2度目の改名、妻の苗字にすることを決めた

自分の苗字を変えたくない妻と数ヶ月に渡って論争した結果、私が折れる結果になった。すでに結婚しているのになぜまだ苗字のことを揉めているかというと、日本人が外国人と結婚する場合、夫婦別姓が許されるからだ。私が日本国籍を取得するまで、妻とそれぞれの苗字をキープしている現状である。

来日3ヶ月目の時に、島根の市役所が作ってくれた今の日本名を手放すことに未練があるが、由緒正しく日本人の苗字をいただけて嬉しく感じる自分が居る。振り返ってみれば、来日する前から何回も「日本に来るな」を言われ、来日してもしばらく「帰ってください」を言われていたのに、いつの間にか「大阪に住もう」とか「私の苗字を名乗れ」とかになって不思議に思う。

元々異なる苗字を同時に持っているため、銀行印と実印は最初から下の名前で作った。心配事として、学位記や合格証書では今の日本名が記載されて、帰化する時に通称名の取り扱いに懸念を持っていた。東京の区役所に聞いてみたら、「除票」=昔の住民票を取れるから、帰化後でも証明を取れるらしい。今の名前が急に偽名になることはない。

新大阪活動報告④ターニングポイント

このシリーズを久々更新したが、実は本文は④の第3稿である。今まで断続的に一部執筆したものの、心の中でなかなか結論にたどり着けなかったため、いずれ数行程度しか書いていなかった。5月に入っていくつかのビッグイベントが起きた。それを機に急速的に膠着状態から脱出できて一つのターニングポイントに直面している。

5月までの状況

大阪の職場の環境はとても悪い。前部署と比べてもはや同じ会社ではないほど、社風が違う。それに合わせて馴染むにかなり苦労したにもかかわらず、上司の期待と要望になお満たせていない様子だった。なるべく良い印象を残そうと、あえて手を挙げて出社したり、雑務を引き受けたりしてみたが、無駄に終わることが多かった。

異動されてから、私は絶えずに上司からパワハラを受けてきた。それは決してパワハラ気味とか、ただ教育が厳しいとかではなく、確かなパワハラである。上司は中途採用で最近入社したばかりだった。仕事力が高いと思うが、情緒不安定の人だ。私のQoLは基本的にこの人の気分で左右されてしまう。

具体的に、「このままじゃ、仕事がなくなるよ」や「仕事を減らしてやる」など、日々脅迫されている。有給休暇を取りたくても、表に許可したものの、後々理由をつけて減らせられてしまう。あとは、テレワークなのに大阪での滞在を強要されている。一番納得できないところは異動されて初めての人事評価が下げられたことだ。とても出口が見えなくて休日もずっと職場のことを気になっていてうまく休めなかった。

先輩の電撃退職

5月に入って間もない頃、実務の中核を担い、上司に期待されていた先輩の電撃退職は波紋を呼んだ。この先輩は重要なプロジェクトの一部始終を独自に担当していたから、彼の退職は部署全体に大きなダメージを与えた。もともと人員不足だった部署はついに限界を迎え、派遣の投入を余儀なくされている。

この先輩に関して、私はあまり好きではない。部署の中で長くお勤めされているから、それだけ経験豊富であることを認めるが、頭の回転が遅く感じる。一緒に仕事するうちに、トラブルが多かった。さらに、組織に期待されて重要なプロジェクトを任せられたにも関わらず、それが終わってすぐ退職するなんて彼の人間性にも疑問を生じた。駐在に憧れを持つ彼が出世の一歩手前で退職してしまうのもやはり理解しづらい。彼のことは後日にまた英語の投稿で詳しく語りたい。

先輩の退職で寂しい感情がサラサラない。むしろ気分的に楽になって、無責任な先輩に怒りですら覚える。私はこれをチャンスとして捉えて業務へのコミットを強めた。それ以来、私に対して高圧だった上司の態度も著しく柔らかくなったようだ。

資格試験のブレークスルー

先日、いよいよ晴れてUSCPAのFARに合格した。76点という合格ラインギリギリの成績だが、合格した以上別に関係ない。FAR=財務会計はUSCPAの中で一番範囲が広い最難関科目である。これさえ突破できれば、USCPAの50%ができたに等しいと思う。残っている科目で苦戦する方も居るが、個人的に心配していない。何にせよ、長年に積み上げてきた高度な英語力があるから、落ち着いて対策すれば特に問題ないと思う。

