嫌な飲み会に行かなくても、友達が少なくても問題ない

人生における人間関係のウェイトは一般的に過大評価されていると思う。小さい頃から周りから絶えずに人間関係の大事さを口説かれてきたが、誰彼もなんで大事なのか説明してくれなかった。あたかもたくさん友達を作らないと生きていけない風潮で私は焦ったり、対策したりしていたが、とくに成果という成果を得られていない。

会社の集会に関して実際一緒に仕事している仲間、一緒に過ごして楽しい相手、もしくは業務の一環としての飲み会以外、私は可能な限りに参加しないようにしている。あくまで下位職員の自分は、積極的に顔を出してもメリット少ないからだ。また、確かにそういった集会では普段聞けない裏情報や噂をある程度収集できるが、知ったところで仕事に役に立つかと言ったらほとんどの場合関係ない。

強いていえば組織とのつながりが強まり、「私はうまくやっている」という安心感を得られるだろう。これもまたプラシーボ効果に過ぎず、飲み会の場であたかも一員として扱われても、職場に戻ったら相変わらず敬遠されることも十分ありえる。大阪時代、職場での立場は基本的に破綻した時でさえ、飲み会ではそれなりに一体感を覚えた。

人間関係が効くパターンは2つ存在すると考える。まず、家族や親戚といった近縁者間の互助、また一定の付き合いを経て確かな絆が存在する人間関係=真の友達の場合、頼み事があればうまくいく可能性が高い。このような関係は基本的にランダムに形成され、人工的に作ることが難しい(不可能ではない)。もう1つは、当事者の双方それぞれ価値のあるもの(スキルや情報など)を持ち合わせ、お互いのニーズにマッチし、「取引」が成立するシチュエーションだ。巷間言われる「人脈」はこちらのパターンであろう。

人間関係のどうのこうのを心配する前に、まず一歩引いてご自身の立場を考えてほしい。自分自身に人と交換できるだけのものを持っているか、入手したいものは本当にあの人が持っているか、そもそも人間関係が大事な職種、ポジションに居るのか。印象論に惑わされず、人間関係への投資を見直したほうがよいかと思う。

仕事にプラスな人間関係は作りたければできるものではないというのは私の持論だ。無理して一時の関係を形成できても、長続きしないし、何かしらのメリットに換金できるのはとても思えない。まして、明確な目的もなく、後先を考えずに会社の集会に参加するのはコスパが悪い。下位職員であれば、成果物のクォリティと仕事の主体性のみ評価され、部下が居れば、部下へのマネージメント力も少々見られるぐらいだ。

転職とWEBテスト

数ヶ月前、某有名企業からスカウトが届き、人事面談を受けた。面接対策が奏功したか、受け答えがかなりよくて、「資格試験を待たずに、すぐ弊社に応募するように」を言われたぐらい、評価された。

試しに参加した人事面談だが、褒められたもので真剣に転職を考えて家族とも相談した。締切が日に日に迫る中、とりあえずWEBテストを受験したが、翌日即座に「お祈り」が届いた。エントリーシートを提出するまででもなく、私の転職劇は唐突に終わりを迎えた。

WEBテスト自体はありきたりな玉手箱だった。一応真剣に受験するつもりだったが、ほぼノー勉で臨んだのは事実だ。形式的な物だと高をくくっていた。

ネットで体験談を検索したところ、こちらの企業のWEBテストがシビアで、例えば非言語パートでは8割の正答率が求められるという。面接にたどり着いた方々は例外なく現役就活生並みに対策したらしい。それどころか、あの手この手を尽くしてOB訪問までしていたし、熱量を感じた。

一見業務と関係ないWEBテストだが、思えばこのWEBテストも、エントリーシートとその後の面接も、企業から応募者たちに出した課題、一種のプロジェクトだと捉えられる。限られている時間でいかにこの課題をこなせるかを見られている。この意味では、この採用プロセスに一定の合理性がある。

一方で、自分みたいな現職でも問題なくこなしている中年近い社会人にとって、必然的に忙しいわけだが、とてもこれほどの課題にまともに対応する余裕がない。むしろ、しっかり現役就活生並みに対応できた方々は、本当に日々の業務に対応できているかとすら思えた。

いずれにせよ、今回この企業に出される課題に対して対応できるだけの能力は、私が持っていなかったのは確かだったので、素直に認める。転職によるキャリアアップに関して思ったよりずっとシビアであることも思い知った。

