ゆく年くる年

今年ももうすぐ終わりを迎えようとしています。
皆さまのお陰さまで、終に悲願の東大合格ができました。
来年のテーマは「再スタート」だと思います。
失われた何かが既に取り戻せないかもしれませんが、
日本に恵まれ、美しいモノを沢山手に入れました。
この恩を忘れずに、引き続き頑張っていきます。

平成29年12月31日

今年最後の話

私にとって、今年は人生の大事な転換期であった。10年前から願っていたことが次々実現されて、本当に手に入れたいモノは一気に手に入れることができた。

勿論、悲しい想いもあったが、やはり嬉しいことに比べられない。ちょうど今放送している紅白の「いいことばかりじゃないからさ」の歌詞の通り、人生は良いことばかりじゃないのだ。

来年は、また新たな一歩を踏み出し、人ともっと触れ合って自分の性格を明るくしたいと思う。勉強ももちろん大事だと思うが、楽しく生きていく為には学歴と成績だけではないことを最近になってようやく痛感した。

年賀状シーズン

今年も間もなく終わろうとしている。とうとう年賀状をきちんと準備しなければならない時期に入った。今年も僅かな送り先であるが、年賀状を送る予定である。初対面の相手は私が来日後に日本文化に染まったと思っているようだが、実際、数年前から書いてきた。

送り先はいつくかしかないが、毎年変わっている。国内と海外で言えば半分半分だったが、今年は国内の方が多くなった。1人を除いては、皆法人宛だけれど。(つまり、相手の住所まで聞き出すほどの付き合いではない。)

文面の絵柄やデザインはあまり拘ってない。主に郵便局で既製品を買っている。自分でデザインして発注しようとも思ったが、あまり拘ると相手が引くかもしれないので止めた。筆ペンで住所と僅かな言葉を書き入れるだけで精一杯だった。数少ない文字数にも関わらず、予想以上に時間が掛かった。

国際交流として、欧米の知り合いにも送りたかったが、やはり私のような在日からより、外国人は本当の日本人から日本らしいモノを貰った方が嬉しいだろうと思って送る気がなくなった。

中国語力の劣化

来日2年目に入り、私の中国語力の著しい劣化が露呈している。具体的な例というと、まずきちんと考えないといきなり中国語を喋ると上手くしゃべれないことが多い。一部の表現について、日本語で普通に知っているが、中国語での表現が分からない。人の投稿を添削する時も、自分が必ず正しいという自信を失っている。

たった2年目なのに、もう何年間も日本に住んできたような振りをしないでくれと言いたい人は居るかもしれないが、わざとではなく素朴な気持ちなのだ。その原因は割りとシンプルだと思う。この1年間、家族との間や限られた場合の他、全然中国語を使ってなかったから、中国語力は劣化しても当然なことだと思う。

そもそも、私の中国語は上手かった訳ではない。大学入試の時にぎりぎり合格しただけで、普段の生活でも不自由な時が多かった。そう言っても、別に自分の日本語をアピールしたい訳ではない。日本人のように日本語を自然且つ正確に使えるまでまだ長い年月が必要に違いない。一朝一夕にはできないことなのである。

中国語力の劣化と共に、暫くの間、私の得意な言葉はなくなったのだろう。最近英語に結構力に入れているが、日本語ネイティブを目指して日本語の向上も怠らない。

「友達沢山欲しい」計画を差し止めへ

私にはいざという時に助けを求めることができる友達を持ってない。一緒に遊びに行ったりする友達も居ない。前の試験が終わった時に「友達沢山欲しい」という計画を立て、積極的に友達を作ろうとしてみたが、数日前に私はその計画を断念した。1人でも良いではないかと考えた。

どうしてこのようになったのか、自分の性格を含む様々な原因があると思う。私に深刻な影響を与えたことが2つある。一つは、信じられないかもしれないが、子供の時に勉強の為に友達を作ることは家族に禁じられていた。小学校の頃に一度クラスメートと一緒に遊びに行ったら、父は激怒してみなの前で私を殴った。もう1つは、日本人らしくなるために長い間中国人と距離を置いてきた。中国人らしくなりたくない為だ。

結果、人と付き合う経験は年齢より遥かにズレていると感じるほど不足している。雑談の話題と話すモチベーションがない。相手に合わせて行動するスキルを持ち合わせていない。他人と話すと、こちらは疲れるし、相手もがっかりした顔になる。相手が話上手だったらまだお互いに楽しそうに会話できるが、相手も何かを話そうとしない場合本当にどうすれば良いか分からない。

最大の問題は、私は相手のことを気にしすぎることではないかと思う。返事が来ない時や、挨拶してくれない時などに、私はすぐ「嫌われたか?」と憶測しがちで、人と付き合うとそんな時に落ち込みやすい。偶にとても好きな人と出会って、結局こちらから積極的に行動しすぎて振られた経験があって、その後一年間以上引きずってしまった。

