小規模「就活」終了・感想&雑談

7月15日午後5時、各々RGF(リクルート)と豊田通商の人事さんと連絡して、豊通の面接を断ってRGFを中心とする局面が決まるになり、私の小規模「就活」は終了したと言えるようになった。

実はただのインターンなので、本物の就活と思えないため、引用符を付ける。

もうすぐ日本へ行き、どうしていきなり「就活」に突入したのだろう?

発端

今までやってきた翻訳のバイトは危機に陥った。今月に入り、依頼が激減になって儲けなくなってしまった。これだけではなく、日本円も急騰し、人民元が激安しつつあった。仕方なく、別のバイトを探さないと行けない。丁度実家の上海に戻り、ついに大都市の恵みを受けられるになったと思い、日本語関係の仕事を探そうと決めた。

準備

今までの流れはほぼ平成21年に作ったシナリオを沿って展開してきたので、中国にの就職は論外だった。もちろん相当な備えも全くない。今回も、極めて簡素な履歴書を作って、そのまま様々な会社に送った。日本語、英語、外資x経済という組み合わせて、募集を探していた。7月10日(日曜)に40社くらいに応募した。結果的に、合わせて120社に応募した。

意外

自分が中国人として負け犬というイメージは強い。自分の母校が雑な大学とはいえないが、決して優れる学校ではない。ただ中国内陸部のある田舎にあるまぁまぁな大学なのだ。だから、元々「就活」に望まなかった。でも展開はけっこう想定を超えていた。

月曜に入り、応募の返事がだんだんきた。午前、最初に私に反応したのは「攜程」という中国大手旅行会社だった。私の履歴書を「興味ある」と標記したらしかった。今まで連絡したことがないが、その時点から、私の予想から逸れ始めた。最初に私に電話を掛けたのは「電通」だった。電通の人事さんは私のことに興味があると言われた。ただ、働く可能な時間が三ヶ月未満という点について問題になり、無理になってしまった。

本当に意外だった。電通が私でもよく知ってる日本の大手広告会社ではないか。私に興味があるとは本当に想像でもしなかった。

午後、ある貿易会社の人事さんは私を連絡し、私を雇う意思を示したが、その場に決めなかった。あっという間にR◯Fの人事さんは私に電話を掛けて、面接の時間が決まりました(水曜午後)。

よく日本のテレビ局でCMが見えるあのR◯Fに面接する。順調すればそこに働ける。この時の私がもう興奮するようになった。

頂点

その後も色んな会社から電話を受けた。その中は「豊田通商」があった。バイトではなんく、本物の10日間の日本式のインターンシップだった。参加したい、本当に参加したいだった。調べた昨年の経験により、書類選考が通過した者はほぼそのインターンを参加できたという。

期待、楽しみした。でも、少し不安も混ざっていた。豊通のインターンがわずか10日間なので、RGFのほうを優先に確保すべきだと思っていた。でもR◯Fがゆるいようで、もしかして根回しできると考えていた。

この時の私は方針を変えて、中華系の会社のオファーをほぼ断るようになった。いくつの日系と外資の面接が予定されて、気に入らない中華系が全く論外のようになってしまった。わざとではないが、スケジュールが忙しくなったため、面接の電話を受けたらまず「御社は外資ですか?」と伺うようになって、少し失礼かもしれなかったが、仕方がなかった。

結末

R◯Fが迅速に私を面接し、合格する結果を知らせた。金曜(きょう)、仕事の時間についてR◯Fの人事さんと相談を乗った。「8月から忙しくなり、毎日出勤でもあり得るよ」と言われて、丁度豊通の時間もその辺なので、やむを得ずその場に打診した。人事さんと彼女の上司が私の話に難色を示した。「面接の時に聞いたことがないよ」といわれて、すぐ「あそこに行かなくてもいい、心配しないでください」と返事した。私がその10日間に居ないと会社が困るという結論に至った後、私は直ちに豊通の人事さんに連絡し、お詫びながら面接をキャンセルさせて頂いた。これで、私の「就活」は終わったと言えると思う。本当に豊通にも行きたかった、だって本物の日本商社だよ。でも私は確かにRGFの面接に「RGFを中心として働きたいと思います」と話したことがあって、約束しました。やはり信用が大切なものだと信じている。それに、RGFも大手ではないか、あまり欲張り過ぎると良くないな。

おまけ・小ネタ

1.アメリカの大手FX会社「FXCM」の書類選考が通過して、テストに入り、テストを仕上げて返事したが、未だ結果が出てくれない。

2.中国のある外資x国営大手会社「FESCO Adecco」からもオファーをくれたことがあった。「毎日出勤」と要求され、R◯Fと調和できず、やむを得ず相手のオファーを断った。あまり彼らのことを断った人がなさそうかもしれない、相手は少し驚いた。

3.上海人として中国内陸部の田舎に大学することに対して、複数の人事さんに驚かせたようだ。

4.ある中華系の小さい会社を同名外資と勘違って、ディスニーランドより近いある遠いところに面接にいってしまったエピソードがあった。

感想

確かに、元々お金のために仕事を探そうだったのに、なかなか想像できなかったいい結果が出てくれた。昔と違い、私はもうゴミではないことを察した。自分は少しでも役に立てる人になった。嬉しいと思う。

でも、これで本当にいいのか?

まず、ソニー、ライカなど色んな外資・日系大手から反応してくれなかった応募もいっぱいあった。もちろん、私が働ける時間が短いのも原因の一つになったかもしれないが、自身の不足も否定できないと思う。

そして、これはただのインターンで、本物の就活は本当にそんなに順調に行けるか?そんなわけないだろう。インターンが所詮、雑役に過ぎない。正社員になるため、そんなに簡単にできるとなかなか思えない。

最後、今回の「就活」を含め、一体だれのお陰でできたのか?昔も、今でも、「日本」のお陰で生きている。計劃が始めてきた8年目、「日本」はもはや私の一部になった。「日本」がいる限り、私は負け犬をやめて正々堂々に人になることができる。例え私がこの地でも役にたったら、私は「日本」を選びます。そして私は「日本」に選ばれて頂きたいと思う。

今回のインターンはただ経験を積み、ついでにお金を稼ぐためなのだ。これからも相変わらず、シナリオ・計劃を従って、東大とか慶應とかの日本のトップの大学院に入り、日本にとって役に立つ人になりたいと思う。

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