可能性の終わり、守りとしての攻め

キャリア的に私の可能性はすでに終わった。今の自分にとって、全く関係ないキャリアに切り替えることはほぼ不可能と断言できる。このような話を他の人に語るたびに、「まだ若いし、全然いけるよ」や「海外だと30代から全然違うキャリアを歩む人が多いよ」など、慰めのような言葉をかけられる。皆さんの言い分は特に間違っていない。30代、いや、40代でも全く新しい仕事を始めることは可能だし、全く珍しくもないと思う。しかし、その新しい畑でどれぐらい深堀りできるか、どんな成果を残せるかかなり微妙だ。

簡単な一例を示そう。私の前の上司はかなり優秀な方だった。聡明でハードワーカー、早慶クラスから新卒入社してわずか5年で課長になった。今海外に赴任しており、20代終盤の時点でかなりの花道を歩んでいる。それに対して、私は29歳にしてようやく中途入社し、3年目に入るが、4年間働いて係長になれるかどうかの調子だ。課長は仮に今後少々仕事のペースを落とし、上昇志向をそれほど持たなくても私より出世するだろう。つまり、キャリアに限って私より7年も早くスタートを切った課長は、私より多くの余裕を持ち、私より専門性を磨けられるし、成果を残す確率が高い。

よほどある分野において超人的な才能がない限り、新しい仕事に切り替えることというのはせっかく作った土台を諦め、ただでさえ限られている時間を投じて新たな土台に作り直すことだ。ペナルティ必至だし、確率的に活躍できる可能性が低い。少しでも希望があればできるだけ避けたい道だ。

学生の時に滅多に実感できなかったが、時間というリソースは本当に等しく誰にでも有限である。サンプルを大きく増やすと必ず正規分布に従うように、赤裸々残っている時間に何かができるか逆算で決まっており、工夫すればなんとかなるレベルの問題ではない。そうすると、残される唯一合理的な選択は、現状を壊して作り直すではなく、いかに無駄をなくし、与えられたものの価値を効率的に最大化するところなのだ。

私はもう反省しない

私はもう反省しない。

これは敢えて改善せず、同じ過ちを繰り返す意図ではなく、トラブルがあった際に自分を責めないことを意味する。なぜなら、30代にもなり毎回反省し自分を責めればきりがなく、精神的にもよくないし、建設的でもないからだ。そもそもそういう暇がない。その時間があれば、大して好きではない動画を観ながら、ソファでゆっくりする方がずっと有意義だ。

人間関係について言えば、経験上、ほとんどがはっきりとした白黒が存在する。相性の悪い人や環境では、どれだけ努力しても改善されることは稀だ。一度嫌われたり、一度嫌いになった人との仲直りは、親兄弟のような関係でなければ、不可能ではないものの非常に困難だろう。努力しようとする価値があるかどうかは、またケースバイケースだと思う。一般的にどうすべきかというと、私は合わない人から離れることを選ぶ。あるいは合わない環境を変える。自分に合った人や環境になったら、また努力する。

20代まで私は常々反省していた。ロールモデルの不在によって長い間に私は試行錯誤をしながら、前に進まざるを得なかった。今のように日記を付ける習慣自体、そもそも反省の手段ではなかろうか。飲み会に誘われなかった。誰かさんに嫌われた。好きな女性に急に振られた。私は細々反省していた。その反省によって私の世渡りも確実に改善してきた。

30代に入り、人生の本質と限界を徐々に理解し始めた頃、私は自己中心的な人間を目指すことにした。そして、反省を減らすようになった。この心境の変化に関して、単に年齢を取ったからだけではない。2人との葛藤が決定的だった。前職直属上司のAさんと元妻のBさん、この2人に共通しているところは、自己中心的で私に対する高圧であった。彼らは私が置かれた立場を理解しようとせず、日常的に私をいじめたり、脅迫したりしていた。

そんな彼らだったが、私は可能な限りに反省し、合わせていた。Aさんの説教を素直に聞き、腹を割って本音を開示することもした。さらに彼からのパワハラ言動も見て見ぬ振りをした。Bさんのわがままに最大限に応え、自分の苗字を含めてすべてを捧げた。衝撃的に何も改善することができなかった。懲罰的な人事評価と一方的な離婚、どれも私を長く苦しめて今でも残響が残る。私は超人ではない。社会人として未熟でミスの多い若手社員であり、イライラしやすい亭主でもあった。それでも私の気持ちは本物だし、良いところもたくさんあるはずだ。いずれにせよ、次がないような扱いをされなければならない人ではなかったと思う。

