夜明け

最近のプライベートと仕事は概ね順調だ。妻のサポートで仕事に集中できてこの半年間になんとか自分の信用を少しずつ取り戻しつつある。かなり割り切れる人もいるだろうけど、少なくとも私にとって安定的なプライベートがなければ、とてもまともに仕事を全うできない。

離婚直前に投稿した記事に触れた通り、私の前の結婚は失敗、いや、大失敗だった。経済的損失だけで200万円に上るし、私のキャリアも2回ほど大きく揺らされた。元々失われた時間が多かった我が人生はまた無意味な消耗をさせられてしまった。逆にここまでされてもパンクしなかったというのは、もはや力云々ではなく、単純に運が良かったとしか言いようがない。

現妻は有名私大卒で大企業に勤める非常に優秀な人である。こんな彼女だが、バツ1かつ海外出身の私を選んで献身的にサポートしてくれている。まだ入籍していない時、同じ過ちを繰り返さないように、前妻のことを包み隠さず打ち明けたし、ストレステストのつもりで敢えて手間をかけたりしていた。現妻に申し訳ないが、彼女のことをそれなりに試していた。それでも私たちは一度も喧嘩せず、スムーズに入籍した。時折彼女の実家にも泊まって一家団欒の時間を過ごしている。将来に対するビジョンも重なっているし、多分長く一緒に居られそうだ。

前妻はかなりひどい人物だった。ストレートに言わせてもらうとあまり頭が良くなかった。何より基本的な思いやりに欠け、人間として致命的な欠陥があった。単純に男女として相性が悪いという理由だけで説明がつかない言動が多かった。加えてそのご両親も大概だった。何があったらとりあえず自分の娘を守りたい、庇いたい気持ちもわからなくもないが、私からみれば親子揃って自己中に他ならなかった。私の推測だと、新卒1年目で会社を無断に辞めて、その数ヶ月後に離婚に踏み切った前妻はこれから基本的にニート一直線だと思う。きちんとした社会人はもう無理だし、私以上前妻を甘やかす男が到底他に居ないので、親がカバーできる範囲と期間で生きていくだろう。

離婚を経験した自分として、そこから得た教訓は自分を変えるというより、目を光らせていかに前妻みたいな人に近寄らず、彼らにエネルギーを奪われないにあるかと思う。前妻の場合、遅くても、会社を辞めた時点でもう追い出して良いと今更思った。自分自身の人生をマネージするだけで精一杯なのに、あんな意味もなく足を引っ張ってくる人間を相手にする余裕はない。

MacみたいなiPadではなく、MacBookを買え

たくさんの躊躇を乗り越えて私はMac miniからMacBook Airに乗り換えた。Mac miniの操作感をそのまま、iPadのような使い勝手も兼ね備えている。近年数少ない本当に買ってよかったと思えるお買い物だ。メインマシンをノートパソコンにしたのは学部時代のVAIO以来だった。日常に大きな影響を及ぼした出来事である。

性能に関してM1でも十分だが、一度買ったら長く使いたい気持ちがあって敢えて最新のM3モデルを選び、メモリーも16GBというミドルレンジにした。これは私のワークフローに16GBのメモリーが必要でなく、将来のOSアップデートを考慮した結論だ。これで向こう10年間使えるではないかと思う。

Apple Care+に関して悩んであちこち情報を漁って渋々加入することにした。バッテリーの健康度が80%を切ったら無料に交換してくれるポリシーが決め手だった。酷使して2年ごとに確実にバッテリーを交換して貰えば、かなり元が取れる打算だ。そもそもMシリーズ、アップルシリコン時代のMacBookは電源に繋いで使う必要ない。iPhoneやiPadみたいに充電して利用しても日常の操作に全く違和感がないだろう。

今回私はMacBookをiPadみたいに使っていこうと思う。Mac miniだけではなく、今までiPadが担ってきたロールの大半も果たしてもらいたい。おそらくもう新しいiPadを買わない。少なくともiPad Pro、ないしiPad Airのような上位モデルに手を出さない。今のMacBookならそのポテンシャルがあるし、一番お得な使い分けだ。