友達を作ることは当然メリットがいっぱいあるはずだが、私にとってはデメリットのほうが多いかもしれない。つまり、コスパは悪いのだ。その一方、職場での必要最低限のコミュニケーションスキルは身につけているらしい。人が怖い訳ではないから、仕事のための事務的な会話は逆に楽だと思う。将来の仕事と今の勉強の支障にならなかったらもう十分だと思う。

友達は必ずしも必要な訳ではないというのが私の結論である。かと言って、今現在の人間関係を切ろうとういう訳ではなく、自然のままに進めば良いことだ。自分には友達ができないということを素直に受け入れて生きていきたいだけなのだ。要は、他人の態度を気にせずに付き合っていければそれでいいし、愛想を尽かされても悲しくならないようにするのだ。

次期パソコンを実装した

今まで現役だったパソコンはソニーブランドのVAIOの末期モデルである。大学に入ったころに買ったもので、当時10万円かかった。15インチの大画面モデルで、なんでも出来る割に、何れも優秀より程遠い。この4年間に何度も改造されてきた。メモリー増設、SSD換装、ネットカードアップグレードなどできるだけ改造してみた。お陰さまで、性能面は今の新モデルと較べても劣らない。しかし、電池の損耗は既に25%超で、連続駆動時間は3時間を割った。もはやノートパソコンとして機能しなくなった。こんな時に、決心して次期パソコンを購入しようとした。

継続して、独立したVAIOが真っ先に視野に入った。訳分からなく低スペックを高価に売っていて、気にいるスペックで購入すると軽く20万円が飛んでしまう。已むを得ず断念する。次は最近流行っている「iPad Pro」と「Surface Pro」を検討してみた。実際にヨドバシに行ってどちらも弄った。iPadの性能には文句がなく、Apple Pencilも優れていると思う。Surfaceのペンはそれと比べると使い物にならない。しかし、iPadのOSはやはり無理だと判断した。モカ市もわざわざ新型のiPadを買ったことがあるが、OSのせいで使いみちが分からなくなった。かと言って、Surfaceも高価なので、キーボードとセットで15万円以上かかりそうな感じがした。

最終的に、NECの「LaVie NM」のハイスペックモデルを買った。学生割引で10万円弱で格安で購入できた。小さい、軽い、駆動時間が長いというのはとても魅力的である。おまけにファンレスのデザインなので、本当に何の騒音もない。とても奇しきだと思う。唯一の問題は、中国の血が混ざっていることだ。周知のように、NECのパソコン事業はもはや完全にレノボの傘下に入った。日本の工場で組み立てられたとは言え、レノボの特徴も微かに付いておる。例えばACアダプターがレノボと同じ仕様だし。システムでレノボと書いている重要なソフトも隠している。

この件について相当悩んでいた。中国資本を避けたくて、色々工夫してみたが、やはり予算に合わなかった。そして、これからの電子製品あ恐らくどんどん中国資本とアメリカ資本という二極に収束するだろうと思って、妥協してしまった。正直に言うと、技術は日本がリードしてきたが、恐らく経営の方は中国が上にいるかなと思う。

学校生活の話「日本VS中国」

戦前から、「日本には四季があるから日本人は凄いのだ」という説があった。今でも一部の日本賛美の番組はそれを引用しているみたいだ。流石に無茶な話と思うが、日本人は確かに他国と違う所があると思う。今回話したいのは学校生活のことである。

私は長い間、アニメによく出てくる多種多彩なクラブ活動=部活はフィクションだと思っていた。遊びみたいなことにそんなに力を入れて、勉強や試験はどうするのだろうと考えていた。しかし、日本に来て3校の大学での学校生活を経験した後、アニメに出てきた部活というモノは本当に存在していることが分かった。

経験してきた3校には、どれも吹奏楽部や軽音楽部、野球部がある。校内では常に彼らが練習している姿が見られる。大学だけではなく、高校から既にそういう活動があると聞いた。実際、私の家の隣に丁度高校と中学校があって、毎日運動部の生徒たちの練習している声が聞こえる。アニメ「Just Because」第一話でもそういう場面が忠実に再現されていた。日本の若者たちは間違いなく素晴らしい生活を送っている。

その一方、中国の学生たちは何をしているだろう。私の場合、高校時代は朝7:30から始まり16:30まで通常の授業だった。夕方に予備校に通うこともあり、家で大人しく勉強しても、寝られるのは既に夜中になってからだった。それでも、頭が良くないので成績は上がらなかった。

部活まで手が回らなかった。そもそも存在しなかった。中国の学生は皆、大体同じような生活を送っていた。加えて、郊外に住んでいた私は都心へ出ることを両親に禁じられていた。都心にある予備校に通うようになったお陰で、ようやく初めて1人で都心へ行けるようになったのは既に高校2年のころだった。

