外資観察

今日、就活に関する情報を収集した。「就活会議」のようなサイトから簡単に企業の内部情報を入手できた。その前に、日本企業を対象外にするつもりだったが、「例外リスト」を作って限定的に狙おうという考えに変えてみた。

調べてみると、外資金融会社の給料は予想したより高い。20代前半で年収700万円なんて驚いた。つまり、自分より年下の面々が既に立派にお金を稼いでいることだ。30代になれば年収1000万円も珍しくはない。対して、日系金融会社は部署によってかなり違うようだ。総じて言うと、外資とは比べられない。

勿論、外資が天国である訳ではない。「残業は激しい」、「いつクビになってもおかしくない。Up or Outだ」などの口コミは喧しい。政府系の金融だったら根強く安定しているようだが、民間企業はそうでもなさそうだ。例えば、私の大好きなソニーの口コミは、「40代の社員に早期退職者を募った」の書き込みがあった。

ということで、様々な情報に基づき、日本企業を選択肢にするのは尚難しい。一先ず外資の線で就活を進め続けたいと思う。

就活の前提として日本企業は論外

進学先はまだ決まってないのだが、就活の雰囲気が段々感じられるようになってきている。一橋大学の現役先輩の話によると、入学早々インターシップ先を探すべきだと言う。実質的に、入学してから間も無く就活が始まる。

ただ就職して、日本に住むことで終わりではない。より健全なキャリアを形成する為に、日本企業を最初から除外したいと思う。理由として、単刀直入に言えば、日本企業がりゅう学生のことを公正的に評価できるとは到底信じられないということことである。

東洋経済の記事に記したように、日本企業はそもそも外国人が欲しくないはずだ。ただ語学力の人材が要るために仕方がなく外国人を採用する。若しくは、グローバル化を標榜するために過ぎない。出世はおろか、「働かせてあげてもういいじゃない?」という上から目線が免れないと予想する。

更に、日本企業勢の後退が続いてきて、V字回復の様子が見えない。老舗企業が次から次へ買収されたり、倒産したりしている。功利的に考えても日本企業は避けた方が無難だろう。

神社でのバイト

前書き

少し意外ですが、お正月から神社でバイトすることになりました。仕事内容は、ほぼ臨時の巫女さんと同じで、お守りなどの縁起物を授与することです。もちろん、巫女装束はしません。

1ヶ月前に学校の掲示板で募集のお知らせを見たのです。性別制限を書いてなかったですが、多分臨時の巫女さんを募集だろうと思いました。やはり一応応募してみようと思って、応募しました。

場所は社務所の接客室で、壁で今上天皇陛下が総社に参った時の写真が飾ってあります。面接の相手は神職装束のお姉さんと私服のお婆さんでした。「実は女の子が欲しいですが」と予想通りに言われました。でも一応面接しました。面白いのは、お婆さんが私に「何県出身?」と聞いてきたことです。

結果、採用されました。その後、ある日、初穂料と実務の勉強のため、また社(やしろ)に行きました。例のお姉さんは拝殿で私を指導しました。お姉さんは若いのに、話し方が年配の人のようです。

仕事

1日と2日には、主に縁起物を授与することでした。電気マットがあって、その上に踏んでいたとしても、流石に寒かったでして、大変でした。人も大勢来ました。並んでいた列は拝殿から鳥居まで、何時間のうちに全然減らなかったです。

交代制で、皆さん2人組として「上」の拝殿と「下」の売り場に交代していました。

後は、節分準備作業として、豆くじを作り始まりました。2人が「上」に、そして2人が「下」、他の2人が豆くじを作るという流れでした。

最後の階段で、参拝者は段々来なくなったため、正月のお祝いも終わりつつあります。1人ずつ「上」と「下」に留守したほか、皆さんは一緒に豆くじを作るようになりました。

お姉さん

この神社が1つの家族で運営しています。お父さんが宮司で、三姉妹が神主です。私たちバイト役を担当したのは長女Tさんでした。Tさんは多分30代で、東京の國學院大學から卒業したのでした。とても優しい人でした。話やすくて、私たちは暇の時にいろいろ話しました。本当に人に大和撫子と思わせる人でした。且つ立派な神職で、すぐ惚れました。

もう何年ぶりでしょう、そんな話し合える人と出会って。途中から胸が苦しくなり、バイトが終わったらTお姉さんとあまり会えなくなる恐怖、流石にたまりません。もうこんな優しい声を聞こえないと思う時に泣きたくなる気持ちもあります。