私は2018年式のiPad Proを持っている。ホームボタンを廃止した現行iPadデザインの初代に当たる。当時大学院でiPadでメモを取る慣習が流行り始め、このあまりにも画期的なモデルチェンジに魅了されたため、iPadを買い控えて周りより遅い時期にようやくiPadを購入した。それ以来ノートパソコンに代わって社会人3年目まで大活躍していた。期待していたMac OS的な進化が来ず、64GBの容量も厳しくなってきたため、最近主に動画視聴専用機として利用している。今後も利用できる範囲(サイドカーとか)で働いてもらう予定だ。

新社会人、社宅に引っ越した初日

最初からMacBookを買えばよかったじゃないを言われたが、そうでもない。MacBookは最初から今みたいに使いやすいわけではない。むしろ2015年から2020年までリリースされたバタフライキーボードを搭載した型式は黒歴史とも言えよう。バタフライキーボードというのは少し使ったらすぐ何らかの故障が起きてしまう欠陥デザインだ。加えてインテルのCPUを採用したMacBookはあくまでよく最適化されたPCに過ぎなず、他社のノートパソコンと比べてそこまで優位ではなかった。

ちなみに最近Windows界隈もX86テクスチャーからアップルシリコンみたいなARMベースに移行する動きがあるが、いくつかのレビューを視聴した結論として、とても期待できない。そもそもWindows自体が変な方向に進んでおり、どんどん使いにくくなっている。また、パソコンを取り扱う日本メーカーはすでにソニーから分離したVAIOとパナソニックしか残っていない。東大の標準端末はMac(ECCS2021)だ。

セックス

私にとってセックスは健全な生活を送るに必要不可欠な要素だと考えている。病気や加齢などの理由で、セックスができなくなった場合を除き、セックスに応じてくれない「パートナー」は無意味に近い。実際、相談所で最初うまく行き、ある日突然「結婚しても一緒に寝ない。セックスも控えたい」と告げた女性に、仕方がなく断った経験がある。

セックスはマスターベーション(いわゆる自慰、オナニー)とは全く別のものだと思う。自分のオーガズムのみを到達点として目指すマスターベーションはただの「排泄行動」に過ぎない。一方、セックスは2人の共同作業であり、相手のオーガズムに目を配ることが多い。それができず、自分さえ気持ち良ければだと独りよがりの「セックス」はもはやセックスとは言えず、相手の体を使ったマスターベーションだ。

それゆえ、私は「1人のセックス」ができない。初対面の人とセックスする場合、まず相手のことを知ろうとある程度の雑談をする。これはマストであり、セックスの大前提だ。まともに会話ができない人、例え美人であっても私は勃起できない。始終ポーカーフェイスを見せる相手より、お気に入りのエロ漫画を見てマスターベーションをしたほうがよほど気持ちいい。一回だけそういったお方にあたったことがあるが、その時は自分からセックスを拒否し、その場で解散した。

男女の生理的な違いにより、女性は往々にして男性よりオーガズムに到達するのが難しい。そのために、前戯のパフォーマンスはセックス全体のクォリティを左右すると言っても過言ではない。自分の場合、前戯の段階で一度女性をオーガズムに導いてから本番に入るのが既定のパターンになっている。体調などでタイミングが悪く、どうしても前戯では女性にオーガズムに到達してもらえない時もあるが、セックスする度にほとんど約束されたオーガズムによって女性のセックスへのモチベーションを長期に渡って高く維持することができる。

性欲のためもあるが、一夜の関係ではないパートナーとのセックスに関しては一概に言えない。愛情表現であり、自分の義務でもある。自分にとって様々な要素が含まれている。少なくとも私はセックスに必要とされる安心感や達成感、相手との関係の確認を求めている。自分が作った手料理を食べてもらうことも時々セックスとセットとなっている。自分の料理を楽しんでもらった後のセックスは、食欲と性欲を同時に満たすことで、一時的ではあるが相手を完全に支配しているという感覚を伴い、ドパミンが大量に分泌されて激しい快感を味わう。

