遅かったから

今日、部活の知り合いと話した。彼女は語学力を磨いて、故郷に帰って就職したいと私に言った。彼女の言葉が昔の記憶を蘇らせた。いつかの私も、あまり欲望がなく、適当な大学に入って地元で働きたかった。

更に、多くのアニメが紹介している日本の田舎で、仲間とワイワイ青春を送る生活に憧れていた。ここまで来ると、なんといずれも実現されていた。しかし、それらを受け入れて楽しむ代わりに、私は再び現実を拒んだ。全ての「果実」を台無しにした。

何故かと言うと、遅かったからなのだ。良い歳になって高校時代の夢が実現されても、嬉しい訳がない。「青春」を謳歌して楽しもうにも、既に青春ではなくなっているから意味がない。

時間は一番大事なものだと思う。一度過ぎてしまったらもう元には戻れない。人の過ちと自分の過ちによる損失を補う為に、膨大なお金と時間を投入しているが、まだ足りないみたいだ。

飛行機

最近、飛行機に頻繁に乗っています。もはや電車と同じ感覚で乗っていると言っても過言ではないと思います。昔の私を考えるととても想像できないことです大学入学までは、「旅行」は一握りの豊かな人たちだけの娯楽だと思っていました。飛行機はおろか、電車も数回しか乗ったことがありませんでした。

初めて飛行機に乗った時は確かにわくわくしました。しかし最近、席に就いてベルトをしたら即座に寝てしまうのはよくあることです。目が覚めた時は大体、飛行機が着陸態勢に入りそうになっていて、これは割りと便利な「生理的な反応」だと思います。

いつもエコノミーを利用しているのが原因かもしれませんが、日系の航空会社は噂で聞いていたように優れている訳ではないと思います。機内食は美味しかったですけれど。話ts日はレアケースと燃えるトラブルに遭ったことがあります。事後にメールでクレームを入れたのですが、フィードバックはそこそこでした。まあ、胴体に日の丸が付いたら親しみを感じます。

不動産屋さんでの遭遇

今日、東京のある不動産屋さんに行きました。世界観が一新されてしまいました。日本人は本当に外国人を差別していることが分かりました。

受け付けてくれた営業さんは私より若い顔でした。やる気満々で、とても尊敬します。細かく私の要望を確認した後、幾つの物件を紹介してくれてそしてそのまま済むかと思ったら、なんとそれからが正念場なのでした。

その理由は、大体の物件は外国人に貸さないのです。その後の2週間、ほぼ絞り込まれたリストに従って、管理会社に一々電話を掛けて外国人の「お客様」が大丈夫化どうかを確認する作業でした。

結局外国人OKの物件は全体の1割に過ぎませんでした。とてもショックでした。「大家さんは実際みかんさんと話してみたらきっと貸してくれると思うのですが、今はそれはできません」というように営業さんに言われました。

国籍問わずに皆さんは差別されていることを分かりました。外国人の私でも例外ではありません。これから大切なことを検討する際に、本当に日本人の立場から考えるのはいけません。何故なら酷い目に遭うのですから。

「外人がー」と連呼していた人たち

今日、図書館で勉強していた時、珍しく煩いと思いました。幾つかのグループが自習エリアで平気で大声で話していました。そして、隣に座っている3人組が特に目立ちました。どうもその3人は何かの英作文を書いていたようです。高校レベルの英語について論じていたところ、「✕✕の意味は●●で、外人はそれを〇〇の時に使うのよ」のように「外人がー」、「外人はー」などと連呼していました。

外人=英語を話す人という認識なんて、正直に言うととても雑だと思います。彼らの会話は聞き苦しかったです。更に、そのうちの1人は何か問題でもあったか、あまり落ち着かずにそわそわしていました。とてもやばいと思って。チャンスを伺って席を変えました。まるで中国に行ったような感じ、後味が悪かったです。

TOEFLを暫く辞める

TOEFLを受けると、ある点数に達成すると学校から半分の受験料を貰えます。昨今の元安で、気軽に1万3千円くらいを貰えます・そして、学校に嫌がらせをしたいのも目的の1つですが、この前こそこそ2回連続にTOEFLを受けました。スコアの高値更新をやり遂げましたが、最初の目標を達成できませんでした。

