人生の後半戦、全部遅かった

28歳の誕生日を控えて、これほど歳を取りたくない気持ちは今までなかった。28歳になった瞬間、私は人生の後半戦に突入するが、その20数年間を全う自信でさえがなくなっている。人生に構造的欠陥があることは日々はっきりしている。どこがだめだというと、生きていく意味を見いだせないことだ。生き方が下手だというか、世間のいう楽しいことは私にとって大半がつまらないように思ってしまう。

社会人生活は実につまらなかった。可能性がないというより、簡単に以降の20年間を読めるのだ。他人よりさらに数年間の準備期間がかかったのに、結局蓋を開けてみると少し初任給が高くなり、かつどうでもいい肩書きを手に入れたに過ぎない。真剣に計算すると、生涯収入がむしろ下がったかもしれない。そんなみっともない「ビジネス」をやってしまうと、自己嫌悪になって仕方がない。本当にそれなりの高収入を得たか、でかい仕事をやらせてもらったらまたもう少し自信を持ってやっていけたと思う。結局、私に誰かの役に立てる能がないだろう。才能というものは個人の努力に関係ないのだ。

自分の思考回路、人生のメカニズムは非常に歪んでいるに違いない。原因がどうであれ、手段は完全に目的になってしまった。一体何をしたいか正直にうまく言えない。周りの人みたいに普通に楽しく生きていきたいが、どうしてもできなかった。何より共感できないし、ついていけない。もともと難しい性格の上、長い間に社会と切り離されて独自のライフスタイルが形成したせいかもしれない。今更いろいろ追体験し、それを直そうとしても、なかなか思うままにならない。RPGの中盤に入ってまたLv5のキャラをLv50のモンスターに対決させても仕方がないではないか。

どうすればいいか分からない。分かったとしても遅かった。私はすでに過去を直そうとする愚行をやめた。大学院時代にドイツに逃げることを考えていた。最近アメリカに移住することも思い浮かんだことある。いずれ単に現実逃避にすぎない。むりやり実行したところで、短い新鮮さが過ぎるとすぐ落ち込むだろう。そもそもこの歳になって果たしてまた「人材」に見られるかですら怪しい。

残り20年強の人生を頑張って全いたいが、今の自分にとってそれが難しく思える。ふとシーシュポスの神話を思いつく。今の自分はまさに大きな石を山頂に運び、その石が再び麓に落ちた光景を見ている。

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