銀座生活のお休み

正月に妻を連れて3日をかけて東京を散策していた。予め方向を決め、この3日間にそれぞれ秋葉原、東京タワーと神保町を目指した。出来るだけ大通りを避け、裏道を周り、歩きながら都度有名な建物や地域の歴史を妻に紹介し、まるで自分の東京時代への総決算のようだ。私の銀座暮らしは年内に一段落がつき、生活拠点を千葉の田舎に移すのだ。

日本橋と銀座、いわゆる旧東京市京橋区に引っ越してきてからはや6年目に突入する。銀座を舞台とする東京女子図鑑を観た時点でまだ銀座が自分にとって無縁な場所だと、これからも笹塚のような庶民的な土地で過ごしていくかと思っていた。まさか、社会人デビューしたらすぐさま銀座の近くに引っ越したし、今では銀座のことを愛し、銀座の住民として自負しているなんてとても予想できなかった。

銀座といえば、ハイブランドのイメージが強いが、歴史と伝統を重んじる上品さ、高層ビルを絶対建てない矜持は私を魅了する。銀座でビルを建てる際に「銀座ルール」が課せられ、「銀座らしさ」を問われる。例えば、高さ56メートルを超えるビルは通常許されない。都心を少しずつ蝕む忌々しい高層タワー型施設を、銀座が拒否する。これは銀座が他の商業地域と一線を画した最大な特徴ではないだろうか。

銀座は富裕層だけの街ではない。少なくとも私にとって、銀座に住むに身の丈に合わないと思ったことない。参考として、麻布台ヒルズを見学した際に、私は赤裸々にクラスの違いを覚えた。あるいは渋谷富ヶ谷の住宅街、とても私みたいな人が居るべき場所ではないと思った。銀座ではそのような感覚があまり湧いてこない。

肉のハナマサと最近できたオーケーマートを加え、総合スーパーは2軒もあるし、ユニクロと無印は以前から出店している。基本的なお買い物に全く困らない。三越のデパ地下に4丁目のイタリアン、築地のすしざんまいも月数回であればさほど負担にならない。裏通りからしか入れない隠家的なあのとらやでも月1回程度であればプチ贅沢として受け入れられる。土日に歩行者天国も実施しており、世界中の人が集まってきて市民的な雰囲気が漂う。

徒歩圏内に各種デパート、レストランや専門店などが多数集積しており、区役所、警察署と図書館といった行政サービスも充実している。要は生活のすべてが徒歩圏内に完結できるし、日本のすべてがこの徒歩圏内に揃っていると思う。限りなく完璧な都会生活に近く、これ以上便利な場所はもはや存在しないではないかと確信している。笹塚に戻りたい発想がとくに捨てられ、一時にペアローンで近場の億ションを購入することさえ検討した。

これからの育児のために、やむを得ずにこの完璧な住所とお別れする。現に千葉勤務の妻に毎日片道1時間の通勤をさせてしまい、下り線が空いており、必ず座れるとはいえ、かなり負担を感じているようだ。また、せっかく妻の地元が近いのに、義父母の力を借りないのは勿体ないし、妻の親類が集まる地元のアドバンテージも魅力的だ。よそ者の自分にとって、田舎とはいえ、「地元」を作るのは簡単なことではない。

二拠点生活も考えたが、大阪時代の経験を鑑みてきっぱりやめておいた。二拠点生活とは、2つの家の維持費を払い続けることを意味する。家具と家電も2セットを揃えなければならない。大阪時代に私はまさになんでもかんでも2セットで揃えたが、大阪から退去したときに大金で揃った品物はもれなく二束三文になってしまった。一旦生活の中心を千葉に移したら、銀座に泊まれる日はどれぐらいになるだろうか。大阪の二の舞いに絶対なりたくない。

私の銀座開拓に関して、正直まだ浅い。行ってみたいお店が山程あるし、知らないお店もたくさんある。いつか胸を張って銀座に詳しいと言えるように、子どもたちを大学に送ってからまたポチポチ開拓し続けようと思うが、ライフワークになりそうだ。

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