スピーキング、即ち英会話は特に難しいです。日本語と違って、練習するチャンスとモチベーションは両方ないままにやってきました。とは言え、日本語の会話力もそれほど優れているわけではありません。そもそも所謂母語の中国語でも、まともに話せない場合が多かったのです。多分頭が悪いせいかもしれません。

この成績を持って、確実に北欧やドイツの一流の大学院でも行ける気がするので、そちらに逃げようと何度も考えました。しかし、自分が色んな「優位」を持つ日本で無理だとすると、どこへ逃げてももっと酷い目に遭うかもしれません。おとなしく日本に居た方が理性的だと判断しました。

とにかく受験料が高く、試験時間4時間超と長く厳しい、理不尽なTOEFLと暫く付き合わなく済んで、少しだけホッとしました。

セーラー服の子が好き

海外で住んでいた時、私はあまり若い女性のことを気に入ったことがありませんでした。自分はひょっとして同性愛者か、無性愛者なのかと高校時代によく悩んでいました。

日本に住んで、放課後の時間に電車で偶然セーラー服の子たちに囲まれた時、可愛いなちう暖かい気持ちに気付きました。変質者だと思われないように、っちょっとしか直視できませんでした。

偶に囲まれたり、街で出会ったりすれば心が満たされます。自分の見た目は不細工ではないけれど、現役のセーラー服の子との年齢差がますます広がっていて、若い女性との会話術もなく、そもそも接点がないので、まともに付き合うことはないでしょう。セーラー服の姿を近距離で楽しむ為にも、娘でも何人か作ろうという脳天気的な考えも時々心に現れます。

中学校の国語の教科書を注文しました

もうすぐ大学院に入る私は、中学校の国語の教科書を注文しました。外国人として、日本語能力試験を満点にした後、どうすれば日本語を更に上達させられるかということは難しい課題になりました。

以前の考え方は甘いものでした。日本人との付き合いが多ければ多いほど自然に日本語が上達するなんて非現実的で効率が悪いと思います。なぜなら、日本語が流暢でないと、どこへ行っても外国人として扱われますし、外国人として認識された時点から、時々普通の会話すらできなくなることもあります。(一部の人は外国人との会話を諦めがちなので)

友達を作っても、日本語を有効に練習できる保証がありません。意味が通じれば、普通は誰も変な表現を指摘してくれません。これから強く間違いの指摘を求めても、「既に十分上手だから、もう大丈夫だよ」と何度も言われ、心の中では凄くがっかりしました。確かにいちいち協力するのは面倒ですし、彼らにそういう義務はありません。

本気で日本に住み続けたいのなら、「高度な日本語」ではなく、日本人に外国人であることを気付かれないほどの日本語を求めるべし。なので、日本人に頼るのは早めに止めた方がいいと私はこの結論に至りました。地道に日本人が勉強しているモノを目に通ってみたいです。今のところ、この道しかりません。

日本での生き方を考えてみました

来日から半年間が経ちました。半年とは言え、まるで日本で既に数年間住んできた体感があります。よく外国に移住するのは結構大変だと聞いていますが、外国語を上達し、ホストの文化に積極的に溶けばいいじゃないと思いました。実際大変なのは言葉でも風習でもなく、イデオロギーなのです。

最初は、私は「普通の日本人」を目指し、戦略を取ってみました。それは絶対ムリだと最近ついに認めました。なぜのなら、客観的に、子供だった時の共通経験を欠けているので、大人になったらどんなに頑張ってもその分を補うのは不可能でしょう。外国人だけではなく、日系人や帰国子女らすらそのせいで悩んでいます。

日本人はめったに他所の者(=外国人等)に「帰って・帰れ」と言わないのです。とは言え、本心的に嬉しく受け入れる訳でもありません。「日本に住みたい、帰化したい」という意思を隠さずに伝えたら、まるで同性愛者がカミングアウトしたみたいに周りの雰囲気が変になっていきます。

