彼女ができました

ご報告します。彼女ができました。お相手は東大生や神社研の人ではありませんし、婚活サイトで出会った人でもありません。周りの女性と付き合わない主義を貫いている私には奇跡的な出会いでした。

彼女は現役大学生で、神社界隈と関わっている人です。今どき珍しく、着物の趣味を持っています。彼女からのアプローチが強くて、それに応えました。若干理想的ではないところがありますが、これ以上のお相手をもう望めないと判断しました。

本格的に婚活を取り入れてきた感想として、彼女を作ることは就職活動と似ていますが、それより遥かに簡単でした。今までの自分はただ、それをしようとしなかっただけです。「恋愛」は人間関係の1つですが、通常の人間関係よりシンプルです。たくさんの友達を持たず、人付き合いが苦手でも必ずしも彼女ができないわけではないことがわかりました。

実証分析、単純労働と新しい知見のお話

予想外に、修士論文の作成は令和元年のうちにできた。テーマは今までの専攻と全然違って、企業統治(corporate governance)のことだった。日本銀行に入れなかった私は日本のマクロ経済の論文を執筆する気が全く湧いてこない。データのキャリブレーション(calibration)という高度なテクニックを用いて現実的な消費税増税の限界値を推定したくても元指導教員のO先生(財政学の有力学者)に否定されて諦めた。悩んだ末、単位履修も重ね、企業統治に目を向けた。10月まで企業と会計の話にド素人だった自分は短期間でそのテーマについて論文を書けたけど、さすがに自分もその価値を疑う。

方法論は学部時代の卒論とあまり違いがなく、ありきたりの実証分析だ。データとモデルを決めて有意義な結果さえ得れば、もはや論文作成の半分以上が終わる。そして、先行研究を探して理論と結びつけ、文章化すればきれいな論文ができあがる。

データ→モデル→結果→先行研究→執筆

極めてシンプルな、標準化した作業である。もちろん、実務上にデータの選びとモデルのチューニングなど、様々な課題があるけど。端的に言えば、別に大学の講義を受けなくても高校生でもできるではないかと思う。

具体的に今回の論文作成にあたって、私は上場企業30社以上、総計230年度分の有価証券報告書から必要となるデータを抽出した。モデルが昨今お流行りの機械学習の手法を採用した。他人(sklearn)が作った道具を借りてカスタマイズしただけだった。データでもモデルでも、いずれ自分の想像ではなく、かき集めたものに過ぎない。素材を揃えば誰でもできるから、単純労働のように思える。このようにすることで本当に「新しい知見」を生むのかと、私は迷っていた。

私の疑問に対してO先生は肯定的な答えをくれた。O先生は「新しい知見」を生産関数として捉えて、以下の方程式を提示した。

新しい知見=運×生産性(センス)×単純労働

ただし、投入要素の単純労働は

単純労働=先行研究の把握×分析技術の習得×データ獲得

として考えられるという。つまり、新しい知見を生むために、単純労働も不可欠な作業であった。決定的な要素はむしろ運だという。そして、高度なテクニックより、「誰でもできる」単純労働作業の中から新しい知見を得たほうが評価されるらしい。

同時に、O先生は去年のノーベル経済学賞の受賞者の研究を例として紹介してくれた。アビジット・バナジー氏(Abhijit Banerjee)、エステール・デュフロ氏(Esther Duflo)、マイケル・クレマー氏(Michael Kremer)という3人の研究者は貧困問題に対して実証分析を行ったが、一向にファンシーなテクニックを使わなかった。研究方法は従来のランダム化比較試験(RCT)だし、モデルもごく普通の重回帰分析である。データもモデルも、「誰でもできる」ものだったのに、見事な研究結果を編み出した。

結論、素材を揃えば「誰でもできる」単純労働でも「新しい知見」を生むのだ。テクニックより知ろうとしているもの=クエスチョンのほうがよほど大事である。O先生とのわずか一往復の連絡で私の悩みは解決された。これからも迷わず、地道に研究を続ける。

内定2社の選考体験記

就職活動において、私は通算150回以上の応募・面接を取り組んだ(対策ノートから推定)。最終内定は2社しかなく、かつ就活スケジュールに則る正規ルートでの選考は全滅した。決して順調とは言えない経験だった。忘れないうちに、この貴重な2社の選考体験を記事にしたい。

