社会人4年目と、学歴、転職や出世などの話

気づいたら社会人4年目に突入した。学生時代に対して距離感を覚えて、もはや遠い昔のように感じ始めた。そもそも、Twitterを通じてつながっている学友やサークル仲間の皆さん以外、大学院の同級生にLINEを送ってもまず返信をもらえない。ブロックされず、既読無視だけで済んだのも同級生の優しさかもしれない。

大いに宣伝していなかったけれど、私は去年転職した。悲願だった三菱商事ではなかったとはいえ、れっきとした旧財閥系企業に入社できて正直にわくわくしていた。いずれ日の丸を背負って国際舞台で活躍する抱負とプライドを持って努力していたが、その夢は3年も持たずに早々幕が降りた。今では日の丸を返上し、外資系企業に拾われてかろうじて東京で1人のソルジャーとして生き延びている。

30代にもなり、私はすでに世にいう「出世コース」から完全に外れた。今更日本の大企業に入って、まともに出世して役職をもらうことを想像できない。せいぜい経理部門で専門人材として扱われ、課長レベルにとどまるだろう。官僚を目指しても、そもそも海外出身の時点で無理だし(国籍を取って採用されても重用されない)、仮にそれを考えなくても、昨今のキャリア官僚の待遇を見るとモチベーションが上がらない。そして家族も反対する。

特別採用だったし、配属もピンポイント自分で選べていた。さらに元上司を含めて周りの全員に手厚くサポートされていた。会社にそんなに手間暇かけられて私も一瞬東大卒出世保証説を信じていた。結局仕事をやめるときに、誰にも引き止められなかった。むしろ部長に「みかんくんなら、〇〇(転職先)の方に向いている」を言われた。今まで退職者への定番セリフである「退職しても時々連絡してほしい」も、私にだけ言われなかった。仲のよかった元上司、元同僚と私を採用した人事から温かい言葉をたくさんいただいたが、いまだにこの終わり方に納得できていない。

どうしてこうなったか、もちろん職場に原因があったと思う。私に高圧的だった京都人上司、関西人中心でローカルな職場に馴染むに元々難しいと思う。しかし、自分に非があったことを否めない。プライベートの事情を持ち込んで、会社に甘えすぎたところがダメだった。社会人3年目に入っても受け身な態度を持っていたのも致命的だった。他部署どころか、自ら積極的に自部署の同僚にアプローチし、「友達」を作ろうとさえしなかった。仕事でも結構ミスを犯していたが、振り返ってみると仲間ができなかったことから、余計に上司に狙われやすくなり、孤立して退職に追い込まれたと思う。

今の会社に入ってから、同じ誤りを繰り返さないように、最初から人間関係を大事にしてきた。体育会系の方ほどではないが、自分なりに積極的に周りの人々にアプローチして、相手を知ろうとしている。新人が入社する時に、必ず挨拶に行って相手に自分の名前を覚えてもらう。仲の良い同僚と定期的にコミュニケーションを取り、飲みも行く。業務においても若干無理しても、自ら業務を取り組む意欲を見せている。このように人間関係と業務に同時に力を入れた結果、高い人事評価をいただいただけではなく、職場も楽しくなってオフィスがまるで家みたいに居心地が良い。

大阪勤務の経験から、私は関西に苦手意識を持ってしまった。旅行で行くと思わないし、関西弁を聞いただけで京都人の上司が思い浮かんできて辛い記憶がフラッシュバックしてしまう。前職の会社に未練が残っていて、今でもふと思い出してぼーっとするが、これぐらいのトラウマを持って、将来の自分を引き締めることは案外悪いことではないかもしれない。

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