一橋大学大学院筆記試験体験

8月お最終日、私は一橋大学経済大学院の入試を受けました。今回は例の特別選抜と違って、一般入試でした。

一橋大学は都心から離れた国立という街にあります。ですので、都心から体感的に割りと遠い位置にあると思います。乗り換えも入りますし。基本的に、国立という街はその大学を中心にして発展しているような気がします。

午前中、雨が降っていました。大切な試験がある時はいつも必ず雨が降るのはどうしてでしょう。試験開始の30分前に、受験生は大体全員揃いました。気になるのは、教室に目を向けると中国人(台湾人を含む)がとても多かったことです。控え目に言っても半分くらいの受験生は中国人だったのかもしれません。しかも皆さんはお互いに知り合ったそうで、挨拶したり話したりしていました。不思議な光景だったと思います。

試験内容は例年より難しかったと思います。日本語だからではなく、普通に読めない問題が多かったからです。とにかくマクロの大問は、なんかT大経済並のレベルみたいでした。「自分がT大とでも思い込んでいるのか」と心でこっそり愚痴をこぼしました。ミクロの大問は「頭の悪い奴は進学ではなく、さっさと就職した方が賢明だ!」という内容の専門問題でした。まるで自分のことを皮肉っているようで気持ちが複雑になりました。

結論を言うと、私は終始一橋大学に交換を持てませんでした。お金も時間も沢山投入したとは言え、本当に落ちても別に自決したくなる程悲しくはならないと思います。

幻の進学塾

東大経済大学院の対策の調子が悪く、思い切ってある有名な進学塾に伺ってみた。現役の東大か一橋大の学生は助けてくると言われて膨大な学費を払った。限界効用逓減の法則を無視して、受験にさえ役に立てばお金を惜しまず散財するのは我が家の狂う伝統である。

ついに、約束の日がきた。塾に行ったら、相手が一橋大の人であることを知って、「しまった」と思ってがっかりした。なぜなら、一橋大の過去問をそこそこ解けるので、自力でやれば無難のはずだ。しかし、いくらなんでもあの一橋大の現役だから、謙遜にした方が良いと思った。

残念ながら、予想通りに、私が解けない難問は、相手も解けなかった。それより、教えて貰うより、こちらから相手に幾つかのことを教えてあげる羽目になった。この塾を選んで本当に大失敗だった。高いお金を払って結局、雑談してくれる人を見付けただけだった。しかも同性だし、風俗とかだったらもっと安いかもしれない。

一橋大学大学院特別選抜面接体験

今日(5日)、一橋大学大学院の口述試験を受けました。少し感想を書こうと思います。まずは、2年前の九州大学と違って、面接官から悪意を感じられませんでした。

ネットで先輩が書いた体験談と違って、私の面接は出願理由と進路からのです。「別に学校が有名な訳で出願したのではないし」、更に「日本ではなくてもいいし、むしろアメリカに行きてぇ」というやや傲慢的な態度で完璧に通過しました。

次に、いよいよ研究計画書の事を聞かれました。体験談でもゼミ戦争の助言でも当てはまらなかったのです。なんと研究計画書その物ではなく、それと関係する理論ついて細かく聞かれました。直感的に自分の言葉で解釈しようと頑張ったのですが、よりによって面接官は定義を求めていました。結局、とても簡単な概念のはずの問題はほぼ全滅でした。それは仕方がありません。履修したとしても、二三年前のことなので、今更はっきり思えている訳がありません。と思ったのですが、やはり自分の経験と準備不足に過ぎません。

最後は語学についての話でした。予想以上に優れていると思われたので、さっきの残念さを多少リカバリーしたような気がします。

今回は筆記試験なしの特別入試なので、多分無理だと思います。もし筆記試験があれば、専門知識について面接の時に詰まって少なくとも留学生にとって大したことではありませんが、今回語学が見事に加勢できたとは言えなかんか微妙な面接だったと思います。残念ながら、今回落ちたらやはり長期戦や消耗戦に陥る可能性が高いです。受験態勢以来6年目、また長期戦になるなんてとてもしんどいと思います。

殺された大学

閑静な八王子南大沢、首都大学東京の学生たちは平和な青春を楽しんでいます。しかし、僅か十数年前に、この土で物凄く恐ろしい悲劇が起きていました。ある大学がかの闘争中に容赦なく殺されました。

「まったく新しい大学を作りたい」というスローガンの下、旧都立4大学は合併の道に押し込まれました。誉高い東京都立大学はそのうちの1つでした。構想から実現まで、関係者たちからの講義は止まったことがありませんでした。しかし、それらの叫びはエコーすら起こせませんでした。

看板を残せるせめてもの機会として、新しい校名が公募が行われました。その結果、「東京都立大学」がリードしていましたが、採用されませんでした。その後、有力な教授が多数転籍し、経済学コースは完全に崩壊する運命になりました。