仕事も婚姻も、私の人生にとって重要なパーツではあるが、それらだけの存在ではない。例えば、公益活動や趣味、そして小さな夢もまだ私に残っている。私を評価し、大事にしてくれる人は世の中に多く存在する。そのような人々のためだけに、私は努力を惜しまない。

機内WiFiで仕事してた話

月曜日早々、現地拠点を訪ねてオフィスに入ろうとしたら普通に断られた。先日電話で交渉していた時に、「共用スペース」だったら利用可能を言われた時に、私は明るいフリーアドレスのオフィスをイメージしていた。現地に着いて、蓋を開けたらどうもその「共用スペース」はボロボロな休憩エリアだった。現地オフィスは固定席を採用しており、私に裾分けできる席はどこにもない。

この時点で私の海外散歩計画は破綻してしまった。頑張って休憩エリアで作業してみたが、目立つし、うるさくて会議がまずできない。「休憩エリアになんか変な外国人がいる」という噂が立つ前に、海外オフィスを断念し、次の会議を始まる前に急遽作業スペースの確保に走った。幸い1日2,000千円程度という比較的に安価なコアワーキングスペースを見つけられ、契約することができた。それで一旦目の前の仕事を凌いだ。

コアワーキングスペースを確保できたとはいえ、現地時間の9時から19時のみ使用可能という決まりがあり、日本時間に換算すると昼から出勤することになってしまうし、夜中まで作業することもできない。1日2日で我慢できても1週間続いたら危険すぎる。翌日、たまたま予定された会議が全部キャンセルされ、その場で踏み切って帰国することを決めた。会議がなくなったが、日本時間の夕方に提出しなければならない作業があり、わりとリスキーな決断だった。

荷造り、チェックアウト、空港への移動と出国手続き、搭乗口にたどり着いた時にすでに数時間をロスしてしまい、搭乗時間まで2時間弱しか残っていなかった。早速作業に着手してもなかなか進捗せず、搭乗まで終えそうになかった。そんな危機一髪なタイミングで、機内WiFiのことを思い浮かべた。カウンターのスタッフに機内WiFiがあることを確認できたら、一旦作業をやめ、必要な資料を予めハードディスクにダウンロードすることに専念した。そして搭乗のギリギリまで粘ってノートパソコンを充電しておいた。

事前チェックインの時でも申し込めるみたいけど、自分の場合は離陸してから座席の端末から機内WiFiを申し込んだ。5MB、100MB、300MBと無限という800円から7,000円まで4つのオプションがある。必要な資料を予め用意したので、機内WiFiの利用はメール送付に限るし、300MBも考えてみたけど、やはり今どきのデバイスには300MBが少なすぎて危険すぎる。思い切って無限のオプションに課金した。これは大正解だった。ダウンロードし忘れた資料もあったし、上司とのチャットでのディスカッションもあった。

外付けモニターがなく、マイスすら使うスペースのないエコノミークラスの狭い席で落ち着いて作業することができた。タッチパッドを使って案外精密な操作もできたし、通信速度が遅めだが、確実にインタネットに繋がっている安堵感、その時の私にはこの機内WiFiは7,000円以上の価値があった。成果物を上司に送り、さらにチャットでディスカッションできてついに仕事は一段落が付いた。私はノートパソコンを閉じてリュックに仕舞って窓の外を眺めた。

IPアドレスはカルフォルニアに割り当てられた

社会人4年目と、学歴、転職や出世などの話

気づいたら社会人4年目に突入した。学生時代に対して距離感を覚えて、もはや遠い昔のように感じ始めた。そもそも、Twitterを通じてつながっている学友やサークル仲間の皆さん以外、大学院の同級生にLINEを送ってもまず返信をもらえない。ブロックされず、既読無視だけで済んだのも同級生の優しさかもしれない。

大いに宣伝していなかったけれど、私は去年転職した。悲願だった三菱商事ではなかったとはいえ、れっきとした旧財閥系企業に入社できて正直にわくわくしていた。いずれ日の丸を背負って国際舞台で活躍する抱負とプライドを持って努力していたが、その夢は3年も持たずに早々幕が降りた。今では日の丸を返上し、外資系企業に拾われてかろうじて東京で1人のソルジャーとして生き延びている。

