ポスト渋谷時代の歩き方③無駄せず、無理せず、「自己中心的」な30代を目指したい

私は従順な平社員でも、正義な味方でもでなく、「自己中心的」な大人になりたいです。本当に好きなことしかしたくないですし、本当に気に入る人としか付き合いません。可能な限りに無駄をせず、無理をせずに最高な30代ライフを楽しんでいきたいです!

今までの自分は基本的に他人のために生きてきました。貴重な青春を全部人の夢を実現するために費やしただけではなく、過度に空気を読んでときどきどうでもいい忖度をしたりします。正直自分に無理をさせました。

やりたいことたくさんありますが、割と期間が限られています。締切は予想よりはやく迫ってきるかもしれませんし、もはや待てなくなりました。そして、とても今までのように何も他人の顔を伺いながら生きていく余裕がありません。「皆さんが正しい、自分が間違っている」ではなく、「皆さんは正しいし、自分も正しい」と思うようになりたいです。

さらに言えば、仮に「自分が間違っている」としましょう。それでも「だからどうした?」としか言いようがないです。自分が引き下がるのではなく、むしろそちらのほうが引き取ってもらいたい気持ちです。

誰かに合わせば幸せになれれば、私だって躊躇なくそのように貫きたいです。しかし、今まで無闇に他人のために犠牲を払ってもなかなか報われなかったです。今こそ人生の主権を取り戻し、自分のために生きていく時です。

ポスト・ツイッターライフを考える

高校時代からTwitterをやってきた私は様々な人と出会い、別れてきました。就活を境目に低浮上になり、そのままフェードアウトするか、アカウントごとに姿を消すかというパターンが多く見られました。

いよいよ、私もこの岐路に立たされてしまいました。

長い間、思うままにTwitterを使っていましたが、去年思い切ってTwitterルールを作って運営気味に切り替えました。試行錯誤の末、割と落ち着いてきました。しかし、最近ますます窮屈感を覚えつつあります。

呟けることはますます少なくなっているからです。第一、生活の主役にあたる仕事のことを話せなくなる立場になりました。Twitterどころか、他部署にも言えません。呟けるのはせいぜい職場における人間関係や仕事態度のネタしかないです。

生活のほとんどが呟けなくなる時点で、フェードアウトの道に踏み込んだような気がします。そこで、有意義なコンテンツを提供できるかどうかとのことは分かれ目になると思います。

有意義なコンテンツ、つまり他人がふとみて、少しでもポジティブな感覚を覚えさせるものです。きれいな写真、よく描いたイラストと滑らないネタはその典型的な例です。この方向を目指してやってみたいです。

「推し」不在

「みかん君の趣味はなんですか?」

仮に今、この質問を聞かれたら、うまく答えられる自信がない。趣味をいっぱい持っているけど、どこにもハマっていないようだ。

二次元にしても、もう数ヶ月間まともにアニメを観ていない。ゲームにしても、中途半端にPS4を売却してどうぶつの森しかやっていない。カメラ、料理、着物など、どれも「ハマっている」と言えない。

趣味だけではなく、神道への信仰でさえ、かなり冷めている。神社研から引退したし、神社のバイトも卒業してしまった。努力したが、神社界隈との繋がりも弱まりつつある。

じゃ、仕事はどうだろう。意識高い専、ワーカホリック気味の私だが、大して今の仕事が好きじゃないし、そもそもまだ出社できていないから、働いている実感が湧かない。

比較的に資格勉強に情熱がまだ少し燃えているが、資格を取ったとしても別に一気に給料アップされるわけではない。実生活に全く影響を与えないとも言えよう。こう考えると、なんか気分が凹む。

卒業して順調に就職したことで、家から独立したとともに、心の中で勝手にゴールインしたかもしれない。歳を取って、「可能性」という若者の特権が残りわずかで、未来を簡単に読めてしまって嫌になっているかもしれない。

いずれにせよ、この「推し」不在、「権力」の真空、生ぬるい生活はもうしばらく続くようだ。

ポスト渋谷時代の歩き方②三度目の正直、USCPAとおすすめできない予備校

今度こそ、USCPAを取ります。

民間企業を軽蔑し、両親に逆らえ、商学部より経済学部を選んだ私でしたが、大人しく民間企業で会計関係の仕事に就きました。

実は大学に入ってから裏に会計をリスクヘッジのツールとして運用しようとしてきました。それから、7年の月日が経ったにもかかわらず、私は日商簿記2級すら受かれなかったです。