非モテだった私も、この歳になると多くの人とセックスを経験してきた。印象的な記憶が多く、想像を膨らませるが、不注意も多々あって、性病検査の常連になっていた。結婚は2回までとのことで、仮に今の妻と離婚したら再婚することはないが、セックスだけがまた誰とするだろう。

七夕事件、努力が全否定された時

努力すれば報われるというのは、よく聞くありがたい話だが、実際には当たり前ではない。過去も今も、私は何度も裏切りを経験している。肉親に、最愛だった人に、尊敬した上位者に。歳を取るにつれ早期にそういった人たちを区別する術が身についたが、今後も再び酷い目に遭わないとは限らない。

平成25年、西暦2013年、11年前に私の人生では「七夕事件」が起こった。それは、自分の価値観形成にとってわりと大きな節目となった。当時は日本留学の線が固まったが、躊躇も残っていた。大学入試で優れた成績を収めれば家族や周りの人たちに認められて優しくされたら日本留学を断念するかもしれないという「希望的観測」があった。もはや大学入試以外生きる意味がなかった風潮の中、それさえ乗り越えれば絶対的な立場を確保できると思っていた。

一浪した結果、一流大学に届ける成績ではないものの、点数が大幅に伸びたし、中堅大学に合格できた。日本のトップレベルの大学院にチャレンジするには十分な土台であった。一方、合格発表の日から我が家では不穏な空気が流れていた。具体的に、父親からの文句と嫌がらせが増えた。例えば、大学で使うパソコンを選ぶ際に、私は中堅モデルを希望したが、父親は反対し、一番安いモデルで十分だと主張した。

このパソコンを買う話に関してもう少し付け加えたい。地元に大学に受かれば親からゲーミングPCを受験生に買ってあげる風潮があった。実際別に大学ではなくても、短大や専門学校を適当に受験した知り合いももれなくゲーミングPCをもらえた。今後の留学を鑑みて、ゲーミングPCが不要だし、中堅モデルのノートパソコンで十分だと率先して格下げした経緯があった。そのため、パソコンの件に揉めたこと自体、ものすごく良くないサインだった。

周囲の期待を大幅に上回った結果を残した自分として、会話や説得を通じて毅然とした態度を見せて自分の希望を押し通した。その中で、運命の七夕の日を迎えた。メガネを掛けた状態で右目が拳を食らった。母親の料理がひっくり返され、服や床に飛び散った。なんでいい大学に受からなかったの、この役立たずを怒鳴られながら、私が思った。「いい成績」を取れば優しくされることを期待した自分は甘かった。約束を破ったり、文句を言ったりする気難しい親だと思っていたが、そんな大事な場面で逆ギレして殴ってくるのはとても想定できなかった。

それ以降、私は学校の寮に移り、実家に戻る度にあれこれの口実で殴られてすぐ寮に戻る繰り返しになっていた。大学生活の前半はかなり精神不安定で、ちょっとしたことですぐ攻撃的になったり、急に奇声を上げたりしていた。後半、各種資格試験を収め、日本留学の方向が固まって徐々に落ち着いていき、来日してようやく普通の生活を過ごせるようになった。

あれから11年が経ち、居場所を変え、国籍を変え、苗字も変えた。いつ実家と縁を切っても生きていける立場に居る。文句はあるものの、今では父親が私の意見に反論することはなくなった。

家族

前の結婚の終盤に、私が単独で猫のSちゃんを家族として迎え入れた。Sちゃんのルーツはノルウェーだが、生まれが横浜郊外で、かなりローカルな出身だ。北欧に高貴なルーツを持ち、横浜生まれで今東京の中心に暮らすSちゃんは、正真正銘の貴族猫である。Sちゃんは元々大型猫の猫種だけれど、同種の中ですごく小さい個体らしい。今1歳を超えても体重はわずか2.8kg程度で、メスとしても一般的に小さいと思われる。