A社 経理職
精密機器メーカー、東証一部
法律に守られるニッチな特殊産業
塩対応営業でも売れるという
リーマンショックの時も何気なく6ヶ月ボーナスを出した余裕ぶり
(なお、基本給と住宅手当はやや低め)

ES
履歴書のみ

1次面接 CFN会場(国内)
実質的に雑談ばかりだった。
安定な経営指標をアピールされた。
面接官が岡山出身なので、岡山と西日本の話題で盛り上がった。
賑やかな雰囲気だった。

筆記試験 東京本社
企業研究+一般常識
社長の名前を聞かれて知らなくて焦った。
一般常識が緩く、理系設問も答えられた。

2次面接(最終) 東京本社
寝坊して15分程度遅刻してしまった。
先日に夜勤のアルバイトがあることを伝えて大目にみてくれた。
周りに面接を待機する外国人が多かった(伏線)。
面接官は6人居たが、実働していたのは3人だった。
自己紹介、志望動機、取り組んだこと、アルバイトのこと、他社選考などを聞かれた。
海外支社でアウトソーシングしている経理業務を回収せよという期待を言い渡され、
実質的にその場で内々定された。

内定者懇談会 東京本社
内定者は14人しかいなかった。そのうち外国人は私だけだった。
冷静に考えると少し怖い。最終面接で出会った外国人たちは全員落とされたわけだ。
皆さんはほとんど営業配属の体育会タイプなので、なかなか溶け込めなかった。
その瞬間、周りの同級生やサークルの仲間たちは実際自分と価値観が近いことに気づいた。
総務配属の人と一緒にLINEグループを作って、皆さんをまとめた。

B社 財務職
財閥系、東証一部
A社規模の6倍の正真正銘な大企業
北米、中国とヨーロッパでたくさんの子会社を持つ
北米の売上は日本の倍という

ES
履歴書
留学の理由、目指すキャリア、自己PR

Webテスト
SPI WEBテスティング
当時他社選考に力を入れていたので、
理想的な結果を出せなかったと思った。

1次面接 電話面接
通常の人事面接で、面接官はきれいなお姉さんだ。
適当にやったWebテストは評価された。
アルバイトの経験は面白いと言われた。
自己紹介、志望動機、留学の理由、取り組んだこと、アルバイトのこと、勤務地、他社内定などを聞かれた。

2次面接 ボスキャリ会場
人事部長+他部署役員
最初から褒められて、恥ずかしかった。
志望動機をやらかしたが、親切に誘導された。
主に企業の紹介だった、その場でディナー(合格)を言い渡された。

2.5次面接 ボストンの高級レストラン
誘われた就活生はわずか4人だった。
いずれも海外名門大出身で、そのうちの1人と友人になった。
意識して緊張感を捨てて、自然な振る舞いをしようとした。
サークルのおかげで普段から複数人による洋食を慣れてよかったと思った。
和気あいあいとした「面接」だった。

個別説明会 東京本社
配属部署の上司による個別説明会である。
職場を見学してもらった。

最終面接 東京本社
役員4人が居た。そのうちの2人は2次面接と同じだった。
全員フル稼働で、次から次へ質問された。
1次面接で聞かれた質問の他、なぜ財務職にしたいかと繰り返して聞かれた。
具体的な経営指標まで聞かれて、事前に有価証券報告書を覚えたお陰で、
その場で1つ1つ数字を羅列することでようやく乗り越えた。
帰る前に役員の1人が出て、「後で連絡する」と言われて、
実質的にその場で内々定された。
帰り道で疲れを襲われて倒れそうになっていた。

内定
当日の夕方、電話にて合格通知を受けた。
4人の役員満場一致の決定で、私が高く評価されたという。

別れと困惑

交際していたYさんに別れを告げたのは数日前の話だった。無言でもフェードアウトでもなく、はっきりに理由を説明して2ヶ月間の付き合いに区切りをつけた。別れ話を持ち出したのは自分だが、一向にすっきりしない。親しい人と縁を切った喪失感とそれを踏み切った自分の罪悪感は混じり合っている。果たしてこうして正しかっただろうかと自分に問い続けている。

「封じられた」LINE
Yさんとデートし始めた後、間もなく私は就活のために海外に飛び出した。しかし、その間に私はLINEを通じてYさんとの連絡を意識して頑張っていたが、やがて返事の頻度が落ちて、話も弾まなくなった。アメリカ滞在中の私にとって多少気がかりになっていた。