USCPAの勉強を取り組んだのは、今回が三度目です。日本銀行の夢はもう消えましたし、会計も第二の選択肢から唯一の選択肢になりました。とても専念できそうなマインドセットになっています。1年間の時間をかけて、今度こそ終わらせたいです。

USCPAが必要となる目的

①社内に対し、英語財務の専門家というキャラを確立する為
事業会社で働く以上、USCPAという資格が直接に何らかのメリットをもたらすことがないです。しかし、USCPAの資格に合格できれば、その分だけの英語力と専門知識を持っていることが証明できます。

わが社は事業の中心を日本からアメリカに移しつつあります。近い将来に、必ず大量なアメリカ、国際会計に詳しい人が必要です。これも自分が採用された最大な理由ではないかと推測しています。

②いつでも転職できる身になる為
USCPAを持っていても、転職の場で意味がないと言われたことがあります。私はそのように思いません。転職サイトで求人を検索してみれば分かりますが、監査法人や投資銀行FASなど、そういった財務コンサルの求人に、USCPAは公認会計士(JCPA)および日商簿記1級に並んで必須要件の1つとして扱われています。

USCPAを持てば、必ず内定を貰えるわけではないですが、入場チケットの役割として必要不可欠です。

③格好をつける為
私の登録しているグアム会計委員会の規則によると、実務経験がなくても、「Inactive License」を取得できます。つまり、試験に受かれば正々堂々に米国公認会計士と名乗れますし、名刺に記載できます。

事業会社の社員なのに、名刺に公認会計士と書いているというシュールなシチュエーションを作ってみたいです。

おすすめできない予備校、「プロアクティブ」

私はプロアクティブという予備校を選んだ理由は信じられないほどシンプルです。大手予備校の中で一番安いからです。といっても、単位取得費用を含めて40万円くらい掛かった印象です。

プロアクティブをディスする前に、まずその良さを語ってみたいです。

・初期費用が安い(実は普通)
・グアム大学とコラボしていて、単位取得が便利(大事)
・過去問充実(当たり前)

詳細を割愛させていただきますが、JCPAの論文式試験があるように、USCPAにも予備校を頼らざるを得ないものがあります。それは単位履修です。規定の単位を持っていなければそもそも出願できませんから、アメリカの商学部会計科卒ではない限り、ほとんどの人にとって自力でなんとかなるものではありません。

では、なぜプロアクティブがダメなのでしょうか。

①講義内容が構造的にダメ
プロアクティブの講義の特徴的として、断片的、合格ラインギリギリなコンテンツしか入っていないことを挙げられます。つまり、テキストの内容を完全把握しても、試験で合格点をギリギリ取れるか取れないかの話です。

そもそも会計にさっぱりした人にとって先生の話を理解できるはずもなく、テキストも読めないでしょう。講義学習をなんとかやり過ごしても過去問を解けない上、解説すら読めないことが往々にあります。

この致命的、構造的な問題を解決するために、別途Becker社の教科書を入手しました。それを読んで初めて話が分かるようになっています。ちなみに、この毎年改定される教科書も相当な値段が付いています。

②過去問のシステムがダメ
過去問が充実しているところは上記で良さとして挙げましたが、それらにアクセスするための窓口が全く良いとは言えません。

なぜか、解説はビデオのみで、文字による記述がありません。解説を聞くために、1-2分の時間を費やさなければなりません。時間の無駄だけではなく、その口頭解説の質もばらつきなのです。分かりにくい時は、Googleで別の解説を検索する羽目になります。

日本語の個人指導は再開しました

「片言です、誰がどう聞いても。」

先日、ある方からこのようなコメントをもらいました。短いやり取りにも関わらず、さぞ酷いパフォーマンスを出してしまったのでしょう。落ち込むこころを抑えながら、久しぶりに梶井基次郎の小説集を掘り出して音読してみました。自分の音読を聞いて、確かにイントネーションが以前より変わっていることに気付きました。