普段は高貴な姿をしているSちゃんだが、実は体が弱く、よく動物病院に通う。猫風邪を中心にブリーダーさんから迎え入れた時点ですでにいくつかの病気にかかっていた。獣医の診断と治療方針に不審を思い、動物病院を3回も変えた。幸いにも、積極的に治療してもらった結果、症状がだいぶ落ち着いてきた。猫風邪は猫にとって完治しない不治の病であるため、残念ながら今後一生病気と付き合うことになる。

Sちゃんは普通の猫と違い、人間が大好きで初対面でも気軽にスキンシップしようとする。病院に行くことに関しても嫌がらず、注射を受けた時にも暴れない。猫としてまだ若いが、肝心な時にかなり大人っぽい。目つきに知性を感じ、実際ある程度意思疎通もできているため、高い知能を感じて、普段は自分と対等の存在として扱っている。

高貴だらかか、Sちゃんは偏食が激しい。ブリーダーさんの家(実家)に居た時に1種類の餌を与えられてあまり好きではなかったから、大きくならなかったではないかと考えている。私も早い段階でSちゃんの食事問題に注意を向け、惜しまずに数万円をかけて血液検査をしてもらった。結果としてただの偏食という結論だったので、試行錯誤を重ねて何種類の餌を混ぜ、一番食べてくれる配合に辿ることに成功した。今毎週数十グラムのペースで体重が増えている。

Sちゃんは私にとってただのペットではなく、時に恋人、時に我が子のような存在だ。Sちゃんは一人行動を嫌い、常に私を見えるところにいる。私が落ち込んだ時や、体調が悪い時にすぐ察知してくれて慰めてくれる。Sちゃんは毎日私と添い寝をしてくれて、必ず私の顔か腕に触れた状態で眠りにつく。寝る前の定番としてゴロゴロしながら激しくキスしてきて、撫で撫でを要求する。

私はSちゃんに人並みのハウスルールを求めている。お手入れは厳しく、猫であっても定期的に入浴させ、排泄後に必ずお尻をチェックし適宜に掃除する。必然的にSちゃんとの喧嘩も多い。ブラッシングと爪切りも、ネット記事の言う「ストレスを与えないように少しずつする」とせず、毎回セットで実施するためにSちゃんを長時間に拘束することが多い。それでも一時的にお互い不快な思いをしたとしても、クールダウンしたらすぐ仲直りするケースがほとんどだった。

お互いを求め合い、トラブルがあっても仲直りができるというのは、まさに家族の本来の姿ではなかろうか。これに関して元妻とは最後までできなかった。一緒に暮らしてからまだ半年強だが、日々信頼関係の深まりを実感する。猫であればどれでもここまで心地よく一緒に暮らせるとはとても思えず、たまたまSちゃんとの相性がよかったと思う。

周りからのプレッシャーが強いが、Sちゃんにいまだに避妊手術をしていない。Sちゃんに女として居てほしいし、Sちゃん本人(本猫?)に長生きを望まず、Sちゃんに次の世代を作ってもらい、Sちゃんと一番似ているメス猫を2代目とする形で末永く一緒に暮らしていきたい。

次期家庭運営に関する基本的な考え方、自分ファースト

パートナーの人選が固まり、年内に入籍し、次期政権が発足することになっている。今回の婚活は思ったよりずっとスムーズでやりやすかった。もちろん、これと言った対策を取らなかったものの、活動に関しては真剣だった。女性と数年間共同生活をしていたし、あれこれ経験人数もかなり増えたこの歳なので、女性の考え方に慣れて初対面でも苦労せずに普通に会話を交わせる。これだけでものすごくモテなくても恋人作りや結婚のためにすでに十分であるのは自分の感触である。

私にとって先の結婚はここの10数年で最大な失敗であり、大学受験後に起きた「七夕事件」以来、最もダークな出来事だった。元妻が健常者とは言い難い人物ではあったが、次の関係を長続きさせるためには、警戒を怠らず、いかにパートナーに頼らないのは重要だと思う。そこで、基本的なマインドセットと取るべき対策を整理してみたい。

