LINEの返信が遅かったのは仕事が忙しいせいだ」や「LINEより直接に会ったほうが話しやすい」などを言われて、付き合いを続けたい意思を示してくれた。2人ともこのままではいけないと共感し、早速日程を合わせてデートを決めた。

期待はずれのデート
複数の女性と「同時進行」してしまった自分だが、Yさんと「復縁」できれば付き合いがまだ浅いMさんと別れても構わない打算だった。LINEが苦手だったら、このようにしょっちゅう会えば別に悪くないと思っていた。結局この大事なデートは全く盛り上がらなかった。私の質問に対して、Yさんの答えは主に「わからない」、「難しい」と「人による違う」という3つだった。好きなもの聞くと「全部好き」を言われるが、当ててみたら「違う」と否定される。LINEでの会話と別に違いがなく、Yさんの情報をあまり聞き出せなかったし、不愉快な会話ばかりだった。Yさんはお酒を飲めないから、私も飲めなかった。アルコールの助けを得られず、最悪なデートを経験してしまった。

付き合いたいならなんで?
もはや新手の嫌がらせなのではと思わせられたデートだった。確かにデートの前にプレゼントさえもらったし、デートの後も「(帰る前に)どっかに行かない?」を聞かれた。ところどころ私に興味がないと思わせるYさんは最後まで彼女の振りをしていた意図が理解できない。いずれにせよ、交際の初期でこんなにしんどくなるととてもお嫁さんのポジションをYさんに任せられると思わないから、家に帰ったら別れを告げてLINEから削除した。

日本語の個人指導は一段落へ

現任の日本語の先生は出産を控えて今年いっぱいに個人レッスンをやめる予定だ。それと伴い、日本語の個人指導そのものをしばらくやめようと思う。来年の春から私も社会人になるから、スケジュールは今より忙しくなるだろう。何より、現任の先生のような人材を確保するのが困難だ。

日本語の個人指導を受けようとしたきっかけとして、島根時代から、私は周りの日本人と馴染めず、日本語の練習が大きな課題だった。この負のスパイラルを打破するために、日本人を雇って付き合ってもらおうという策を打ち出した。効果は抜群だった。

日本語教師の2名体制もあったが、現任の先生は最初から主力として私の日本語をサポートしてきた。彼女は私の発音を一つ一つ診断し、問題を特定しようとした。輪読、カタカナ語とタメ口の練習を通じて、私の日本語会話力と訛りは大きく改善された。日本語だけではなく、日本人の習慣、考え方と日本人ならではの体験を隠さず幅広く教えてくれた。

最初からこの先生に出会ったのは極めて幸運なことである。有償な個人指導だが、まるで日本人の親戚ができたような気がする。彼女が居なければ、私は迅速に日本社会の現実に馴染むことができなかったと思う。このような日本語教師は、これからもう出会わない。

さらに、このようにお金を払って友達をレンタルするようなことをして、長引いていい気がしない。2年前と違って、私の日本語力はかなり改善されて、日本人との人間関係も落ち着いてきた。露骨な仲間外れはもう滅多にないし、会話に入ることもしばしばある。わざわざ誰かを雇わなくても一定の会話量が保証できそう。

卒業後の世界に向かう

留年の圧力もあって、最近辛うじて大学生のあるべき姿に戻っている。3ヶ月間で終わるはずだった就職活動はなんと1年間でも続いていた。厳密にいうと、今もなお完全に終わっていない。私は就職活動の戦場で全力で頑張った。総じていうと、一外国人留学生として決して悪くはない実力を出せた。しかし、その中で失ったものはたくさんある。

就職活動を後にして、学校に戻った私の目の前は廃墟であった。足りない単位、崩壊しつつある人間関係と破綻した研究計画のことだ。単位を確保できる、人間関係がまた作れるとして、論文の作成はもはや為す術もない。とにかく時間が足りないのだ。一年間があってもギリギリに過ぎない話に対して、私にはせいぜい数ヶ月しか残っていない。足りない単位を対応することもあって、物理的にできるようにない。なにせ、指導教員に見捨てられたのは致命的だった。

修士号を取るのに、修士論文がない。これほど恥ずかしいことはない。プライドを考えなくても、将来博士課程に進学しようとしたらバチが当たるだろう。そこで在野研究者を目指すしか方法がない。社会人として就職しながら、暇な時間を利用して論文を執筆することだ。難関資格も目指しているので、厳しいと思うが、工夫次第でやっていけるような気がする。

卒業して、大学で籍を置けなくなったら、一番心配していることは文献の入手だ。教務課に打診したところ、卒業生として通常通りに図書館を利用可能だと言われた。残念なことで、卒業生として使える母校の資源はせいぜい図書館までだ。メールアドレスやデータベースなどのデジタル資源は一向に利用できない。東京大学の同窓会に登録すれば、同窓会のメールアドレスが発行されるけど、「alumni」が付いているから、一目で同窓会のメールアドレスだと分かる。学術コミュニティで同窓会のメールアドレスを使うなんて、どうも違和感を覚える。

また、論文を発表すれば、必然的にその時点の所属を書かなければならない。しかし、手元の2社はいずれも社会科学の学術研究と無縁な民間企業で、会社の名前を書けば正直にきつい。上記のデータベース問題も含め、民間企業で就職しながら、東京大学で在籍できるプログラムがあれば最善だと思うが、現実はそんなに甘くない。

とにかく、卒業しても学術研究を続けたい。むしろ卒業して初めて、落ち着いて論文の執筆ができるようになるだろう、期限が設けられてないから。ある程度の研究を積み上げたら、また教授に連絡して上記の課題について相談に乗ってもらおうと思う。

幼い頃から、私はある国・民族に惚れました。それは「日本(にっぽん)」であります。

日本の着物、生き方、言葉とアニメ文化など私はとても気に入ります。

今、私は高校生になりました。そして、私は今後10年の計画を考えてみました。

1、大学に入ります。「二本」が最低限で、目標は「二本」であります。短大は論外です。高校時代に日本語を勉強します。

2、学部時代に留学の軍資金を調達します。日本人高校生ほどの日本語力を目指します。

3、大学卒業前にビザと留学先を準備します。

4、飛行機に搭乗し、目標は東京です。

5、日本の大学から卒業し、そのまま日本に就職して定住します。

6*、日本人になり、自分が中国人だったことを忘れます。


*当時投稿したら、強い反発を招いてしまった為に後に削除された。

※原文は中国語である。

新海誠レビュー

(レビュー本文略)

ME:これは私が初めて観た新海誠監督の映画です(正確に言うと2本目ですけれど)。数年前、私は一冊の「動新DVD」を買いました。「秒速5センチ」の予告編が含まれました。それから、「秒速5センチ」の名前が私の心に刻まれました。今年の高校入試の前に、自分をリラックスさせる為に、この映画のことを思い出し、観に行きました。

「桜花抄」を観た時に、きっとグッドエイジングだろうと思いました。「コスモナウト」を観た時に、相変わらず何からの奇跡が出るだろうと期待しました。最後の「秒速5センチメートル」とは、私の想像を超えました。なんと主人公たちは別れました。踏切に電車が通過し、BGMの「one more time」が終わって、明里は行ってしまいました。私は一気に鬱になって、泣きそうになっていました。もうすぐ入試なのに、「秒速5センチ」は反って悪い効果を与えました。なんとか「涼宮ハルヒ」を観て復活して受験できました。

今日、7月7日、高校入試の成績が出ました。多分高校に入れそうな感じがします。感動します。因みに、最近日本語を勉強し始めました。とても難しいと思います。


※原文は中国語である。一部略。