その瞬間、私は悟りました。これから長い間、私は日本語の勉強をなくしてはいけません。血友病という遺伝性の病気があります。血友病に患っている人は健常者のように暮らすために、週に数回の注射が必要だそうです。私もまさに似ている状況に置かれているではないかと思います。専門者によるサポートを外せば、アクセントが劣化する一方です。

さっそく日本語先生をスカウトしてみました。数名の人選を確保して次々コンタクトしています。今日もある都内在住の先生とLINEを通じて、初回のレッスンを行いました。自分の弱みの1つであるカタカナ語について、思う存分に練習しました。オンラインレッスンという形が好きではなかったです。しかし、昨今の社会情勢を鑑みて、レッスン自体が成り立ててすでにありがたい話です。

言葉の勉強で頭が疲れやすいためか、今日の夕方にレッスンが終わったらまもなく私は眠りに落ちました。夢の中で日本語を喋っていたようです。目が覚めた時にも、確かに日本語で考えていました。この事実を確認できた瞬間、安堵感さえ覚えました。

日本語の先生を雇うにお金がかかります。レッスンと自習もすでに残り少ないプライベートの時間を圧迫します。しかし、日本人らしい日本語ができないことを一種の遺伝性疾患として捉え、上記のコストは生きるために必要不可欠なものだと考えれば、納得がいきます。

趣味改革、ゲーム退場へ

1ヶ月間に熟慮した結果、ゲームという趣味を退場させてもらうことに決めた。先行措置として、PS4の売却から始まる予定で、Switchにの処置はもう少し様子を見て判断したい。おそらく両方とも手放すだろう。

とにかく時間が欲しい
社会人になったからではなく、実は大学院時代にすでに時間の不足さが顕在化しつつあった。余裕がない時期に、やりたくてもできないという従来の課題から、やりたいし、できることが沢山なのに、時間がないという難問に変わった。これを対処するために、1ヶ月前から趣味を再編しようと考えはじめた。

役に立たないゲーム
正直、個人的にあまりゲームをやるメリットを感じられない。ADVであれば、まだそれなりのストーリーを楽しめるけど、他のゲームにハマっても単に暇つぶしに過ぎない。ゲームを遊び、たくさんの時間を費やしても虚無しか得られない。長時間にやると疲れて、むしろストレスがたまる。ストーリーだけ楽しめたくても、もっとコスパの良い選択肢があるのだ。それは読書、本を読むことである。

趣味として好まれないゲーム
婚活・恋愛でそれなりに活動してきて、ゲームを趣味として上げてマイナスとして捉えられることが多いと思う。若い女性向けのディズニーランドのように、ゲームが男性色の濃い趣味ではないかと考えている。ゲーム好きな女性が居ないわけではないが、極めて少数で倍率高いお相手だ。

ゲームに割いた時間とお金は、それぞれ資格勉強と新しい趣味に充てられる。次の趣味は女性受けの良いアウトドアのものにしたい。基盤を変えず、現状打破することに限界を覚えている。今回の趣味改革だけではなく、さらに過激な聖域なき人生改革も迫られているような気がする。

研修急遽中止へ、明日帰京

本当にいきなりの出来事だが、本日の昼ごろに研修中止の知らせが告知された。3週間弱予定の大阪研修は1週間程度で終わってしまった。明日東京に帰る予定だ。

楽でも残念な気持ち
本来これからの1週間の研修はグループワープを中心にして行われ、最終日にプレゼンをするスケジュールだった。グループワーク、まして日本人とのグループワークはずっと苦手だった。外国人という存在だけで浮いてしまうし、スルーされるか、周りをリードして場を切るかという二択だ。

そんな面倒な仕事がなくされて正直、ほっとしたことがある。しかし、それは同時に勉強の場、試行錯誤の場もなくなったことを意味している。今度いきなり実戦に入り、本当に大丈夫かと少し心配する。

あまり群れない性格だけど、集団の中で静かに潜ってもそれなりに安心感を得られる。予定よりはるかに早く終わってしまった事実を見て、妙に切ない気持ちになる。何か大切なものが消えてしまったような気がする。