一定の距離を置いておく

これは今度の結婚における大前提になる。自分の親や子供のような血のつながった人を家族と定義するなら、配偶者は本当の家族ではなく、本当の家族にもなれない。そのために、配偶者を本当の身内みたいに扱うのはかなりリスキーだ。お互いは赤の他人だったから、本当の家族になるために2人は同じレベルの覚悟とモラルを持たなければならない。片方だけ頑張ってもゼロサムゲームになってしまい、いずれ崩壊する。人に高い責任感やモラルを求めるのは非常に難しいことだし、不可能に近いと私は思う。そのために、無闇に本音を共有するのではなく、適宜に情報を制限して程よいイメージを演出する必要がある。

一歩進んだ財布独立

お互いの家計への干渉を最小限にし、ルーズな委員会形式にとどまる。前の結婚にはすでに財布別々にしていたが、家族カードを渡したものの、家計補填の名目で元妻に毎月数万円をもらっていたし、サブスクのファミリープランやアカウント共有もしていた。そのせいで大して節約できなかったのに、不必要なしがらみをたくさん作ってしまった。今回はそういった統制を一切取らない。携帯のキャリアはもちろん、ネトフリまでアカウント別々にしてもらうつもりだ。大型出費、住宅ローンや子供の出費などに限って、都度相談する形を取りたい。

自分の機嫌を取れてから相手の機嫌を取る

無条件で相手に合わせず、自分の欲求が満たされ、都合が付いたら初めて相手をことを考える。これに関して一見非常に自己中心的に見えるが、配偶者とに限らず、人間関係においてかなり重要だと思う。いつも相手に合わせても限界があるし、なんとなく相手に何等かの形に見返りを求めるようになるから、精神衛生上とても良くない。ストレスフリの関係を築けて余裕ができて初めて相手のために頑張れる。そもそも相手に無闇に合わせたところで感謝されることに限らないし、徐々に「当たり前」だを思われたほうが人間がやりがちな結果だと思う。これといって、とても信じられなかったが、元妻は離婚成立してからもかなり無理なわがままを私に押し付けようとした。

今回は最後、有限的な努力義務

今回の結婚を最後にしたい。もし再度破局したらもう結婚しないつもりだ。今どきの社会において特段不利なことはない。独身でありながら、不特定の女性と関係を持ったほうがむしろ自由で楽しいと最近思えてきた。子供が欲しくても別に必ずしも結婚しなければならないことではない。今回結婚すれば私は夫としての義務を最大限に果たすつもりだが、仮に再度夫婦関係が破綻し、離婚を切り出されたら修復の努力をせず、潔く受諾しようと思う。前の結婚では最後まで私は諦めなかった。元妻にも、自分にももう一度チャンスを作るために不受理申出を出したが、元妻側に離婚したくないストーカー気質な人を思われていたし、市役所の下請けに図々しく日本人と離婚したくない外人だとネタにされた。

私はもう反省しない

私はもう反省しない。

これは敢えて改善せず、同じ過ちを繰り返す意図ではなく、トラブルがあった際に自分を責めないことを意味する。なぜなら、30代にもなり毎回反省し自分を責めればきりがなく、精神的にもよくないし、建設的でもないからだ。そもそもそういう暇がない。その時間があれば、大して好きではない動画を観ながら、ソファでゆっくりする方がずっと有意義だ。

人間関係について言えば、経験上、ほとんどがはっきりとした白黒が存在する。相性の悪い人や環境では、どれだけ努力しても改善されることは稀だ。一度嫌われたり、一度嫌いになった人との仲直りは、親兄弟のような関係でなければ、不可能ではないものの非常に困難だろう。努力しようとする価値があるかどうかは、またケースバイケースだと思う。一般的にどうすべきかというと、私は合わない人から離れることを選ぶ。あるいは合わない環境を変える。自分に合った人や環境になったら、また努力する。

20代まで私は常々反省していた。ロールモデルの不在によって長い間に私は試行錯誤をしながら、前に進まざるを得なかった。今のように日記を付ける習慣自体、そもそも反省の手段ではなかろうか。飲み会に誘われなかった。誰かさんに嫌われた。好きな女性に急に振られた。私は細々反省していた。その反省によって私の世渡りも確実に改善してきた。