30代にもなり、私はすでに世にいう「出世コース」から完全に外れた。今更日本の大企業に入って、まともに出世して役職をもらうことを想像できない。せいぜい経理部門で専門人材として扱われ、課長レベルにとどまるだろう。官僚を目指しても、そもそも海外出身の時点で無理だし(国籍を取って採用されても重用されない)、仮にそれを考えなくても、昨今のキャリア官僚の待遇を見るとモチベーションが上がらない。そして家族も反対する。

特別採用だったし、配属もピンポイント自分で選べていた。さらに元上司を含めて周りの全員に手厚くサポートされていた。会社にそんなに手間暇かけられて私も一瞬東大卒出世保証説を信じていた。結局仕事をやめるときに、誰にも引き止められなかった。むしろ部長に「みかんくんなら、〇〇(転職先)の方に向いている」を言われた。今まで退職者への定番セリフである「退職しても時々連絡してほしい」も、私にだけ言われなかった。仲のよかった元上司、元同僚と私を採用した人事から温かい言葉をたくさんいただいたが、いまだにこの終わり方に納得できていない。

どうしてこうなったか、もちろん職場に原因があったと思う。私に高圧的だった京都人上司、関西人中心でローカルな職場に馴染むに元々難しいと思う。しかし、自分に非があったことを否めない。プライベートの事情を持ち込んで、会社に甘えすぎたところがダメだった。社会人3年目に入っても受け身な態度を持っていたのも致命的だった。他部署どころか、自ら積極的に自部署の同僚にアプローチし、「友達」を作ろうとさえしなかった。仕事でも結構ミスを犯していたが、振り返ってみると仲間ができなかったことから、余計に上司に狙われやすくなり、孤立して退職に追い込まれたと思う。

今の会社に入ってから、同じ誤りを繰り返さないように、最初から人間関係を大事にしてきた。体育会系の方ほどではないが、自分なりに積極的に周りの人々にアプローチして、相手を知ろうとしている。新人が入社する時に、必ず挨拶に行って相手に自分の名前を覚えてもらう。仲の良い同僚と定期的にコミュニケーションを取り、飲みも行く。業務においても若干無理しても、自ら業務を取り組む意欲を見せている。このように人間関係と業務に同時に力を入れた結果、高い人事評価をいただいただけではなく、職場も楽しくなってオフィスがまるで家みたいに居心地が良い。

大阪勤務の経験から、私は関西に苦手意識を持ってしまった。旅行で行くと思わないし、関西弁を聞いただけで京都人の上司が思い浮かんできて辛い記憶がフラッシュバックしてしまう。前職の会社に未練が残っていて、今でもふと思い出してぼーっとするが、これぐらいのトラウマを持って、将来の自分を引き締めることは案外悪いことではないかもしれない。

私はなぜ「大阪」を拒絶したのか

このタイトルをつけたら、まるでこれから大阪の嫌味を言うように見えるが、違う。私にとって大阪は単純に「家ではない場所」、「ゆかりのない所」に過ぎない。言い換えれば、無臭無味の存在であって、好きではなければ嫌いでもない。大阪と決別した今、感情を抑えてもう一度冷静に問題の根源を整理してみたい。

人の心は本当に不思議なものだ。島根の土地に初めて足を踏んだ時に、長く離れた故郷にようやく戻れたような気がした。最初から馴染んでいる。東京は生まれた場所とよく似ているから、つまらないと思うものの、暮らしやすい場所だと感じる。大阪だけ、長く住める気がしない。

「将来」のために「現在」を犠牲にすることはもうしたくない

「将来」、つまり出世のために今の生活を犠牲にすることはもうしたくない。私は高校時代からすでに何度もやってきたから、また「辛抱強く我慢しろ」を言われても、「じゃいつ生活を楽しむの」という話になってしまう。なるべく真っ当な学歴を積み、より良い勉強環境を得るために、私は地元の大都会を諦めて、あえて行きたくもない地方の公立大学を選んだ。バラ色の青春を引き換えに、地道に勉強とトレーニングに没頭できた。