帰国早々、私はYさんに就活の朗報を報告しながら、ご飯を誘ってみたが、なかなか時間が合わなかった。仕事が忙しいというのは単に言い訳と疑ったが、具体的な提案がないわけでもない。同時にLINEでの会話はさらに盛り上がらなくなったため、私はYさんとの付き合いに苦痛を覚え始めた。

最後の努力
Yさんがフェードアウトしていると判断し、Yさんを放置して新しく知り合ったMさんとデートし始めた。Mさんと交際を楽しんでいる最中に、一週間やり取りがなかったYさんから唐突にメッセージが届いた。どうもYさんはフェードアウトなんかしていないらしい。

Yさんに率直にお互いの関係について聞いてみた。「LINEの返信が遅かったのは仕事が忙しいせいだ」や「LINEより直接に会ったほうが話しやすい」などを言われて、付き合いを続けたい意思を示してくれた。2人ともこのままではいけないと共感し、早速日程を合わせてデートを決めた。

期待はずれのデート
複数の女性と「同時進行」してしまった自分だが、Yさんと「復縁」できれば付き合いがまだ浅いMさんと別れても構わない打算だった。LINEが苦手だったら、このようにしょっちゅう会えば別に悪くないと思っていた。結局この大事なデートは全く盛り上がらなかった。私の質問に対して、Yさんの答えは主に「わからない」、「難しい」と「人による違う」という3つだった。好きなもの聞くと「全部好き」を言われるが、当ててみたら「違う」と否定される。LINEでの会話と別に違いがなく、Yさんの情報をあまり聞き出せなかったし、不愉快な会話ばかりだった。Yさんはお酒を飲めないから、私も飲めなかった。アルコールの助けを得られず、最悪なデートを経験してしまった。

付き合いたいならなんで?
もはや新手の嫌がらせなのではと思わせられたデートだった。確かにデートの前にプレゼントさえもらったし、デートの後も「(帰る前に)どっかに行かない?」を聞かれた。ところどころ私に興味がないと思わせるYさんは最後まで彼女の振りをしていた意図が理解できない。いずれにせよ、交際の初期でこんなにしんどくなるととてもお嫁さんのポジションをYさんに任せられると思わないから、家に帰ったら別れを告げてLINEから削除した。

日本語の個人指導は一段落へ

現任の日本語の先生は出産を控えて今年いっぱいに個人レッスンをやめる予定だ。それと伴い、日本語の個人指導そのものをしばらくやめようと思う。来年の春から私も社会人になるから、スケジュールは今より忙しくなるだろう。何より、現任の先生のような人材を確保するのが困難だ。

日本語の個人指導を受けようとしたきっかけとして、島根時代から、私は周りの日本人と馴染めず、日本語の練習が大きな課題だった。この負のスパイラルを打破するために、日本人を雇って付き合ってもらおうという策を打ち出した。効果は抜群だった。

日本語教師の2名体制もあったが、現任の先生は最初から主力として私の日本語をサポートしてきた。彼女は私の発音を一つ一つ診断し、問題を特定しようとした。輪読、カタカナ語とタメ口の練習を通じて、私の日本語会話力と訛りは大きく改善された。日本語だけではなく、日本人の習慣、考え方と日本人ならではの体験を隠さず幅広く教えてくれた。

最初からこの先生に出会ったのは極めて幸運なことである。有償な個人指導だが、まるで日本人の親戚ができたような気がする。彼女が居なければ、私は迅速に日本社会の現実に馴染むことができなかったと思う。このような日本語教師は、これからもう出会わない。

さらに、このようにお金を払って友達をレンタルするようなことをして、長引いていい気がしない。2年前と違って、私の日本語力はかなり改善されて、日本人との人間関係も落ち着いてきた。露骨な仲間外れはもう滅多にないし、会話に入ることもしばしばある。わざわざ誰かを雇わなくても一定の会話量が保証できそう。

Apple Musicに乗り換えた後気づいたこと

数日前、Spotifyを解約して、Apple Musicへの乗り換えに踏み切った。AppleのストリーミングサービスはSpotifyより大きなライブラリを持っているだけではなく、そのシステムとの一体感も魅力的だ。iPhoneの標準音楽プレイヤーに最初からApple Music機能を内蔵してきた。それを使わなければ逆に目立つから、ある意味でAppleの営業戦略は成功している。Apple Musicに入会することで気分がスッキリした。

