コミックマーケットへ行ってきた

今日、「コミックマーケット92」(コミケ・C92)へ行ってきた。昨年、日本人の知り合いと一緒に上海のゲーム展示会へ行ったことがあるが、本場のコミケは初めてだ。

朝早くりんかい線に乗って、国際展示場駅で降りた。その時点で既に列ができていた。天気は往年より涼しいので、今年きて良かった。ただ列に並んでいるのは流石につまらない。周りの皆さんも一緒だけれど、友達と来たら、若しくは暇潰しの準備をしてきていたら、つまらなさは軽減されただろう。

2時間くらい待ったら、ようやく入場できた。人混みの混雑は終始半端ない。思いつきで移動しながら、写真を撮ったり、現場を観察したりしていた。買いたい同人誌はあまりなかった。企業ブースでは、お気に入りの所があったが、しょぼい物しかない為に遠慮した。結局、実際に中を見て回っていた時間は、入場まで待っていた時間より短かったみたい。

総じて言えば、コミケは一種の祭りだと思う。だが、専門性が強くて、サークル外の人にとっては人間観察しか楽しめることがないと思う。体力的にも厳しく、現場或は帰り道で倒れるのはあり得る話だとおもう。何も買わなくても数千円の支出は免れないだろう。

自分にとって、今回は10年前の「コミケに行きたい」という念願を形式的に叶えただけのものだった。同時に、自分が既にサークル外の人になってしまったことを確信した。ちっとも楽しめなかったので。

秋葉原の話

秋葉原はつまらない街だと思う。この結論になったのは幾つかの理由がある。

まず、電気街として機能しているのだろうか。商品の取り揃えでも手頃さでも通販に勝てない。中古品でも新品でも同じだ。裏町に回ると、面白い物を安く売っている店があるが、まともに家電を求めるだったらわざわざ秋葉原に来る必要はない。

とにかく外国人が多い。本当に多い、多すぎると思う。バスでインバウンド客が次から次へと来て、就中、中国語はまるで公用語のように聞こえて気味が悪い。日本人向けというより外国人客向けの店の方が多い気がする。看板に日本語がない店もある。

危険な街?メイド喫茶か風俗か知らないが、コスプレイして客を勧誘する女性が多い。そういうのも、あまり品がないと思っているし、感じ悪い。その分、閉店時間も早い。人が居なくなるのも早い。割りと健全だと思う。

噂のNHK受信料

午後、仮眠していた時にチャイムに起こされた。速達かと思って猛ダッシュでドアを開いたらNHKの徴収員さんだった。起きたばかりなので、意識がはっきりしない内にテレビがないにも関わらず受信料を払ってしまった。

NHKの受信料徴収員たちは基本的に皆さんに嫌われているようだ。留学生の間でも普通の日本人の間でも徴収員対策や撃退方法などの記事が沢山流れている。なので、徴収員さんの仕事が大変だからそれくらいのお金を払っても悪くないと前から思っていた。

東京移住の感想ー壱

東京に引っ越してきて、3日が経った。恐ろしいほどに順調で無難に落ち着いてきている。忘れる前に、幾つかの気になることを記しておきたい。

1、ごみの分別がゆるいこと。島根県と違って、プラスチックは可燃ごみとして扱われる。本当に紙くずと一緒に廃棄していいものか不安になって、何度もルールを確認した。住民としては助かると思うが、環境対策として少し勿体無いと思う。

2、マクドに外国人スタッフが多い。ここでいう「外国人」とは東北アジア系以外の外国人のことを指している。東京のマックには、東南アジアや黒人のスタッフが多いみたい。最初は少し不安だった。やはり人種が違うと生理的に警戒するのかなと思う。でも彼らの一所懸命な姿(私には無理かも)を見ているうちに、段々尊敬するようになった。

3、東京=ハイスペックの上海(?)街を歩き回る時に、時々上海に戻ったみたいな勘違いがある。高層ビルとか高速道路とかのせいかもしれない。ライフスタイルも地理的な特徴も似ている。とにかく殆ど違和感がない。

全く新しいスタート

4年ぶりに都会に戻った。中国の田舎と日本の田舎の両方深く味わった。これから田舎暮らしに勝手な妄想をしないだろう。アニメの田舎は確かに良いけれど、他所の者には難しいと思う。東京で大人しく暮らしたいと思う。

羽田空港に降り立ったら、丁度テンプル大学日本校の編入結果が出ていた。合格、受かった。しかも単位が沢山認定されて、早ければ1年間の勉強だけで卒業可能みたいのだ。これで滑り止めが出来て安心して東大と一橋大の大学院を攻略出来るようになった。

何れにしろ、東京に残るのは間違いない。今日からが全く新しいスタートである。いつも過去のことが気になってきたが、愚痴を言ったり誰かを恨んだりして、よく考えれば自分が贅沢なほどのチャンスを貰った。選択肢より選択できること自体のチャンスを何度も得た。昔はいくら理不尽だったとしても、最悪の時は既に過ぎた。開かれた未来の為に、過去に区切りを付けたいと思う。

固定資産税のこと

私の出身地上海には、約10年前から、不動産相場が高騰し続けてきた。値上げが止まったことは一度もなかった。今、上海の一般の若者が自力で部屋を買うことはもはや不可能になった。

その一方で、日本の不動産相場はどう見ても優しくて安定しています。東京都内でも地域によって、7千万円で中古一戸建てが入手可能である。上海の市街地になると、7千万円ではまともなマンションさえ買えない。

多くの日本人にとって、出雲はただの田舎でしょうけれど、私には特別な場所である。東京で住むことになるが、出雲と何らかの関係を作りたく、この前土地でも買おうかと思った。そこはともかく信じられないほど安かった。

