政治性の強い人たち

「ねぇー、あなた、日本人の先生と知り合い?じゃあ、彼はナンキン事件のことを認めるか?」と、昔ある子にそう聞かれました。

「知らないね。普段、そんな喧嘩を売る話はしないよ。」と、私は答えたら、あの子は「あっそ」を言って失望する顔をしました。

あの子の考えはチャイナでは決して少数ではないです。

先日、七夕の日の時も、ある質の高い質問サイトで「今日は7.7、日本人はこの日に盧溝橋事件の事をどう思う?」という問いを見ました。そして、校内の国際パーティーで、「台灣は我々のモノだ!」と西洋人の先生に叫ぶ生徒もいました。

台湾人の知り合いが一人でもいないのに、そういう話をしておかしくないですか?

ある時「琉球はただ形式的に日本に属するだけ、琉球の住民たちを応援したい、琉球独立を支持する!」という最も笑わせられる言論を見たことがあります。

彼らは沖縄の人の考えや各種データを無視して、一方的に自分の想像を貫いているのです。しかも、その人は一般人じゃなくて、大学生なんですよ。

上記の人たちは、大体普段は特に過激な人ではないですが、特定な話題となったら、すぐに強い政治性を表れます。

亜細亜の孤児?

最近、いよいよ日本へ行く準備が始まった。

でも最初から色んな障害にぶつかった。

まず、九州大学の募集要項の請求、請求メールは追跡によって上海の交換局に停滞中になった。

理由は恐らく、日本円を封筒に入れたせいかもしれない。仕様がなくて、願書の紙のため、別の方法に募集要項を入手しなければならない。

金もいっぱい損失したが、それも涙を呑むしか仕様がない。

次はビザの件だ。先週電話を掛けたある有名な編入学院◯ゼミから「編入なら、ビザが出せない」とお知らされた。そしてもう1つの編入学院E◯Cは「今年は無理です、来年の7月に来てください」と言われて、向こうは何も悪くないだが、ふざける感じがした。

実際日本へ行く準備をすると、高い壁の存在を実感した。自分は外人という事実を実感した。

現実の人間関係はほぼ清算した今、普段、自然に日本人のSNSで発言して、日本語のニュースを読んで、いつの間にから自分はもう日本の一部になっているかなと思っていた。

一方、自分は身の回り、チャイナと合わないも事実だし。正直に言えば、チャイナ人として自己認識したくない。だって、考え方さえ違うなのに。でも現時点、明らかに、日本との繋がりはまだ弱くて、まだ受けられないだ。正に精神的ににっちもさっちもいかない立場だ。

こういう私は、もし今回の作戦は失敗になったら、これからどうすればいいだろう?長年から意味不明なことをして来たばかりで、結局は失敗。自分の居場所はどこにもなくなるではないか。

Step.1終了2周年の感想

第一回大学入試からもう3年が経ち、浪人した第二回から計算すれば今年で2年目です。理想の2年ではなかったですが、確成長していることは確かです。この2年間、色んなことがありました。野球チームもは入ったり、図書館管理役をしたら、家庭教師や日本人にチャイ語を教えるバイトなどもやったりしました。でも、最初の情熱が冷めた後、現実をきちんと感じて、ほぼ皆、良くない結果になってしまいました。

鏡に映った自分は過去より完全に別人になりました。これが自慢です。昔の自分のことは殺したいほど嫌いです。子供から悪くて貧乏と言われていた場所の適当な大学に入って、自分を改造するために頑張ってきました。でも当初計画した目標に至らない限り、普通に生活することができません。「3年まえ日本へ行かせてくればよかったのに」「こう言ういい加減な結果をくれて人をナメてるにもほどがある!」というネガティブな思いは止まず、毎日こころに浮かびます。

本音は、ポジティブになりたいです。毎日友達と仲良くして、明るい話題を話す生活を過ごしたいなんです。でも現実は、自分はまだ汚い教室に座っていて、無礼なクラスメートと一緒に変な先生の授業をしています。