あの時の犠牲があって今の可能性が広がったが、今なお犠牲をし続けたらどうなるか。順調でも大阪勤務を4、5年やらされる。大阪勤務が終わったころはそろそろ35歳になる。40歳までは若者だとして、残り半分の時間を捧げるわけだが、そこに何の意味があるのだろう。輝く中年生活のためとでも?一歩引いて、30台後半に子供を作るとして、40台以降の人生はすでに子供に予約されている。

出世の保証はどこにもない

学生時代の受験戦争と違って、会社員にとって頑張ったところで必ず報われるに限らない。東大卒だから出世コースが約束されるとか、あくまでドラマの設定であり、都市伝説のようなものである。作業自体をこなすよりも、周りの人間関係=信頼はもちろん、上司の意図への忖度、いわゆる「ゴマすり」も求められる。自分としていい仕事をするつもりでも、上司のニーズとミスマッチすれば失敗同然の扱いをされる。これに関して、私の邪推ではなく、上司にそのまま言われたことだ。

東京にいた私はそこそこ高い評価を受けた。昔の部署では大事にされていた。大阪に来てから私は始終東京並みのパフォーマンスを出せていない。客観的に観るとパフォーマンスが香ばしくない、かろうじて普通かもしれない。しかし、それは安定的な生活基盤はまだ形成されていないためであって、私主観的に仕事をサボりたいわけではない。それを全く考慮せずに、私の人事評価を下げた上司と部長に呆れた。メンタルがやられるから、人事評価だけ下げないでと部長にお願いしたが、全然効かなかった。一度人事評価が傷んだところで、社内昇進に全く響かないかもしれないし、響くかもしれない。人事部の偉い人にしか誰も分からない。

フルスケールでキャリアを追う妻

私の妻も就活の時から緻密なキャリアプランを立て、それを実行してきた。会える時間が減って寂しいけど、頑張っている彼女の姿が好きだし、応援したい。そんな彼女に仕事をやめて大阪についてもらうことはありえない話だ。無理にそうさせられても後々婚姻の破綻が見えてくる。それどころか、妻は私より激務のため、たまに大阪に来てもらうことも実現できていない。

今どき、いきなり年収ウン千万円のトップクラスエリートサラリーマンでもない限り、共働きしないと結構家計的に苦しくなる。事実、妻がバリバリに働いてくれたお陰で、今は都心に住んでも日常の支出に困らない。専業主婦前提の転勤制度は夫婦別姓より遥かに喫緊の課題ではないかと考える。

新大阪活動報告④ターニングポイント

このシリーズを久々更新したが、実は本文は④の第3稿である。今まで断続的に一部執筆したものの、心の中でなかなか結論にたどり着けなかったため、いずれ数行程度しか書いていなかった。5月に入っていくつかのビッグイベントが起きた。それを機に急速的に膠着状態から脱出できて一つのターニングポイントに直面している。

5月までの状況

大阪の職場の環境はとても悪い。前部署と比べてもはや同じ会社ではないほど、社風が違う。それに合わせて馴染むにかなり苦労したにもかかわらず、上司の期待と要望になお満たせていない様子だった。なるべく良い印象を残そうと、あえて手を挙げて出社したり、雑務を引き受けたりしてみたが、無駄に終わることが多かった。

異動されてから、私は絶えずに上司からパワハラを受けてきた。それは決してパワハラ気味とか、ただ教育が厳しいとかではなく、確かなパワハラである。上司は中途採用で最近入社したばかりだった。仕事力が高いと思うが、情緒不安定の人だ。私のQoLは基本的にこの人の気分で左右されてしまう。

具体的に、「このままじゃ、仕事がなくなるよ」や「仕事を減らしてやる」など、日々脅迫されている。有給休暇を取りたくても、表に許可したものの、後々理由をつけて減らせられてしまう。あとは、テレワークなのに大阪での滞在を強要されている。一番納得できないところは異動されて初めての人事評価が下げられたことだ。とても出口が見えなくて休日もずっと職場のことを気になっていてうまく休めなかった。

先輩の電撃退職

5月に入って間もない頃、実務の中核を担い、上司に期待されていた先輩の電撃退職は波紋を呼んだ。この先輩は重要なプロジェクトの一部始終を独自に担当していたから、彼の退職は部署全体に大きなダメージを与えた。もともと人員不足だった部署はついに限界を迎え、派遣の投入を余儀なくされている。

