一、経緯と結果
3年次編入試験を通じて2年の人生を奪還するため、3月から本計画が実施されていた。
早稲田商学部(放棄)
大阪大経済学部(放棄)
九州大経済学部(落ち)
神戸大経済学部(出願したのみ)
元々三ヶ月の期間に、4校を挑戦するつもりだったが、学校と家族から迫られて、実際受けたのは九州大学だけ。
日本の専門書、受験料及び交通費、査証料など今までのない大金を投入した。
残念ながら、九月以降、完全に形骸化になった。そして、今日九州大の試験が落ちより「作戦失敗」と認める。
二、問題点
ア、学校との交渉は不十分
前期交渉のとき、担当の先生に誤魔化され、「休学の場合は留年か否か」という争点について曖昧な答えしかくれなかった。事後やむを得ず「休学なら留年決まる」と言われて、既に計画を調整する余裕がなくなった。ただの「ごめんね」と言われて、この事を済まさせた。
最初から強引な態度で交渉するべきだ。
イ、試験準備は不足
自慢な英語と日本語を通じて、九州大学くらいきっと行けるという妄想を抱いて数学と経済学などの専門科の復習をだらけた。簡単に早稲田と阪大の可能性を捨ててしまった。そして、だらけたこそ、神戸大へ行くか行かないかという点に迷っていた。
油断は禁物だ。
ウ、家族からのサポートを失った
学校との交渉が破裂した後、家族はもうあまり私を支えてくれなくなった。なぜなら、90日の査証は20万円以上の大金を払って得たもので、これはもう勿体無くなって、両親に嫌われた。一応、九州へ行ってきたが、面接の結果次第、責任を問われて、悲しい結果になった。
家族との関係を見直すべきだ。
エ、計画そのもの最初からあまり通じない
最も自信を持っていた九州大学も、落ちてしまった。面接のとき、実は先生たちははっきりに
私は外国人で、作文も下手だし、日本人と一緒に勉強することは頑張りすぎるだ。
大学院なら大丈夫だけど。
という風に言われました。
他の志望校も、受かる可能性が高くないだろう。
そもそも、人生というモノは一度もミスを犯せないのだ。私は自分が幼い時犯した過ちを修正するために、もう8年の人生をかかった。それでも無理だ。早くても10年が必要らしい。
三、獲得モノ
ア、一応日本へ行ってきた。
イ、日本の大学の入試の流れを体験した。
ウ、日本社会との相性が良いことが判った。
エ、自分の日本語は大丈夫だ。
オ、2年ぶり、大失敗の味を味わった。
四、これから
ア、高校時代にもう2回留年したので、編入試験を再挑戦する資本がなくなった。来月23歳になって、もう一回の留年は納得できない。
イ、まず、昔の大学院を目指す線に戻るしかない。GPAを確保しつつ、英語と日本語をより一層強化する。
ウ、未来2年間、チャイナ内陸部に流亡し続けても生きれる方法を考えだす。
平成27年10月30日