思わなかったのは、なんとApple Musicの音楽は既存のローカルライブラリと連携するところだ。自分が持っている音楽とApple Musicの音楽は同じプレイリストに入れることができる。音質として、iTunesで販売されている曲と同じように、256kbpsのAACだ。ストリーミングの枠を超えて、定額レンタルとも言えよう。

Appleのエコシステムにどんどん吸い込まれるような気がする。iCloudとOnedriveを併用しても、iCloudのウェットは日々大きくなっている。Apple TV+がNetflixとAmazonの仲間入りができて、三つ巴の状態になった。そもそも今年に入ってさまざまな理由でiPhoneだけで、4台も買った。

Appleのラインナップにまだ使っていないのはMacBookとWatchだけだ。Watchに当面興味がないとして、MacBookの導入はもはや時間の問題だ。16インチのMacBookに長年に渡ってユーザーを困らせてきたキーボード問題は解決された。それより小さいモデルも同じいソリューションを使う見込みである。その小さいモデルを導入するかもしれない。

数ヶ月前までまだソニーファンと自称していた事実は今の自分から見てもとても信じられない。もっと早くソニーファンをやめればよかったと今でも後悔している。Appleの製品は高いけど、長く持てるし、中古の価値も抜群だ。Appleに切り換えったら逆にお財布に優しい。

卒業後の世界に向かう

留年の圧力もあって、最近辛うじて大学生のあるべき姿に戻っている。3ヶ月間で終わるはずだった就職活動はなんと1年間でも続いていた。厳密にいうと、今もなお完全に終わっていない。私は就職活動の戦場で全力で頑張った。総じていうと、一外国人留学生として決して悪くはない実力を出せた。しかし、その中で失ったものはたくさんある。

就職活動を後にして、学校に戻った私の目の前は廃墟であった。足りない単位、崩壊しつつある人間関係と破綻した研究計画のことだ。単位を確保できる、人間関係がまた作れるとして、論文の作成はもはや為す術もない。とにかく時間が足りないのだ。一年間があってもギリギリに過ぎない話に対して、私にはせいぜい数ヶ月しか残っていない。足りない単位を対応することもあって、物理的にできるようにない。なにせ、指導教員に見捨てられたのは致命的だった。

修士号を取るのに、修士論文がない。これほど恥ずかしいことはない。プライドを考えなくても、将来博士課程に進学しようとしたらバチが当たるだろう。そこで在野研究者を目指すしか方法がない。社会人として就職しながら、暇な時間を利用して論文を執筆することだ。難関資格も目指しているので、厳しいと思うが、工夫次第でやっていけるような気がする。

卒業して、大学で籍を置けなくなったら、一番心配していることは文献の入手だ。教務課に打診したところ、卒業生として通常通りに図書館を利用可能だと言われた。残念なことで、卒業生として使える母校の資源はせいぜい図書館までだ。メールアドレスやデータベースなどのデジタル資源は一向に利用できない。東京大学の同窓会に登録すれば、同窓会のメールアドレスが発行されるけど、「alumni」が付いているから、一目で同窓会のメールアドレスだと分かる。学術コミュニティで同窓会のメールアドレスを使うなんて、どうも違和感を覚える。

また、論文を発表すれば、必然的にその時点の所属を書かなければならない。しかし、手元の2社はいずれも社会科学の学術研究と無縁な民間企業で、会社の名前を書けば正直にきつい。上記のデータベース問題も含め、民間企業で就職しながら、東京大学で在籍できるプログラムがあれば最善だと思うが、現実はそんなに甘くない。

とにかく、卒業しても学術研究を続けたい。むしろ卒業して初めて、落ち着いて論文の執筆ができるようになるだろう、期限が設けられてないから。ある程度の研究を積み上げたら、また教授に連絡して上記の課題について相談に乗ってもらおうと思う。

新iPad Proを導入

11月の上旬、発売早々私はお祭り気分で新iPad Proを買った。iPadを買ったのは初めてではなく、今回で2回目だ。高校時代、試験のお祝いとして第3世代のiPadを入手したことがある。第3世代iPadは初めてRetinaディスプレイを採用したモデルで、当時はかなり先端的だった。今回の新iPad Proも今までのデザインを一新して、昔の人々が想像していた未来のタブレットのように見える。