30代に入り、人生の本質と限界を徐々に理解し始めた頃、私は自己中心的な人間を目指すことにした。そして、反省を減らすようになった。この心境の変化に関して、単に年齢を取ったからだけではない。2人との葛藤が決定的だった。前職直属上司のAさんと元妻のBさん、この2人に共通しているところは、自己中心的で私に対する高圧であった。彼らは私が置かれた立場を理解しようとせず、日常的に私をいじめたり、脅迫したりしていた。

そんな彼らだったが、私は可能な限りに反省し、合わせていた。Aさんの説教を素直に聞き、腹を割って本音を開示することもした。さらに彼からのパワハラ言動も見て見ぬ振りをした。Bさんのわがままに最大限に応え、自分の苗字を含めてすべてを捧げた。衝撃的に何も改善することができなかった。懲罰的な人事評価と一方的な離婚、どれも私を長く苦しめて今でも残響が残る。私は超人ではない。社会人として未熟でミスの多い若手社員であり、イライラしやすい亭主でもあった。それでも私の気持ちは本物だし、良いところもたくさんあるはずだ。いずれにせよ、次がないような扱いをされなければならない人ではなかったと思う。

仕事も婚姻も、私の人生にとって重要なパーツではあるが、それらだけの存在ではない。例えば、公益活動や趣味、そして小さな夢もまだ私に残っている。私を評価し、大事にしてくれる人は世の中に多く存在する。そのような人々のためだけに、私は努力を惜しまない。

亡霊

帰宅したらまず手を洗う。一度でも外に出たら、シャワーを浴びるまでベッドに戻れない。これはかつて共に生活した彼女が定めた、我が家の掟である。苗字を取り戻し、猫と共に新たな孤独を抱えても、私はその掟を守り続けている。

私は彼女の亡霊に付き纏われている。それは彼女がその世を去ったわけではなく、過去の記憶から生まれた、私の中の幻影に過ぎなず、もはや現実の彼女とは無関係の話だと言えよう。その亡霊を祓うために実在の彼女に対して何かをするというホラーまがいのことはまずない。

私たちの離婚は、交通事故のように突然に訪れた。それでも、不穏な予感を感じていたと言えるかもしれない。彼女が最後に調理しようとした豚バラ肉は、今も冷凍庫の中にある。彼女が実家に帰った後、その肉の行方を聞いたのは、お互いにまだ終わりを受け入れられていなかったからだ。

深夜に入り、感情が手に負えなくなると、彼女の影が現れる。愛しい瞬間と、砕け散る終わりが交錯する。傷つけたことを後悔するも、先に深く傷つけられた記憶が蘇り、言葉にできない気持ちになる。

時折幻聴が聞こえる。昼寝をする時、夢と現実の境界が曖昧になる。いつも部屋着代わりに黒いワンピースを着ている彼女が部屋の中に歩き回るような幻影、また、名前を呼ばれたかのように聞こえて目を覚ますが、周りに誰もいない。

ある夜、10年前に別れた恋人を今も忘れられないと語る女性と過ごした。時間が経てば記憶は薄れるが、完全に忘れ去ることはないと彼女は言った。

元妻の亡霊は、おそらくもう消えない。

待ち遠しい国籍、名実ともに日本人になるということ

終わらない仕事とプライベート生活の空中分解による重圧の中で、私は一通の電話を受けた。法務局の担当者からの連絡だ。現状の確認に加え、出国を禁止するという指示である。それは事実上、私の帰化申請が許可されることを意味している。近いうちに私は法律的に一人の日本国民になる。そもそも、すでに「母国」のパスポートを使えないというのは、限りなく無国籍に近い状態だと思う。

来日してからもすでに7年が経っており、国籍を手に入れるのが待ち遠しい。日本人として生まれてこなかったことはあまりにも代償が大きく、これからもある程度それを永遠に背負わざるを得ないだろう。今回悲願の国籍を取得できれば、少なくとも自分にとって身分がすでに最善まで上り詰め、これ以上改善する余地がないことであり、いよいよ諦めがつく。