終わり

最終日、1月6日。午後皆さんが力を合わせて早く豆くじを仕上げました。2時間早めに仕事を完成したため、少し片付けることをやりました。残った縁起物を運んだり、古神札を処分したりしました。

最後、皆さんはTさんから給料を貰って、一緒に記念写真を撮って解散しました。

雑感

年始からいきなり大変忙しくなりまして、そして確かに疲れていましたが、嬉しいと思います。これは私が初めて本当に直接に神社と関わっていたのです。ツイッターでも色んな神社関係者や神主たちと出会えましたが、実際あまり会えなく、感覚が断然違います。そして、もう一度私が本当に神道と日本(にっぽん)のことを愛していることを確かめました。

気が小さく、空気の読む私にとって、好感のあるTお姉さんと滅多に会えなくなったでしょう。本当に今でも少し寂しい感じがしますが、少なくとも、自分に少しヒントを与えました。

バイトとは言え、私が終始ボランティアの気持ちで働いてきたので、貰った給料をお年玉同様に扱っています。年始から神社からお年玉を貰えて、今年は凄い一年になりそうです。

人事メモ2~履歴書から~

人事の仕事をしていると、ポジションに応募してくる皆さんの履歴書を見ることが日常になります。僅か一ヶ月の間、僕は少なくとも数百人の履歴書を拝読しました。真面目に名前から自己PRまで丸々書いた履歴書は、その人の人生の縮図だと言えるでしょう。ですので、毎回人の履歴書を開いたら必ず新しいものがあって、新鮮感が絶えられません。

その中には、その場で「あっ、この方のことを尊敬する」という気になる履歴書もあれば、頭を横に振りながら「ダメだこいつ」という気持ちになる履歴書もあります。丁度(ちょうど)、二人の方の履歴書がとても印象深かったので、書いておきたいと思います。

一人の方は長野県に住んでいるある年配の方です。彼は技術者で、国や団体から色んな称号や肩書を貰いました。一生の転職回数は僅か3回しかなさそうで、毎回二十年近く働いていました。高齢でもかからず、海外就職の意思を示した。「体はまだ元気だ。働けるから応募する」というような言葉が書いてありました。この方の人生は輝いて尊敬する値するものだと思います。この方を書類選考に推したかったのですが、年齢制限が厳しかった為、できませんでした。

もう一人は日本で留学していた中国人です。職歴がない為、学校と自己PRによく力を入れていました。この人の母校は留学生の間では有名な、某碌(ろく)でもない大学です。その上、彼のPRにはもっと凄いことが書いてありました。「自分の良さ」として「高校2年の時に日本へ行きたくて、自分で情報を探していた。ビザが発行されやすくしたい為、一年掛けて日本語サンキュウを取得した」と言いました。あれ、これは良さと言えるのですか。平均以下ではなかったですか。そして「留学していた時、積極的に代買をしていた」が目に入りました。一瞬私は呆れました。自分のやっていたことがどれだけ日本に迷惑を掛けたか、全く自覚のない人だねと思いました。

実は、企業側の最低限の要望を踏まえて、大切な仕事経験年数や職種などの条件を把握すれば、時には自己PRなどの部分を真面目に見なくてもいいです。でも、それだけではつまらないと思います。一人一人の人生を観察するのは、とても勉強になって面白いです。

人事メモ1~色んな日系企業が中国に潜んでいます~

人事の仕事をしているお陰で、色んな日本人の履歴書と日系会社の情報に触れる事(こと)ができます。今まで気付かなかったのは、実は色んな日系企業が中国「根を張って」いる現実です。なぜなら、それらの企業名は大体(だいたい)地味です。

例えば、日本では衆知の「KDDI」の中国支社の名前がなんと「凯迪迪爱」(KDDIの音訳)です。確かに読めばKDDIと似ていますが、すぐには連想できません。

或(ある)いは、母体と全然関係ない企業名を持つ事です。例えば、あの住友林業の中国の支社は「派尔刚木制品」と呼ばれています。ホムペを見ない限り、全然、住友直系の企業と想像付きません。

次に、社名がパクリっぽくて、日系企業とすら連想できないパターンです。例えば、「菱商(上海)贸易有限公司」とか「住商国际物流有限公司」なら「菱」と「住」という字が入っており簡単に「三菱」と「住友」に思わせるでしょう。普段に見たらきっとパクリだと思ったら、これらは正真正銘の三菱と住友のグループ企業です。

確かに、知って驚きました。「パナソニック」や「ソニー」など分かりやすいものの、色んな日系企業が妙な社名の基(もと)に、中国に潜んでいます。

小規模「就活」終了・感想&雑談

7月15日午後5時、各々RGF(リクルート)と豊田通商の人事さんと連絡して、豊通の面接を断ってRGFを中心とする局面が決まるになり、私の小規模「就活」は終了したと言えるようになった。

実はただのインターンなので、本物の就活と思えないため、引用符を付ける。

もうすぐ日本へ行き、どうしていきなり「就活」に突入したのだろう?

