職場には2つと1つ年下の先輩がそれぞれ1人居る。先輩と言っても決して1個上のものではなく、5個以上である。私は高校1年留年、高卒して1浪をし、加えて大学院に進学するために3年間がかかり、結果的に学部卒でそのまま就職する同年代の人より少なくとも5年の遅れを食らっている。少数精鋭の専門職だから、5年の遅れを背負っても年下の先輩にまだ2人しか出会っていない。
年下の先輩に関して、私は気にしない。出遅れの惜しみや危機感があるが、少なくとも先輩本人には嫉みを絶対持たない。だって、相手は自分より前に進んでいるから、自分より強いに決まっているではないか。同時に、あの時に留年さえしなければ、大学院さえ行かなければという気持ちも皆無だ。
なぜ?まず高校1年の時に留年しなかったらまず退学になってしまう。「もっとちゃんとすれば」とかも絶対無理、誰も私を助けてなかったから、思春期の自分に何ができるというの?浪人も同じ、高校の受験生活をフルコミットしてその有様だ、後悔することはない。浪人だろうが、そのまま来日できたとしても、日本語学校に入ってその1年はどの道潰されるのだ。では、大学院はどうかな。確かに島根に居た時の自分にとって、全力で就活をやってたら、中堅企業ぐらい受かったかもしれない。それで納得できたかというと、言い切れない。
今の状態はすでに最適解ということは自明だ。当たり前だったことは1つもない。しかし「当たり前ではない」という事実に関して、私はよく忘れてしまう。典型的な一例として、日本人が当たり前のようにできること、経験したこと、例えば義務教育時代の記憶などに私は羨んでいた。日本人並みに何かができない時に、もっと早く日本に来ればよかったと、両親を責めたり、深刻に悩んだりしていた。24歳の誕生日の直前に初めて来日した事実から目を逸らして。
私は人と比べることをやめた。いや、5年のハンディを抱えたらそこはもうどのように気になっても仕方ないだろう。人より出遅れだった事実を銘じて、キャリアへの工夫を通じてそのギャップを縮ませようとしたい。そして自分の生活、自分やりたいことだけに集中する。