「ならばどうすればいい」と私は考えました。そして、私は新しい道にたどり着きました。日本語、文化、宗教などなどが、既に自分の一部になった以上、別に誰かの認めにこだわらなくてもいいのではないか。誇りを持って日本を愛し、自分なりに生きればいいと思います。

R.I.P. @Mikan_SH@twitter.com (2011-2017)

4月20日、私は今まで使ってきたツイッターアカウントの「@Mikan_SH」を削除した。現時点、機能している「Mikan」シリーズのアカウントはもうなくなった。

2011年(平成23年)から使い始めたアカウントとはいえ、実際そのうちに何度も削除されたり再建されたりしてきて、最後の「@Mikan_SH」も実際元の日本語専用アカウントに過ぎない。六年間のツイ歴に着目すると、この結果に辿り着くことはもはや必然的なのではないか。

大切な役割を果たしていたツイッター

私にとって、ツイッターが一番重要なのは中国に居た時に一番辛い時間だったかもしれない。振り返ると、今でもありがたいと思う。その時に、現実世界との繋がりが分断されたが、ツイッターを通じて、「全世界」と繋げるようになった。色々な人と出会い、物凄い量の情報を呑み込めた。現実との戦いや計画の遂行など、決定的な役割を果たしたと言えるだろう。

変調した使い方

ツイッターを利用した初期に、皆さんと健全的な関係を築けていた。しかし、2012年(平成24年)から現実の状況がかなり悪化しながら、私のツイートしていた内容も日々ネガティブ的になって、愚痴ばかりになった時もある。いつの間にから、初期にあった様な話し合いはなくなった。中国系の人たちと段々仲が悪くなって、「日本人の相手だったら大丈夫」という思いも固まった。しかしながら、それはただの片思いにしかないことを今、確信した。

2016年(平成28年)の春、崩壊の始まり

2016年前後、私はある絵師に興味を生じ、彼女と近付いてみた。彼女は着物をしょっちゅう着ていて、絵も和風を中心をしていた。私は、彼女の絵でも彼女自身でも大好きだった。よく彼女のブログとツイッターを読んでいた。彼女のことをもっと知りたかった。彼女も最初に、積極的に応えてくれた。これは私の「初恋」かもしれない。残念だが、調子に乗りすぎたのか、ただ勘違いだったのか。僅か数ヶ月で彼女は私と絶交した。このショックを受けて、今でもときどき残念だなと嘆いている。

とにかくそれはダメ

来日直前に、中華趣味者の何人が私をオフ会に誘った。最初は参加すると返事したが、日本伝統文化を愛する私はいつも日本をなんでもかんでも批判する彼らとそろそろ限界だし。普段よくみると、相手にされてない時も多いし、上からの目線も嫌いだし。考え方はそれほどズレているのなら、付き合わないほうがいいと考え、オフ会を断った上に、彼らをリムった。来日後にも、一度勢いを乗って彼らに喧嘩を売った。

「知り合いが大体関東に居る」と思ったら、東京の旅にオフ会ゼロ

私は本当に自分がツイッターで知り合いや友達をもっていると思った。現実で出会えることを期待していた。それなのに、実際関東へ行って、実際同じ日に同じ地域に居るのも関わらず、誰でも会えなかった。寂しかった。あー、SNSでの関係はすべて幻なのかと悟った。

と思ったが、「知り合い」たちは他の人を普通に誘っている

SNSでの人間関係が幻なのではなく、私の人間関係が自分の勘違いだけなのだということを最近分かった。「You don’t give me a fuck, and I don’t fuckin care!」と叫びながら、実際かなり気になっていた。一体何のためにツイッターをやってきたのだろうと分からなくなった。これ以上もう本当にごめんな。

これから

とにかく大学院に入ってから人生を直してみたい。今、仕方がないだが、それらのことを深く考えないほうがいいかもしれない。そして、SNSの正しい使い方、現実の人々との関係も見直しすべきだろう。少なくとも、「Mikan_SH」というツイッターでの人格をここまでにしたいと思う。