家族からの「できない子」という評判は、成績が上がるとともに「親不孝な悪い子」になってしまいました。でも幸い、最後には家族を説得できました。実際失望すること極まりなかったですが、親は親、変えられないです。

年末、日本のある名門校の編入試験に参加するつもりです。一生懸命頑張っています。合格する自信がありますが、必ずとも言えません。合格したら、今までのルーツは修正されれます。本物の学部にはいれて、短くても本物の大学生活と僅かな青春を体験できます。もし合格できなくても構いません。卒業したら大学院へ入ります。本物の学部生活は体験できないことは一生残念ですけど。

失ったものと捨てたものが多すぎました。この道しかありません。どんな状況でも、前に進みます。

ラップトップを改造した

自分の愛機はソニー社のFit15だ。二年前買ったもので、実はなかなか使いにくかった。

特に無線LANのスピードは72Mbpsさえ至れなかった。実際の速度は大体3m/sくらいだけだった。要するに、連線状況は不安定で、よく切れてしまった。何でソニー社はこんな不器用なカードを用いただろう。コスト削減でもこりゃ明らかに日常の使用さえ影響したじゃない。(元の無線カードはBCM43142だった)

今回メモリーを追加するとともに無線カードを換えた。

ネットでCurcial社の4GBのメモリーとインテル社の7260無線LANカードを注文した。今日、やっと届けてくれた。

バイオを解体することは意外に簡単、ねじ回し一本で十分だった。

組み立てた後、電源ボタンを押して、正常に起動してくれた。

システムはやっとスムーズになった。無線LANも強くなった。

残念なことは大容量なSSDを買わなかった。今では僅か60GBのSSDプラス東芝の500GHDDという組み合いだ。一気に256GBのSSDを換えたらよかったのに、やはり金を節約したいと思った。

タブレットを失った後の反省

金曜の昼、お腹がとても空いていたので、昼ご飯を食べに行こうと席を経った時、タブレットを置き忘れてしまった。そのことに30分後に気が付き教室へ戻ってみたが、残念ながらタブレットはなくなっていた。

私は一時的に混乱してしまった。タブレット本体はとにかく、タブレットの中には色んな資料の他、家計簿や日程表など様々な個人情報が入っていたからだ。

すぐに教室やビルの出入口に捜索願いのポスターを貼ったが、現時点でまだ何の連絡も来ない。おそらく、戻ってくることはないだろう。

泣くほど悲しかったが、出来ることからやっていこうと思う。今後は通信費とバッテリーを惜しまず、大切なデータはネットへバックアップを取ることにする。元々はGoogle社のGoogle Driveを使うつもりだったが、チャイナでは使えない。仕方がないのでOneDriveを使うことにした。そして取り敢えず、パソコンに入っている資料を同期した。後は、新しいタブレットが来るのを待つばかりだ。

三方合意

平成23年へ遡れることですが、昨日終にできました。

予想中なので、実はあまり驚かなかったです。でも嬉しいです。

今まで辿り着いて感想がいっぱいあります。けれど、成果が果たさないと無駄です。

自分が当時作ったスケジュール表より2年以上遅かった現在、今回の編入試験は自分にとって、有り難いチャンスであります。時間はまだ足ります。十分な備えをすれば、入る可能性が十分あると思います。そうすれば一つでも人生が取り戻せます。

最近の考え

 

上海の良さが発見

今回の冬休みには、予定より早く上海へ戻った。大学にある町は随分寒くなってしまったのせいで。。。予定の勉強や読書など全然展開出来なくて、所詮故郷へ脱退しよと思ってついに帰った。

調子がいい時、市街へ行って、街の様子を見るだけで気持ちがよくなれる。そして、地下鉄や街でよく日本語を聞こえる、妙に気分がもっと良くなってきた。

家の隣では大きい公園がある。みかんは最近毎日あそこへ行って、鍛えて。公園では丁度桜の林が置かれてる。今という年季で桜木たちは葉さえないけれど、ほぼ人がいない公園で桜を囲まれて走ってることは温かい感じがする。