オタクの世紀に?
これからの2週間は在宅勤務(テレワーク)の形で研修が続ける。周りの友人たちも次から次へテレワークやオンライン講義などに入り、「オタク」のライフスタイルが推奨される時代になった。

人と群れたがらず、元オタクの自分も正真正銘なインドア派だけど、ここまでされると逆に違和感を覚えはじめた。むしろ外に出たい、旅行したい気持ちが湧いてきた。

追記
夕方に至急東京に戻るようと、会社に指示されたので、当日中帰り旅を出た。

新聞購読、日経とWSJ

入社して、再び新聞を購読するようになった。大前提として、私は伝統的な宅配新聞を購読しないようにしている。現に購読している新聞はすべてデジタル版である。

結果からいうと、今回のチョイスは大して大学時代と変わらなかった。日本経済新聞(以下、日経新聞)とウォール・ストリート・ジャーナル(以下、WSJ)を購読した。ただ、WSJをお得で購読するためにデジタル毎日新聞(以下、デジ毎日)も購読している。

日本経済新聞
日経新聞の記事にたまに変な記事や記述があるものの、日本の経済ないし世間のニュースを知るにかなり無難だと思う。会社につよく推奨されているけど、実際学部時代からすでに毎日無料会員としてそのニュースを読んでき
た。今回有料会員になり、デジタル紙面も読めてそこそこ満足している。

総じて、必要最低限の時事を把握するため、「ベンチマーク」として運用していきたい。日経新聞にわが社のニュースがかなりの頻度で報道されている。キーワードとして設定しておいて、報道されるたびに同僚間のネタとして使える。

ウォール・ストリート・ジャーナル
WSJは日本版もあるが、私はおもにその本家の英語版を読む。ネーミングから容易くわかると思うけど、WSJはアメリカの日経新聞だ。民主党寄りのニューヨークタイムズも、共和党寄りだが、質がイマイチのワシントンポストも、気掛かりになっている中で、最も無難なWSJを選んだ。こちらの新聞も学部時代購読していたし、馴染みがある。

WSJを読む目的は、オリジナルのアメリカニュースを把握する他、英語力の維持も狙っている。日本社会に深く根付いている自分にとって、もはや日本語力を心配しなくても良い局面を迎えた。使っていない言葉は母国語でも忘れ去っていく。自分の武器の1つの英語力を維持するに、様々な工夫を試みている。

毎日新聞:お得でWSJを購読するわざ
前述のように、私は今回デジ毎日も購読した。確かに毎日新聞自体はバランスよく取れた全国紙だから、悪くないと思う。しかし、毎日三紙の新聞を読むなんて、時間がないし、必要もない。それでもデジ毎日を購読した理由は、WSJをお得で読みたいからだ。

WSJ単体で契約する場合、月1,999円の料金が課せられる。しかも、契約がネットでできるのに、解約するために電話を掛けなければならない仕組みで、悪評を募っている。デジ毎日を経由する場合、月1,078円で済む。デメリットが1つだけあって、毎回デジ毎日のホームページからWSJを開く必要がある。それは言うほどめんどくさいと思わない。

三紙の新聞を購読しても、月料金は5300円程度で抑えられてわりと痛感が大きくない。せっかくお金を払ったので、これから存分に読んでいきたい。

大阪滞在

自粛ムードの最中に、私は東京を離れて大阪への旅を出た。もちろん、観光のためではなく、会社の研修を受けるためだ。Twitterで「疎開」と称しているけど、この都会から都会への旅はさすがに「疎開」とは言えないと思う。

うちの会社はそういう同時に「大阪本社」と「東京本社」を設置しているパターンだ。会社の2つのルーツ、いずれも大阪発祥だから、それは今回大阪に行くわけだ。研修というより、まるで一種の儀式(ritual)のように見える。

この会社で活躍すればいずれ大阪勤務が避けられない。むしろ、今の東京勤務も自分のわがままの結果であり、「現状として東京本社で働く」と度々言われていた。本社で働くことが通常出世コースの兆しとして捉えられるが、私はあまり東京から離れたくない。

大阪は方言があるし、なにより日本の中心ではない。標準語を身につけ、なまりを一所懸命削ろうとしている自分にとって、とても日本語の方言をマスターできる気がしない。方言を知らない日本人ですら疎外感を覚えるのに、外国出身の自分には余計なハードルだ。

