読書、「統合失調症」と反省

数ヶ月間ダラダラしてきて、今日はついに奮発して完読できた。この本はタイトル通りに「統合失調症」という精神疾患を教養レベルで解説する読み物だ。著者の村井俊哉先生は京大在籍の教授でしっかりとした専門性がある。

本自体は会社の大先輩に勧められたけど、統合失調症を知ろうとしたきっかけは実はTwitterにある。数ヶ月前に、Twitterの救急医Sukuna先生のTweetに返信したところ、不用意に統合失調症患者に関する偏見的な発言をしてしまった。Sukuna先生の厳しい指摘を受け止めた結果の1つとしてこの本を読んだ。

私の身の回りに統合失調症の患者がおらず、その疾患に対するイメージはかなりネガティブだった。「ビューティフル・マインド」という映画から得た比較的に客観的な認識でも、この本に否定された。確かに健常者として、統合失調症の症状を理解しがたいところがある。「幻覚」、「幻聴」や「妄想」など、まだイメージが湧くが、自外の境界が曖昧になっている「思考伝播」だったら話を聞いてよくわからない。

統合失調症の生涯有病率は1%、発病年齢のピークは20代前半とされている。他の数多くの精神疾患と同じ、やはり原因不明だ。ドパミンの量を抑制したことで症状が改善されるから、現時点で「ドパミン仮説」が一番有力だそうだ。本書も再三強調していることだが、統合失調症の罹患は子育てや地域と関係ないらしい。「親が厳しかったから、統合失調症にかかった」という「素人感覚」が批判されている。

とくに気になった1節として「妄想と宗教的信念との違い」がある。キリスト教の「ラプチャー」と仏教の死生観を挙げて、妄想と宗教的信念は実質的に区別できないことを明らかにした。実務上、そういったサブカルチャーによる奇妙なものを「妄想」としないが、サブカルチャーまでまだ形成されていない時、すなわち「教祖」の立場は非常に曖昧である。

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