努力すれば報われるというのは、よく聞くありがたい話だが、実際には当たり前ではない。過去も今も、私は何度も裏切りを経験している。肉親に、最愛だった人に、尊敬した上位者に。歳を取るにつれ早期にそういった人たちを区別する術が身についたが、今後も再び酷い目に遭わないとは限らない。
平成25年、西暦2013年、11年前に私の人生では「七夕事件」が起こった。それは、自分の価値観形成にとってわりと大きな節目となった。当時は日本留学の線が固まったが、躊躇も残っていた。大学入試で優れた成績を収めれば家族や周りの人たちに認められて優しくされたら日本留学を断念するかもしれないという「希望的観測」があった。もはや大学入試以外生きる意味がなかった風潮の中、それさえ乗り越えれば絶対的な立場を確保できると思っていた。
一浪した結果、一流大学に届ける成績ではないものの、点数が大幅に伸びたし、中堅大学に合格できた。日本のトップレベルの大学院にチャレンジするには十分な土台であった。一方、合格発表の日から我が家では不穏な空気が流れていた。具体的に、父親からの文句と嫌がらせが増えた。例えば、大学で使うパソコンを選ぶ際に、私は中堅モデルを希望したが、父親は反対し、一番安いモデルで十分だと主張した。
このパソコンを買う話に関してもう少し付け加えたい。地元に大学に受かれば親からゲーミングPCを受験生に買ってあげる風潮があった。実際別に大学ではなくても、短大や専門学校を適当に受験した知り合いももれなくゲーミングPCをもらえた。今後の留学を鑑みて、ゲーミングPCが不要だし、中堅モデルのノートパソコンで十分だと率先して格下げした経緯があった。そのため、パソコンの件に揉めたこと自体、ものすごく良くないサインだった。
周囲の期待を大幅に上回った結果を残した自分として、会話や説得を通じて毅然とした態度を見せて自分の希望を押し通した。その中で、運命の七夕の日を迎えた。メガネを掛けた状態で右目が拳を食らった。母親の料理がひっくり返され、服や床に飛び散った。なんでいい大学に受からなかったの、この役立たずを怒鳴られながら、私が思った。「いい成績」を取れば優しくされることを期待した自分は甘かった。約束を破ったり、文句を言ったりする気難しい親だと思っていたが、そんな大事な場面で逆ギレして殴ってくるのはとても想定できなかった。
それ以降、私は学校の寮に移り、実家に戻る度にあれこれの口実で殴られてすぐ寮に戻る繰り返しになっていた。大学生活の前半はかなり精神不安定で、ちょっとしたことですぐ攻撃的になったり、急に奇声を上げたりしていた。後半、各種資格試験を収め、日本留学の方向が固まって徐々に落ち着いていき、来日してようやく普通の生活を過ごせるようになった。
あれから11年が経ち、居場所を変え、国籍を変え、苗字も変えた。いつ実家と縁を切っても生きていける立場に居る。文句はあるものの、今では父親が私の意見に反論することはなくなった。