まるで昔の中国のようなやり方で、日本は本質的に中国と一緒なのではないかと疑うようになりました。話題を戻すと、少なくとも経済学部門で見たら、今の首都大学東京は昔の都立大学の生まれ変わりだとはとても思えません。実際、学生たちの進路を見ても、学習院大学にも勝てないようです。

TOEFLを暫く辞める

TOEFLを受けると、ある点数に達成すると学校から半分の受験料を貰えます。昨今の元安で、気軽に1万3千円くらいを貰えます・そして、学校に嫌がらせをしたいのも目的の1つですが、この前こそこそ2回連続にTOEFLを受けました。スコアの高値更新をやり遂げましたが、最初の目標を達成できませんでした。

スピーキング、即ち英会話は特に難しいです。日本語と違って、練習するチャンスとモチベーションは両方ないままにやってきました。とは言え、日本語の会話力もそれほど優れているわけではありません。そもそも所謂母語の中国語でも、まともに話せない場合が多かったのです。多分頭が悪いせいかもしれません。

この成績を持って、確実に北欧やドイツの一流の大学院でも行ける気がするので、そちらに逃げようと何度も考えました。しかし、自分が色んな「優位」を持つ日本で無理だとすると、どこへ逃げてももっと酷い目に遭うかもしれません。おとなしく日本に居た方が理性的だと判断しました。

とにかく受験料が高く、試験時間4時間超と長く厳しい、理不尽なTOEFLと暫く付き合わなく済んで、少しだけホッとしました。

東京か、地方か


間も無く、三年下半期に入ります。学部生活も実質的に終わりに向かっていきます。結果を見れば、最善とは言えないですが、なんとかギリギリでここまで来られました。今年に入り、大学四年はどのように過ごすかという課題は避けられなくなりました。この春窮のような1年を活用し、日本で演習したいのですが、難しい選択と直面することになりました。

東京か、地方か。まるで日本の地方の若者のように、悩んでいます。

電話で打診し、東京のある私立W校に、私を履修生として受け入れる可能性が大きいと言われました。この学校は経済・商の分野で凄く有名なので、それを聞いたらとても嬉しかったのですが、膨大な学費に困っています。親たちに難色を示されましたし。自分も少し頑張りすぎかと思ってしまいました。

出雲のある県立S校は、私の大学の協定校です。一応県立ですので、学費はお手頃です。それに自分の学校から奨学金が貰えます。唯一の問題は、この交流計画は日本語専門の生徒向けのため、あまり良い経済学の講義がありません。偏差値も無論あまり理想ではないらしいです。でも、そこには出雲大社があって、オオクニヌシ様の領域ということに宗教的に好感をもっていますけど。

何にせよ、東京あるいは古都の大学院へ行く予定なので、取り敢えず出雲へ行くのが最善策と見なせられますね。確かに、強いていますぐ東京へいくのは少しわがままかもしれません。

日商簿記と就職


「当学部の生徒が卒業するとき、全員日商3級程度です。」と、都内某名門私立大学商学部のHPでこにょうな話が書かれています。昔のある社会人の知り合いも日商2級を持っており、経理を勤めていたと云います。

実際調べたら、3級はとても内容が浅くて、誰でも取得できる資格で、2級もそれほど難しくはありません。数ヶ月、勉強に専念すれば大抵受かるらしいです。

日商簿記検定とは、会計関係の資格証明の一種です。3級を一としたら2級は五になり、1級は五十だという説も見たことがあります。そうだとしたら1級を取れば、きっと就職で有利になるかと思って、もっと情報を探したら、ただ2級よりマシ、(大企業で)少しだけ役に立ち、下手すればそれも役に立たないかもしれないと言われています。

大企業は一体どういう基準で、人材を選別しているだろうと私はこころで叫ぶことを禁じ得ずにいました。昨年の失敗により、自分は思ったよりあまりそれほどできる人ではないかもしれないと自分を疑い、バックアップする計画を求めるようになりました。会計という仕事は頭がよくなくても頑張ればできる仕事ですので、最終的に理想な仕事に就けなくても納得できそうです。

まあ、やるなら1級ですね、やはり。とは言え、2級までは僅かテキスト3冊に対し、1級のテキストは最低でも6冊からです。後者の値段は凄く「暴力的」で、まずはお手頃である2級までのテキストを買って始めたいと思います。順調に行けば、1級のテキストを追加します。

「平成27年本土作戦」まとめ(作戦失敗)

一、経緯と結果

3年次編入試験を通じて2年の人生を奪還するため、3月から本計画が実施されていた。

早稲田商学部(放棄)

大阪大経済学部(放棄)