しあkし、不動産の基本を勉強したところ、上海と違って、日本は毎年支払う「固定資産税」の制度がある。住宅を建てず、土地だけ所有すると税率は割高になる。地域によるが、「固定資産税・都市計画税」は1.7%の割合で徴収される。だんだん事情が分かってきて興味本位での土地購入を諦めました。なるほど、そういう訳で、地方の土地価格が安いのかが分かりました。住民としては良い政策だと思うけれど。

「友達」と「外国人の友達」

外国人であると、日本人と付き合う時に人や場所によって扱われ方が変わる。大雑把に言うと、「友達」と「外国人の友達」という2種類の扱いだ。

「友達」とは、即ち普通の友達=フレンドのことである。日本人同士の友達のように、普通に色んな話題について会話する。LINEを好感したり、一緒に遊びに行ったりすることがある。外国人にとって、このタイプの友達は滅多に作れない。部活や職場などの場合なら、まだ出会いやすいかもしれない。

次に、「外国人の友達」とは、「友達」と言われるものの、本質は決して上記のような普通の友達ではないものだと断言する。特徴として、とても情熱的な割に、2人の間の一線と壁がはっきりと感じられる。話題は、「日◯対比」というものが多く、ありきたりな雑談が少ない。当たり前のことについて、よく「〇〇の意味は分かりますか/知っていますか?」と聞く。いざ本当に分からなくて質問すると「みかんさんは外国人だから、知らなくてもいいです」と言われる。ことの大小は別に外国人を埒外と決めると、基本的に連絡して来ない。このタイプによく遭遇すると思う。

私は、断然1番目の「友達」が好きだ。みんな区別なく一緒に話したり、行動したりしていた時にとても感動的だった。そういう友達が1人でも出来たらありがたいと思う。その一方、私は普通に「外国人の友達」になりたくない。やる気がない時は、そういう日本人に挨拶する気も出なくて、無視している。なぜなら、感情的に見ると、仲間候補にすらなれなくて、純粋な建前だけの関係しか作れない。現実的に見ても、「意味が分かるか」と頻繁に聞かれると煩いし、ナメられているみたいに聞こえる。「知らなくてもいい」と言う無礼に傷付くし、単に時間の無駄でしかない。

東京に移住したら、きちんと相手の態度を認識し、普通の「友達」を沢山作りたい。

精神障害は成績とあまり関係なさそうだ

今日、ある中国の情報サイトで興味深い記事を見た。最近、ある名門校卒、ドイツに留学したことある人が「自分の親に監禁されている、助けて!」というようなタイトルで投稿した。その投稿者は武漢大学、香港中文大学などの学歴を持ち、東アジアのどこに置いてもエリートと言えるだろう。彼女は自分が親に精神障害者として扱われ、病院の先生を騙して7年間薬を飲ませられたと言う。自由がなく、家に監禁されてきたと主張した。

その投稿の後、一時騒然としていた。多くの人は彼女を助けようとした。香港の番組までが、この件を取り上げて議論した。実際、関係団体が動き出して、彼女の身柄を確保して、ホテルに滞在させた。薬も当然飲まなくなった。数日後、なんと病状が発症し、病院に運ばれた。本当に強い精神病に掛かっていることを皆が知ることとなった。彼女の親は何も悪くなかった。彼女が精神病に掛かったのは最近のことではなく、学部時代から既に何からの兆しがあったと言う。それでも、彼女は優秀な成績を保ち、更なる名門校に進学していた。

とても人にショックを与えるケースだと思う。彼女のことを見て、私は反省するようになった。自分も、本当にまだ正気を保っているか、今の生活は幻想ではないのかなどと心配した。彼女のようにならない為に、やはりもっと気を付けなければならない。

楽観的に生きていくしかない

最近、生活の課題が曾てないほど湧いてくる。しかし、私は前より落ち付いていられるようになった。恩日に物事に対応する。

受験、ビザ、お金、差別などなど、一々心配したら切りがない。生きられていられない。取り敢えず自信を持って地道に進めば良いと思う。

「〇〇が出来たら日常を取り戻せる」という考え方を諦めて、今は正にその「日常」であることを素直に受け入れて、(課題を含む全てのことを)楽しんだ方が楽になるではないかなと思う。

地獄少女の新作

「地獄少女」は十数年前のアニメです。1期は平成17年に放送されたので、古いアニメと言えるでしょう。テーマは、社会派の小説みたいに主に社会問題とか人間性とかの風刺です。以前そういうテーマがブームになっていましたが、東日本大震災後ほとんどなくなってしまいました。

しかし、今年は突然新作を作ると公表されました。とても意外です。6話だけしかないので、低コストで適当に作った粗末な物かと思いましたが、1話を観てみると、そうでもなさそうです。画質は前三期と比べても劣る所はまずありません。雨に濡れた電車など、新しい技術が利用されることが分かりました。

ストーリーはとても微妙です。初めて観る人にとって面白いと思うかもしれませんが、前3作を何度も観ていた私にとって、最初からエンディングが分かってしまいました。良い面として、時代と共に、キャラクター達がスマホやタブレットなど現代的な物を使うようになったので、古いとは思いません。

地獄少女のキャラクターデザインはとてもセンスがあると思います。十数年が経ってもダサい感がありません。そもそも、アニメの設定によると、地獄少女は既に数百年以上働いてきました。確かに時代を越えているような気がします。久しぶりに新作を観れて、地獄少女は相変わらずこの世のどこかで活躍していることを知るだけで満足でした。