尊厳は作られる物

因みに、みかんは日本語能力試験1級は合格した。なぜわざとブログで宣言しなかったには、やる気がないのだ。自分の失敗を強調するのは大切、小さい勝利で慢心してはダメ。

って、ここまで辿り着いて家族の皆には文句があるまい。ある程度に「できない子」、「ダメな子」という印象が少し改善されるようになった。「日本へ行く」という計画が8年を経った今についに認められた。

尊厳というものはやはり単純に他人から貰うわけではない。自分で作るものなんだ。

ゲームについて

その数ヶ月の試しによって、やはり無理にゲームを禁止するは無駄なこととほぼ確認した。ゲームを禁止、でも逆にもっとやりたくなってしまって、日常を破壊させる可能性が高かった。上海へ戻るともに、ゲームのやり放題をした、結局どんな種類のゲームでもすぐ飽きた。自分は実にゲームのことをあまり好きじゃないかもしれない。だから、好きにすれば宜しい。

着物と骨董のことを夢中になる

久しぶりに着物を着て、本当に気持ちがいい。もっともっと色んな着物を着て欲しいという思いが生み出した。ゲームなんで一瞬、どうでもいいヤツになった。

骨董とはいえ、実は主に日本に関する分野のほうが興味がある。あの時代のことが体験したい、できればあの時代へ戻りたいな。

ゆく年くる年

今年は終わっています。

この1年は順調と言わないですが、ここまで来ました。

すぐくるの平成27年も、期待しています。

もう何も怖くない、私はまだ走っております!

 

平成26年12月31日

 

(takamiyaatusiさん作 http://www.pixiv.net/member.php?id=2922166 から)

日記 平成26-12-10

最近はいよいよ新しい階段に入って、日本語の作文と会話の勉強が共に始まった。
作文のほうは取り敢えず教科書を読んでいるけれど、完全に日本語で作られた教科書なので、思ったより苦労している。会話のほうには、気に入っている声優さんの出演したバラエティー番組を見ながら、彼らの発音やアクセントを模倣している。日本語の字幕があまりなくて、大変だった。なんか思ったより難しいのだ。
実際この点について、現実で日本人の先生は居ないわけではない。でも私は先生に単純な友たちのような気持ちを持ってるだけなので、なんかなかなか相手を練習台にしたくない。ならば1人で戦うしか方法がなくなってしまった。

昨日、1人で映画館に行ってきた。『太平輪』という映画が観た。私は近代歴史の作品が大好きなんだ。本来なら誰かを誘って一緒に観に行くつもりだったが、やはりこいう趣味は少し変かもね。今流行っている3Dではなくて、2D版を選んだ。大学のある小さい町にこの映画の2D版で上映する映画館が1軒しかない。実際観客もみかんを含めて3人だけだった。誰も誘わなくてやはり正解だった。映像が綺麗だけではなく、上海語、日本語、台灣語など色々な言葉が聞ける。「太平輪」とはいえ、監督が我々観客にあの悲しくて素晴らしい時代の風貌が見せてくれた。別の可能性があった故郷上海、歴史の十字路に立っていた人々の辛さなど、私を感動させた。

学期が段々終わりに近づいている。つまりいろいろな試験が近づいてくる。恥ずかしいことだが、実は普段で日本語に夢中になりながら、専門科目はほぼ放置されてきた状態だ。(笑)これはいけないと思う。今度専門科目にも時間を配らないとならない。

第一回日本語一級試験挑戦失敗

合格線:100点 蜜柑の点数:95点

昨日、日本語能力試験(NJLPT)の結果が公開されました。

みかんは5点の僅差で負けてしまいました。5点だけでも、完全なる失敗だという結果が変わりません。

今回の失敗のお陰で、自分の勉強や努力はまだ不十分だということが明らかになりました。

実は、申し込んた時にそれなりの覚悟がありましたが、実際このような結果を見て、そして他人の結果と比べれば、多少悲しい感じがします。

そして、他人からの否定に反論できないだけではなく、そんな長年に日本語を勉強してきた説得力もなくなってしまいました。

でも、こんなところで止める訳がありません!みかんは絶対諦めません!

既に十二月の試験を申し込みました、高い点数を取る前に、毎回試験を参加します!