九州大経済学部(落ち

神戸大経済学部(出願したのみ

元々三ヶ月の期間に、4校を挑戦するつもりだったが、学校と家族から迫られて、実際受けたのは九州大学だけ。

日本の専門書、受験料及び交通費、査証料など今までのない大金を投入した。

残念ながら、九月以降、完全に形骸化になった。そして、今日九州大の試験が落ちより「作戦失敗」と認める。

二、問題点

ア、学校との交渉は不十分

前期交渉のとき、担当の先生に誤魔化され、「休学の場合は留年か否か」という争点について曖昧な答えしかくれなかった。事後やむを得ず「休学なら留年決まる」と言われて、既に計画を調整する余裕がなくなった。ただの「ごめんね」と言われて、この事を済まさせた。

最初から強引な態度で交渉するべきだ。

イ、試験準備は不足

自慢な英語と日本語を通じて、九州大学くらいきっと行けるという妄想を抱いて数学と経済学などの専門科の復習をだらけた。簡単に早稲田と阪大の可能性を捨ててしまった。そして、だらけたこそ、神戸大へ行くか行かないかという点に迷っていた。

油断は禁物だ。

ウ、家族からのサポートを失った

学校との交渉が破裂した後、家族はもうあまり私を支えてくれなくなった。なぜなら、90日の査証は20万円以上の大金を払って得たもので、これはもう勿体無くなって、両親に嫌われた。一応、九州へ行ってきたが、面接の結果次第、責任を問われて、悲しい結果になった。

家族との関係を見直すべきだ。

エ、計画そのもの最初からあまり通じない

最も自信を持っていた九州大学も、落ちてしまった。面接のとき、実は先生たちははっきりに

私は外国人で、作文も下手だし、日本人と一緒に勉強することは頑張りすぎるだ。

大学院なら大丈夫だけど。

という風に言われました。

他の志望校も、受かる可能性が高くないだろう。

そもそも、人生というモノは一度もミスを犯せないのだ。私は自分が幼い時犯した過ちを修正するために、もう8年の人生をかかった。それでも無理だ。早くても10年が必要らしい。

三、獲得モノ

ア、一応日本へ行ってきた。

イ、日本の大学の入試の流れを体験した。

ウ、日本社会との相性が良いことが判った。

エ、自分の日本語は大丈夫だ。

オ、2年ぶり、大失敗の味を味わった。

四、これから

ア、高校時代にもう2回留年したので、編入試験を再挑戦する資本がなくなった。来月23歳になって、もう一回の留年は納得できない。

イ、まず、昔の大学院を目指す線に戻るしかない。GPAを確保しつつ、英語と日本語をより一層強化する。

ウ、未来2年間、チャイナ内陸部に流亡し続けても生きれる方法を考えだす。

 

平成27年10月30日

合格でもなくても、新たな始まり

3月に作った「平成27年本土作戦計画」は完全に形骸化しました。元々予定していた、3ヶ月間で日本本土を巡って、試験を受ける計画は水の泡になりました。結局、大金を払って手に入れた90日査証は無駄になり、実際に受けたのは九州大学だけでした。その結果発表は今月の30日です。面接は上手く行かなったですが、自慢の英語力とTOEFLスコアがあるので、まだ諦めません。

今まで、大体試験を受ける前に結果をぴったり予想できていたので、試験前に今後のプランを書いていました。今回だけ、書けないというか、書きたくないというか。書く気が起こりません。頭の中に、2つの計画を用意しましたが。最近、胸が本当にドキドキしています。期待の芽がむくむくと出て、いつもより落ち着かないです。

「卒業したら来てください」名古屋大の先生はそのような返事をくれました。

「大学院ならば…」九大の先生はそう言ってくれました。

きっと私は自分を騙くらかしているでしょう。(笑

トントン拍子に進めば、絶対順調に行けるのに、私はなぜそんなに急いでいるのでしょうか?

1つは勿論、「ニッポン」というモノに現を抜かしています。

もう1つは、来月、23歳になるからです。失った時間を取り戻したいのです。

どんな結果が出ても、その日からは新たな始まりです。胃が痛くなる事ばかりですが、生きていきます。

忘れられない玉子焼

あの日は、面接がある為、昼ご飯を食べませんでした。
順番は最後でしたので、そのまま4時間以上待って面接を受けました。
その後、学校から離れ、まっすぐに「貝塚食堂」という店に行きました。
店に入って、スーツを椅子にかけてネクタイを外しました。
本当に意識を失いそうなほど飢えていました。
そして、ダイエット後久しぶりの大量注文をしました。
とは言え、800円台の注文だけでした。
最も印象に残ったのは玉子焼です。
あの店の玉子焼は現場で手作りの物です。
最初にそれを注文しました。
「何か入れますか?」
「適当に入れて欲しい。」
「おすすめの意味ですね?」
と、やって来た玉子焼の中には、なんとチーズが入っていました。
他には確か、ピーマンとネギが入っていました。
本当に美味しかったです。
柔らかいチーズとたまごの組合せ。その食感、今でも忘れません。
こりゃ、例え今回九州大に入れなくても、時々福岡へ行くことになりそうです。