向こうの国に政治中心がペキン、経済中心がシャンハイという明確な役割分担があるに対して、日本の政治中心も経済中心もいずれ東京なのだ。中心に居るのは、チャンスに恵まれることを意味している。少しでも転職したい意思があれば、最初から大阪ではなく、東京に身を置くべきだと考えている。

プロジェクトあずき、そしてGitHubを始めた

課題

修士論文の作成において、一番疲れたことは先行研究のまとめでも、研究手法の確立でもなく、データの入力だった。それは恩師のO先生にいつも言われていたことで、データ収集の難しさを痛感した。

当時、私は地道に100年度分以上の有価証券報告書から必要となるデータを手打ちで集計していた。その非効率さにものすごく違和感を覚えたものの、研究の完成を優先させた。

ブルームバーグ端末の限界

データ不足問題について、新たな指導教員のY先生にブルームバーグ端末の活用を薦められた。おかげで、東大でも数台しか配置されていないブルームバーグ端末の利用権をもらった。

あのデータの宝箱とも言えるブルームバーグ端末だが、残念ながら、私の研究にとって一番重要な「役員構成」に関するデータがとても粗末に扱われているようだった。出力の仕方にも不便があって、あまり役に立てそうになかった。

わずか数回の利用で私はブルームバーグ端末を諦めて、ツールの自主開発を決意した。

プロジェクトあずき

「プロジェクトあずき」は上記の課題の解決を目指し、開発されたPythonのモジュールである。本来なら、実証研究パッケージの「プロジェクトみかん」の一機能として開発していたが、やがて規模が大きくなり、1つのプロジェクトとして独立させた。

あずきは企業の有価証券報告書から経営指標および役員構成の情報を集計し、CSVファイルかもしくはExcelファイルに出力することができる。初めから汎用性を重視してきたので、主流の日本会計基準はもちろん、国際基準と米国基準も対応している。EDINETの開示文書(PDFファイル)であればほとんど網羅できるではないかと思う。

あずきの開発はすでに9割が完成しており、実用できるレベルに達している。

改行コード特定システム
(Backslash-N Positioning System)

プロジェクトあずきの機能を支えているのは、この改行コード特定システム(BPS)である。その仕組みは極めてシンプルなのだ。有価証券報告書のPDFファイルをPythonにインプットすれば、普段見えない大量な改行コードが文書の間に現れる。例えば、

私はみかんです。
アニメが好きですが、
オタクではありません。

という文章をインプットしたら、

私はみかんです。\nアニメが好きですが、\nオタクではありません。

というようになる。「\n」はつまり改行コードだ。この改行コードは実に便利である。あずきの汎用性を可能にしてくれた。確かに、Pythonにもともとfindやre.finditerなどの検索方法がある。しかし、それらの方法を特定のために使うと、些細な変動と違いさえあれば、すぐ汎用性が失せる。上記の例を敬語からタメ語にしてみよう。

私はみかんだ。\nアニメが好きだが、\nオタクではない。

ご覧の通り、敬語版と比べて「みかん」以降の文字の位置は全部変わった。そこで、改行コードを利用すれば、この問題を回避できる。なぜなら、改行コードの数も、相対的位置も変わらなかったからだ。

例として、「アニメ」という単語を特定したいとしよう。敬語版とタメ語版に関係なく、「アニメ」はつねに1つ目の改行コードの後ろ、2つ目の改行コードの前にある。文体が変わっても、「アニメ」の位置を特定できるのだ。これはBPSの仕組み、ロジックである。

GitHub

今日からGitHubを始めた。主にバージョン管理のツールとして運用していきたい。今まで独自にバージョン管理に努めようとしたが、だんだん限界感を覚えてきた。特に、最近引っ越し作業のために、1ヶ月間プログラミングを休んで、気づいたら、自分の書いたコードですら読めなくなった。より高度な記録および追跡が欲しい。

そして、全部ではないかもしれないが、一部のコードをGitHubを通して公開したい。せっかく思いついたアイデアだから、ヒントとして必要とする人に共有したい気持ちがある。近々、BPSを標準化してGitHubで公開しようと思う。

あずきちゃん