発端

今までやってきた翻訳のバイトは危機に陥った。今月に入り、依頼が激減になって儲けなくなってしまった。これだけではなく、日本円も急騰し、人民元が激安しつつあった。仕方なく、別のバイトを探さないと行けない。丁度実家の上海に戻り、ついに大都市の恵みを受けられるになったと思い、日本語関係の仕事を探そうと決めた。

準備

今までの流れはほぼ平成21年に作ったシナリオを沿って展開してきたので、中国にの就職は論外だった。もちろん相当な備えも全くない。今回も、極めて簡素な履歴書を作って、そのまま様々な会社に送った。日本語、英語、外資x経済という組み合わせて、募集を探していた。7月10日(日曜)に40社くらいに応募した。結果的に、合わせて120社に応募した。

意外

自分が中国人として負け犬というイメージは強い。自分の母校が雑な大学とはいえないが、決して優れる学校ではない。ただ中国内陸部のある田舎にあるまぁまぁな大学なのだ。だから、元々「就活」に望まなかった。でも展開はけっこう想定を超えていた。

月曜に入り、応募の返事がだんだんきた。午前、最初に私に反応したのは「攜程」という中国大手旅行会社だった。私の履歴書を「興味ある」と標記したらしかった。今まで連絡したことがないが、その時点から、私の予想から逸れ始めた。最初に私に電話を掛けたのは「電通」だった。電通の人事さんは私のことに興味があると言われた。ただ、働く可能な時間が三ヶ月未満という点について問題になり、無理になってしまった。

本当に意外だった。電通が私でもよく知ってる日本の大手広告会社ではないか。私に興味があるとは本当に想像でもしなかった。

午後、ある貿易会社の人事さんは私を連絡し、私を雇う意思を示したが、その場に決めなかった。あっという間にR◯Fの人事さんは私に電話を掛けて、面接の時間が決まりました(水曜午後)。

よく日本のテレビ局でCMが見えるあのR◯Fに面接する。順調すればそこに働ける。この時の私がもう興奮するようになった。

頂点

その後も色んな会社から電話を受けた。その中は「豊田通商」があった。バイトではなんく、本物の10日間の日本式のインターンシップだった。参加したい、本当に参加したいだった。調べた昨年の経験により、書類選考が通過した者はほぼそのインターンを参加できたという。

期待、楽しみした。でも、少し不安も混ざっていた。豊通のインターンがわずか10日間なので、RGFのほうを優先に確保すべきだと思っていた。でもR◯Fがゆるいようで、もしかして根回しできると考えていた。

この時の私は方針を変えて、中華系の会社のオファーをほぼ断るようになった。いくつの日系と外資の面接が予定されて、気に入らない中華系が全く論外のようになってしまった。わざとではないが、スケジュールが忙しくなったため、面接の電話を受けたらまず「御社は外資ですか?」と伺うようになって、少し失礼かもしれなかったが、仕方がなかった。

結末

R◯Fが迅速に私を面接し、合格する結果を知らせた。金曜(きょう)、仕事の時間についてR◯Fの人事さんと相談を乗った。「8月から忙しくなり、毎日出勤でもあり得るよ」と言われて、丁度豊通の時間もその辺なので、やむを得ずその場に打診した。人事さんと彼女の上司が私の話に難色を示した。「面接の時に聞いたことがないよ」といわれて、すぐ「あそこに行かなくてもいい、心配しないでください」と返事した。私がその10日間に居ないと会社が困るという結論に至った後、私は直ちに豊通の人事さんに連絡し、お詫びながら面接をキャンセルさせて頂いた。これで、私の「就活」は終わったと言えると思う。本当に豊通にも行きたかった、だって本物の日本商社だよ。でも私は確かにRGFの面接に「RGFを中心として働きたいと思います」と話したことがあって、約束しました。やはり信用が大切なものだと信じている。それに、RGFも大手ではないか、あまり欲張り過ぎると良くないな。

