
内示から2ヶ月間が過ぎたが、今のところは上司に予告された通り、とても暇である。一時出社した時期もあったが、在宅勤務であればほぼ有給休暇に等しい。新入社員に逆戻りしたと言っても過言ではない気分だが、2年弱の社会人をやって1年以上平気に「放置」されてきた。しかし、毎月決して低くない給料を支給されるから、不思議に思って仕方がない。
経済学出身のせいだろうか、私はつねに無意識に物ごとを経済学的損得勘定で考えてしまう。考えてみてください。修士まで18年間以上の教育を受けてきて、そのほとんどが国公立でつまり税金で賄われていたわけだが、来月29歳もなる私はろくにその分の価値を社会に還元できていない。しかも、卒業以来私は給料分だけの仕事をしていない。若ければまだしも、昭和10年の平均余命にするともはや半分の人生が終わっていることだ。
税金、親からの投資と個人の努力によって得られた知識、スキルと思考力は宝の持ち腐れにされている。新卒の大学生よりアドバンテージと言えるところはせいぜい歳を取って落ち着いているしかない。一定期間において安定的なパフォーマンスを発揮できる機械と違って、そういった知識やスキルは肉体とともに劣っていくのだ。知識とスキルは使わなければいずれ忘れ去られる。多様な刺激を受けなければ、考え方も狭くなったりして変な方向に偏りかねない。
この不合理さこそ日々私を苦しめる根のもとである。なかなか承認欲求・自己実現欲求に満たせない位置に置かれている。「これから」、「誰でもそうしてきた」を言われても、人生の半分、肉体のピークが過ぎているのに、一体いつから「コスト」に見合う生産的活動ができるのだろう。