この先輩に関して、私はあまり好きではない。部署の中で長くお勤めされているから、それだけ経験豊富であることを認めるが、頭の回転が遅く感じる。一緒に仕事するうちに、トラブルが多かった。さらに、組織に期待されて重要なプロジェクトを任せられたにも関わらず、それが終わってすぐ退職するなんて彼の人間性にも疑問を生じた。駐在に憧れを持つ彼が出世の一歩手前で退職してしまうのもやはり理解しづらい。彼のことは後日にまた英語の投稿で詳しく語りたい。

先輩の退職で寂しい感情がサラサラない。むしろ気分的に楽になって、無責任な先輩に怒りですら覚える。私はこれをチャンスとして捉えて業務へのコミットを強めた。それ以来、私に対して高圧だった上司の態度も著しく柔らかくなったようだ。

資格試験のブレークスルー

先日、いよいよ晴れてUSCPAのFARに合格した。76点という合格ラインギリギリの成績だが、合格した以上別に関係ない。FAR=財務会計はUSCPAの中で一番範囲が広い最難関科目である。これさえ突破できれば、USCPAの50%ができたに等しいと思う。残っている科目で苦戦する方も居るが、個人的に心配していない。何にせよ、長年に積み上げてきた高度な英語力があるから、落ち着いて対策すれば特に問題ないと思う。

前の部署に居たら絶対転職する気が湧かないと思うが、FARの合格で私に転職の選択肢が生まれつつある。もちろん、FARという1科目だけで転職するにはまだ早い。しかし、もし本当に理想な転職を目指せるのなら、今からでもこつこつ情報収集を始めたほうが良いような気がする。

転職という選択肢

これからやることは3つ、①引き続き業務にコミットすること、②早急にUSCPA全科目に合格すること、そして③転職を検討すること。

大阪に来た半年間、職場でのパワハラ、自腹で毎週の帰省による疲労はすでに私の愛社精神を削ってしまった。アメリカで私を拾った会社に今でも感謝の気持ちがあるけど、愛想もそろそろ尽きるところにある。一方、組織内出世がまだ可能であれば、簡単に諦めるものではない。これからの人事面談で自分の立ち位置、その会社での可能性を見極めなければならない。

新大阪活動報告③赤字家計、レベル低い業務とパワハラ気味の職場

大阪に転勤されてからまだ3ヶ月目だが、すでに前の部署と前の生活が恋しい。基本的に自分のやりたいことは全部できない状態になっている。人のために頑張っていても、時折些細なことで強く責められる。物理的にも、メンタル的に、現状はすでに私が対応可能な限界ではないかと思う。これ以上何かを強いられたら自転車操業になってしまう。

赤字家計

まず一番困っているのはお金の問題だ。転勤以来私は構造的な赤字家計を抱えてきた。家賃や帰省交通費だけで私の手取りで賄えるかどうかの話だ。工夫してなんとかなるスケールではない。もちろん一定の節約もコミットしている。社会人デビュー以来辞めていたコンビニ食は完全復活した。社食のお昼の他ほとんどコンビニの菓子パンを主食にしている。

これに関して、来年4月に、家内が就職したら大幅に改善される見込みだ。黒字化するのは難しくないが、その分の固定費が変わらないから、結局収入面ではハンディを背負っている。黒字化できても決して見過ごすことができない課題だ。その唯一の解決策は東京勤務の復帰である。

「なんで奥さんは大阪に来ないの?」や「そんなにいい家じゃなくても、甘やかしすぎ」など、転勤の際に周りから結構厳しい意見が寄せられた。辛い時に人生が振り回された、「もっと協力的なパートナーと付き合えばよかった」を思ったことはなくもない。しかし、自分みたいな、健全でない家庭で育った人にとって、家族の存在が大事だし、あってないようなものというより今のつながりを大事にしたい。別に他の人と一緒にいたらまた別の悩みもあるだろうし。

レベル低い業務

業務自体のレベルというより、業務プロセスのレベルは想像より低い。各種大手IT企業が開発した会計ソフトももちろん利用するが、Excelベースの作業の割合は低くない。1つの業務につい、主ファイル1つと無数なサブファイルというダンジョンみたいな構造だ。業務の引き継ぎで先輩からある程度教えてくれるが、あまりにも属人的な作業で、メモしようとする術がない。その場で理解するか、後ほど自ら数式を解読して頭で覚えるしかない。