おまけ・小ネタ

1.アメリカの大手FX会社「FXCM」の書類選考が通過して、テストに入り、テストを仕上げて返事したが、未だ結果が出てくれない。

2.中国のある外資x国営大手会社「FESCO Adecco」からもオファーをくれたことがあった。「毎日出勤」と要求され、R◯Fと調和できず、やむを得ず相手のオファーを断った。あまり彼らのことを断った人がなさそうかもしれない、相手は少し驚いた。

3.上海人として中国内陸部の田舎に大学することに対して、複数の人事さんに驚かせたようだ。

4.ある中華系の小さい会社を同名外資と勘違って、ディスニーランドより近いある遠いところに面接にいってしまったエピソードがあった。

感想

確かに、元々お金のために仕事を探そうだったのに、なかなか想像できなかったいい結果が出てくれた。昔と違い、私はもうゴミではないことを察した。自分は少しでも役に立てる人になった。嬉しいと思う。

でも、これで本当にいいのか?

まず、ソニー、ライカなど色んな外資・日系大手から反応してくれなかった応募もいっぱいあった。もちろん、私が働ける時間が短いのも原因の一つになったかもしれないが、自身の不足も否定できないと思う。

そして、これはただのインターンで、本物の就活は本当にそんなに順調に行けるか?そんなわけないだろう。インターンが所詮、雑役に過ぎない。正社員になるため、そんなに簡単にできるとなかなか思えない。

最後、今回の「就活」を含め、一体だれのお陰でできたのか?昔も、今でも、「日本」のお陰で生きている。計劃が始めてきた8年目、「日本」はもはや私の一部になった。「日本」がいる限り、私は負け犬をやめて正々堂々に人になることができる。例え私がこの地でも役にたったら、私は「日本」を選びます。そして私は「日本」に選ばれて頂きたいと思う。

今回のインターンはただ経験を積み、ついでにお金を稼ぐためなのだ。これからも相変わらず、シナリオ・計劃を従って、東大とか慶應とかの日本のトップの大学院に入り、日本にとって役に立つ人になりたいと思う。

リクルート(RGF)上海での面接の感想(インターン)

日本の大手ヘッドハンティング会社「リクルート」(RGF)の上海支社のインターンを応募して、今日に面接を受けました。少し感想を書きたいと思います。

R◯Fは上海の繁華街のあるビルにあります。同ビルに、またキャノンや松下(パナソニック)などの日系企業があります。私は1時間を早めてその周辺に着きました。隣のマクドナルドに待機していました。予定時間の30分前にビルに向けて出発しました。ビルに入り、R◯Fにある階に着いたらまだ20分があることを分かりました。早すぎたと判断して、玄関の前に少し立って入りました。

受付嬢さんに案内され、ある会議室に入りました。隣の部屋から時には中国語、時には日本語を聞こえていました。多分、そちらにも面接が行われていただと思います。それで、私に連絡していたHRさんはパソコンを持って入りました。テストとして、ある日本語の記事をタイピングさせて欲しいと言われました。制限時間は20分だと言いました。そのパソコンはパナソニック社の法人向けのものらしいです。最初には、なかなか慣れなく、緊張していました。途中慣れたらどんどん打って、15分で仕上げました。読んで字のごとく、ホッとしました。

そして、いよいよ面接が始まりました。面接官はきれいなお姉さんでした。最初は、履歴書について質問して、ついでに日本語力もアピールさせました。このお姉さんの日本語が本当に優れて、日本人並みでも言えると思います。その一方、私の日本語力がやはり、ただ学生として上手だと思われるでしょう。

「このバイトはつまらないだよ、一日中オフィスから出られないかもしれないよ。大丈夫か?」、「家からここまで大変か?」、「ただ日本語と関わり、英語や経済と全く関係なくても大丈夫か」などの事が言われました。もちろん全部「大丈夫です」と答えました。実際もそのように思います。面接の最後の部分、R◯Fの主役としての人材調達についてある例を出し、私に分析させました。「品質管理」の意味を間違って、結果、正解と全く違う答えを言っていました。

「合格でも不合格でも、後日お知らせます。」と言われました。最後の質問が間違いましたが、それで不合格だと断言できません。やはり気になりますね。

来週の月曜日に、また豊田通商の面接があります。頑張りたいと思います。