大学に入って、そこには確かに部活があった。しかし、あくまで存在していただけで、皆さんは今まで勉強ばかりだったので、日本の高校には遥かに及ばないしょぼい部活を行っていた。今までの厳しい勉強への反発からか、皆さんは勉強から離れて、役に立たない資格や幻の人脈つくりに没頭していた。

では、果たして、皆さんは全員国にとって大切な人材になったのか。いいえ、基本的な仕事すらできない人がかなり多かった。就職しても月給6万円しか貰えないのは多数だと思われる。

つまらない、つまらなすぎてどうしようもない。こういう教育が、感性のある人間を生み出すわけがない。それところか、一体何のためにそんなに厳しい生活を送ったさえ分かる人はどれくらい居るだろう。

なので、四季ではなく、幅広く物事を体験できる豊かな生活が日本人の感性を育てるのではないかと思う。

ある上海で働きたい日本人の話

先日、ある日本人の知り合いに声を掛けられて、上海での就職についての話を聞かれた。大学できちんと中国語を勉強してきて、交換留学を通じて実際上海に1年間住んだこともあるようだし。結構気に入っているようだ。

以前リクルートでのインターンからの経験を活用して、知っている限りの情報を伝えたら、彼女はとても満足したようだった。どうも本気で上海で働いていこうとしているみたいだ。「どうして上海で働きたいの?」と聞いたら、上海のことが好きのほか、「日本にはもう未来がない」と「日本企業の職場がきつい」という2つの理由を挙げた。

私自身も元の国から出て日本で就職するつもりなので、彼女の考えを否定する立場がない。彼女が挙げた2つの理由はどちらも「正しい」と思うし。確かに、日本と比べると、中国の方がまだ元気である。日本企業の雰囲気も誰でも知っている通り厳しくて、私生活が食い尽くされるのも日常茶飯事なのだ。

それで、彼女に「みかん君はどう」と聞かれた。「日本で就職したい」と答えた途端、彼女はがっかりした顔を見せてくれた。日本は衰退しているが、一度底に落ちても必ずいつかまた再起できると信じている。未来がまだまだある。むしろ我々の手で作るのだ。私も伝統的な日本企業で働きたくないが、外資やベンチャーなどの選択肢もあるし。日本企業を回避することは困難ではない。

「じゃあ、私たちは替わろうか」と私はこっそり心で呟いた。

マクドナルドの白人スタッフ

昨日、用があって国連東京支部に行きました。約束の時間まで隣のマックで過ごしました。マックに入った途端、異様な光景が目に入りました。なんと1人の白人少女がレジを打っていました。彼女だけではなく、もう1人の白人の男の子が床を掃いていました。

この件でかなりショックを受けて、注文した時上手く話せませんでした。どうして白人もマックでバイトするのでしょう。最初はとても理解できませんでした。東京のマックには、日本人より東南アジアや黒人のような外国人スタッフの方が多い店舗が沢山あります。日本人があまりやりたくないバイトだろうと思います。

私も地方に居た時少しマックでバイトしたことがありますが、職場が汚いしピークの時に激務だし、現在は自分のブラックリストに入れて絶対やりたくないバイトの1つです。なのに、その2人の白人はそこで働いていて、彼らを見るととても気の毒に思いました。英語の先生でもやれば良いのではないと思いました。

帰って冷静に考えると、もしかして彼らは英語圏の国の人ではない可能性もあります。或は、日本語がほとんどできないのでしばらくの間はこれくらいのバイトしかできないのかもしれません。何れにせよ、日本で人気者の白人でもどうもそれほど大事にされてないみたいです。

自民党の遊説へ行ってみた

昨日の夜、私は自民党が秋葉原で行った遊説活動に行ってみた。主に首相を見る為だった。現場には人が大勢居た。雨も時々降っていて、大変だった。首相と財務相の出場の前に、色んな自民党都議と区議を紹介していた。正直にいうと、詰まらなかった。周りの人たちも同じテンションみたいだった。やはり皆さんは首相を見る為に集まったのかなと思った。

終に、首相と麻生さんが出てきた。現場はクライマックスに達した。私も周りの人たちと一緒に国旗を振りながら「頑張れ」と叫んだ。首相の出番と共に、雨が止んだ。そのお陰で、前の人たちが傘を締めて見やすくなった。演説の内容はこの間のとあまり変わらなかった。アベノミクスの実績、最近14日日経続伸などのことを、麻生さんが挙げた。希望の党と立憲民主が看板替え政党だと首相が訴えた。

実際、今回気になったのは現場に居た左翼の人たちである。小さい子供を現場に連れて、首相に子供を下品な言葉で罵らせたことを目撃して、驚いた。彼らの教養の無さそうな姿から、もしかして生活に苦しんでいるのかなと勝手に推測した。主張主義と関係なくただ生活の不満をぶつけたい為に、与党を叩くようになったのではないかと思う。

ただ1時間強のイベントなのに、なかなか疲れた。帰ったらすぐ布団に入った。こういうイベントは一度体験したらもう十分だと思う。もし私が投票できれば、今回は自民党に投票するのだろう。