使い道として、私は主に論文を読むための電子書籍リーダーとして運用していこうと想定していた。しかし、海外のレビューではこのiPadをノートパソコンとして利用しようとしていることが多かった。ベンチマックでのテストによると、今期iPadの性能は主要のノートパソコンを上回っているという。にわかに信じがたいことだが、どうも事実のようだ。私はiPadでノートを取るつもりがなかったので、Apple Pencilを買わなかった。ケースもキーボードもAppleの純正品を買わなかった。

結論からいうと、今回のiPadはとても優秀だが、まだノートパソコンの変わりにはならない。FaceIDでロックを解除ができるのはとても便利だ。そして何よりも、ディスプレイのリフレッシュレートは通常液晶の2倍の120Hzに達している。ヌルヌル感は半端なく、画面を観ているだけで病みつきになりそうだ。今回Appleが独自のLightningポートを諦め、主流のUSBC型の端子をiPadに装着したことも素直に評価する。携帯などのデバイスを充電したり、カメラと繋いでそのまま写真ファイルを導入したりすることができるようになった。場所を問わずにiPadでプロ的な写真編集や現象などの作業は可能だ。

しかし、iPadがあればノートパソコンは不要だということは絶対にない。むしろ、ノートパソコンがなければ困る。まず、iOSにまともなファイル管理システムがないし、そもそも自由にファイルを移したりすることはできない。前述通り、USB端子があるが、USBメモリを刺してもOSに認識されない。パソコンのソフトと比べると、やはりiOSのソフトはまだまだ弱い。今渡しはまさにこの記事をiPadのWordで作成している。iOSのWordに基本的なワープロ機能しか入っていない。キーボードを利用しているが、打ち応えが極めて快適とは言えず、ギリギリ使い物になったような感じがする。パソコン並のプロ写真編集ソフトがあって、写真処理自体は快適だが、現象後の管理やバックアップなどまた問題になる。やはり通常のパソコンは必須だ。

ノートパソコンではなく、タブレットとしてiPadを運用するならば不満はない。補助の位置付けでノートパソコンと一緒に持ち歩くと、いつでも気軽に2画面の作業環境を展開できる。勉強においても撮影などの趣味においても大変助かった。

靖國神社で出会った外国人関係者たち

靖國神社で助勤として働く外国人関係者が増えた。4月の祭りの時に一度1人の西洋人らしき助勤さんを目撃していたのだが、今回の勤務で改めてそれを確認できた。

日米ハーフのムラタさん。休憩時間になって、休憩室に入ったらムラタさんが居た。最初は彼のことに気にせず、水を飲もうとしたらムラタさんの顔が目に入った。彼の茶髪にすぐ違和感を覚えた。なぜなら、この仕事に就くにくは染毛が禁じられている。ちゃんとムラタさんを居ると、彼の顔つきも独特で東洋人らしくなかった。

「日本人の方ですか」と私は彼に声を掛けた。
「そうですよ」
「見た目は西洋人っぽいですね」私はニコニコしながら彼の出身を詮索してみた。
「あっ、私の父はアメリカ人なので」とムラタさんは答えた。

ムラタさんは東洋大学茶道部に所属しているという。日米ハーフだが、英語が全く喋れないと言われた。が、彼の日本語には微かに訛りがあるように聞こえた。そして苗字も日本人のもので、多分母の苗字を名乗ったのだろうと思う。親切で面白そうな人だった。

台湾人のヨウさんとカクさん。今回の助勤に台湾人の方が居た。とても意外だった。2人共ムラタさんと同じ、東洋大学茶道部に所属している。いずれも一年間限定の交換留学生のようだ。ヨウさんは高雄出身で、背の高い子だった。彼女と出会った時、彼女の振る舞いや訛りから彼女が日本人ではないことがすぐ分かった。自己紹介の時、私は少し意地悪く彼女に「私の出身地を当ててみて」と聞くと、「北海道?」と言われたのが面白かった。

巫女さんに頼まれて、食堂の場所が分からなかったカクさんと一緒に昼ごはんを食べた。だから、ヨウさんよりカクさんとよく話をしていた。新北出身のカクさんの苗字は私の旧姓と同じだった。この為か、少し親しく感じられた。案の定というべきだろうか、「日本が好きではない」と言われた。コンビニのバイトを経験したらさらに嫌うようになったようだ。なぜか分からないが、日本語専攻の外国人には日本に興味がない人が多いと思われる。

活発というか、やはり台湾人や中国人のような中華系の女子は日本人の子より落ち着かないような気がした。でも、これは必ずしも悪いことではないと思う。