時々1時間、2時間ぐらい費やしてExcelファイルの解読を試みる。運がよく謎を解けても特に爽快感を覚えない。何1つもクリエイティブなことをしていないからだ。他の日本企業(いわゆるJTC)の経理部にはもっと理不尽な作業があって、うちの経理部はあくまで仕方なく自動化できない部分をアナログでやることを理解している。しかし、これは長年の青春を払って修士まで勉強してやるべき仕事かを言わせると、とうてい思えない。

パワハラ気味の職場

今の上司はとても難しい人だ。日本人には気まぐれで、感情的な人だと思う。高学歴で能力が高い人だったが、どうもこの人はあまり人のマネジメントに向いていないように思ってしまう。詳細を省くが、この人の振る舞いはつねにパワハラの一歩手前で泳ぐ。

その扱いに耐えきれず、二人切りで腹を割って話したこともある。正直に言えば、上司の本心は若干歪んでいるように見えるが、悪い人ではなさそうだ。言っていることも一理があって、それ自体を否定するつもりない。しかし、あまりにも細かくてすでに何重苦に喘いでいる自分として対応が困る。

さらに言えば、中途採用でとくに私より社歴長くない上司に雑に扱われたくない。第一、この上司はうちの会社の何がわかっているというのか。うちの会社はあんなに手間暇をかけて私を採用して、私もその恩恵を受けて自分なりにこの会社にコミットしようとして頑張っているわけだ。少なくとも現時点で、この人は会社の意思を代弁できないと思う。上司のポジションとはいえ、自分の立場をわきまえて欲しい。

新大阪活動報告②勘違いの塊

経理部の業務引き継ぎがついに本格的に始まり、この1週間に濃密な生産的活動に没頭していた。会計ソフトはもちろん使うが、主にExcelを中心に作業している。嫌なほど抵抗感を覚えたわけではないが、わくわくするほど好きでもない。私にまだ経理の醍醐味を知らない。

着任してから2ヶ月も経っていないが、経理ないし監査法人等を含める士業にかなり勘違いを持っていたことに気付いた。

経理部と監査法人

一番ショックを受けたのは事業会社の経理部は監査法人や税理士法人のような会計系コンサルより別段劣っているわけではなく、少なくとも平行的な関係であることだ。

事実、同僚の中でBIG4監査法人出身者が何人もいる。中には海外のコンサル経験者もいるらしい。もちろん、着任早々いきなり先輩たちに「なんで監査法人をやめて事業会社に?」のような渋い話を聞いたらまずいので、まだその中の事情を把握していない。事業会社の業種にもよるけど、元々監査法人の給料もさほど事業会社より高くないし、福利厚生の部分を加味すればほぼ同程度のように思える。

(主に有資格者の)経理部員にとって、監査法人は「もう1つの選択肢」になれても、キャリアアップのオアシスではない。監査法人神話はあくまで一部のシチュエーションに限った話であった。

経理部と資格

経理部の仕事は資格を求めないし、資格に集中しすぎるとむしろ上司に叱れる。前記の通り、経理の実務は会計ソフトとExcelに依存しているから、会計知識ゼロであってもなんとなく業務をこなせる。本質的な部分は全部パソコンがやってくれたから。グラウンド業務を担当する若手のうちに、下手したら会計資格を持っているのは私だけかもしれない。

必然的にCPAの勉強はまた風にあたってしまった。しかも本丸だと思った経理部で否定されるなんて思いもしかなった。CPAの勉強は「趣味の領域」に叩き出されて、本当の趣味にしわ寄せしてしまう。私の数少ない世間的に趣味らしい趣味たちは闇に葬られた。

経理部と私

学生時代にかろうじて2単位の会計学しか会計に触れていなかった私はもちろん最初から会計士を狙っていたわけではない。経理職と無縁の両親に押し付けられた経験もあって、むしろ敬遠する時期があった。

限られていた選択肢の中で経理に踏み切った自分だが、後悔の思いももちろんあった。しかし、民間企業で活動する以上、同時に語学と専門知識を活かせる文系的部署は、思えば経理部しかないし、経理部が最適な選択肢に違いない。

時々もっと得意そうで、比較的にわくわくする情報系の学部に入ってシステムエンジニアかデータサイエンティストになればよかったかと悩む。一方、得意だと思ってもあくまで素人としての感想であって、いざプロの世界に入ると中の下という可能性も否定できない。

何れにせよ。29歳の自分にはすでに前に進むしか全うな道がないのだ。