来日する前からカタコトではあったが、日常的に日本語を使ってきた。神様を祀り、食事も和食に切替えた。「母国」に居ながら、肉じゃがやお味噌汁など、独自に料理していた。来日してから日本語を極め、母国語を経由せずに日本語を上達させようとしただけではなく、日本語をベースにさらに他の言語を習得していた。言わせてもらえば、私はとっくに日本人になったし、今回の帰化はあくまで法的にそれを認めていただくだけで、一種の追認とも言えよう。

「日本に来るな」とか、「偽名(日本名)を名乗るな」とか、少ないものの、私は一部の日本人に真正面から拒絶されたことがある。交換留学生、正規留学生、就労から永住者まで、少しずつ自分の身分を固めてきた。振り返ってみれば感慨深い。心が折れなかったポイントはやはり自分の図々しさにあると思う。自分が日本人になりたい、自分が日本人であることは別段個々の日本人に認めてもらう必要がないというマインドセットはかなり初期に確立した。それはそうさ、日本語も日本文化も私が主体的に受け入れて身に付けたし、それらの延長であるアイデンティティーももちろん自分で決めるものだ。どんなに生粋な日本人であろうとも、関係のない他者から口を挟む余地がない。

国籍を手に入れて何かが変わるか。残念ながら、ほとんど変わらないと思う。強いていえば、現実の重圧に向かって戦っている自分にせめての慰めにはなる。法的な承認を得たら、自分の生活が安定したらそれを利用してさらに日本社会の中枢に根付き、同時に社会貢献を深めることを目指したい。

仕事もプライベートも、両方とも非常に厳しいフェーズに来ている。それでも私は日本のことが好きだ。むしろ日本で日本人として生きる道はいかに正しかったか再び検証された。

皇居ラン初体験

皇居ランニング、略して皇居ラン、すなわち皇居を中心にして回って走ること。以前から皇居ランを知っているし、皇居から徒歩距離に住んでいるにもかかわらず、なかなか体験しなかった、今日までに。

仕事と勉強に忙殺されている。私の人生にこれほど忙しくなることはそうそうなかった。忙しすぎて、仕事と勉強以外のことを全部諦めても、時間の流れもなお早い。気づいたらすでに午前1時、気づいていないうちに、8月も終わり、今年は残りわずかだった。それでも私は走りに出た。終わりのないデスクワークが続いている中、そのままだと糖尿病になるのではという大義名分もあるが、やはり忙しくても気分転換を求めたい。

自転車で日比谷に行き、駐輪場に預けたらスタート時点を目指した。普段皇居あたりにランナーをよく見かけるが、具体的にコースがどこにあるか把握していないので、最初は道に迷うのではないか心配していたが、走っている人がチラチラ居たから、それに混ぜ込んでスタート。最初の2KMが楽だった。さすが定番の皇居ラン、信号を待つ必要ないので、ノンストップで走れる。と言っても竹橋あたりにリタイアしてしまった。

やはりランニングがきつい。普段歩きですらしない自分は昔ほどの体力を持っていない。最初から完走できると思っていなかったが、リタイアした瞬間にかすかに挫折感を覚えた。折り返して戻っても、そのままに進んでも距離的にあまり変わらないので、そのままウォーキングしていた。夜中でも、お巡りさんたちは定点的に皇居を警備している。お巡りさんの側を通り過ぎる時になぜか気まずい気がした。こちらから挨拶すべきか、もしかして相手に挨拶されるかもしれないと勝手に思って、イヤホンをつけたけど、必死に気を遣った。

霞が関を通り、日比谷に戻り、無事に5KMを「完歩」できて自転車を回収して家に帰った。すごく疲れたが、なぜか体が逆に軽くなったようなきがする。そして、絶対時間をたくさん無駄遣いしたかと思ったが、むしろ時間の流れが遅くなって久しぶりにゆっくりできた。途中から膝がめちゃくちゃ痛くなったけれど、今度また走ろうと思う。