前の部署に居たら絶対転職する気が湧かないと思うが、FARの合格で私に転職の選択肢が生まれつつある。もちろん、FARという1科目だけで転職するにはまだ早い。しかし、もし本当に理想な転職を目指せるのなら、今からでもこつこつ情報収集を始めたほうが良いような気がする。

転職という選択肢

これからやることは3つ、①引き続き業務にコミットすること、②早急にUSCPA全科目に合格すること、そして③転職を検討すること。

大阪に来た半年間、職場でのパワハラ、自腹で毎週の帰省による疲労はすでに私の愛社精神を削ってしまった。アメリカで私を拾った会社に今でも感謝の気持ちがあるけど、愛想もそろそろ尽きるところにある。一方、組織内出世がまだ可能であれば、簡単に諦めるものではない。これからの人事面談で自分の立ち位置、その会社での可能性を見極めなければならない。

東京を取り戻すメソッド

近いうちに、私は東京に帰る。これはすでに既成事実になり、私の一方的な願望ではない。なぜなら、私は都心でマンションを買ったからだ。大阪勤務の状態をすぐに変えられないかもしれないが、あるべき日常を取り戻すために、その重要な一歩を踏み出したのであろう。

大阪住みの問題

そもそも、転勤先の大阪はとくに僻地でもなんでもなく、わが国の第2都市である。関東出身者を中心に、やむ得ずに大阪に移住した人から不満な声を聞こえるものの、住み心地良い評判もある。実際この半年の体験として、東京とほとんど同じライフスタイルを維持することができる。

大阪に移住しない理由は、妻も私も、東京から離れたくないからだ。転勤が決まった時点で妻はまだ都内の大学に通う学生で、内定先も都内の会社だった。関東出身の彼女自身も大阪に強い抵抗感を持っているから、一緒に大阪に住むという選択肢はそもそも存在しない。私にとって東京は青春を過ごした場所であり、とくにそこに根付いた。人間関係や心の拠り所は首都圏に集中している。今更大阪の文化や土地に馴染もうとしても無理がある。

横浜住みの問題

転勤後の混乱期に、妻の通学と通勤だけ考慮して横浜のマンションを借りたが、後々様々な課題が露呈してしまった。最寄りの駅は各停しかなく、都内へのアクセスはそこまで便利とは言えない。新横浜より近いが、新幹線に乗るために乗り換えなければならない。このように決してアクセスが悪いわけではないが、どうも中途半端さを感じてしまう。

マンション自体の問題が引っ越しの決め手だった。横浜のマンションは新築ではないが、そこそこの広さがあってかつリフォーム物件のため、月々の家賃は安くはない。そして、そのマンションに都市ガスが通っておらず、プロパンガスという仕様だった。それは毎月のガス代が都市ガスより3倍程度に跳ね上がることを意味している。それに気付いたのは、初めてのガス代を払う時だった。

マンション購入

賃貸ではなく、いっそのことマンションを購入する考えは最初からあった。去年の時点で新卒1年目の給料しか審査対象にならなかったため、住宅ローンを組めなかったが、今年に入ってようやく満額の源泉徴収をもらえてマンション購入が可能になった。

都心の物件に限って賃貸より持ち家のほうがお得に決まっている。建物が老朽化したとしても、土地の所有権が付いている限り、資産価値になる。コロナでテレワークが普及したとはいえ、ごくわずかな業界を除き、大勢に対して完全に会社に行かなくても良いということにはならない。東京の一極集中に変わりがなく、これからもどんどん人が集まってくると私は考える。

一旦マンションを購入したらなかなか引っ越せなくなることを念じて、住んだことあって馴染みのある渋谷区と中央区を絞って物件を探していた。その中で、一番気に入った日本橋エリアに戻りたかったが、物件の数が少な過ぎて例え予算の上限を外して検索してもあまりヒットしなかった。予算内に収まるわずかの物件を内覧してそこそこよさそうに見えても、不動産に詳しい妻はゴーサインを出さなかった。理由はマンションの管理体制にあるという。修繕積立金が低いとか、長期修繕計画がないとかを挙げられた。

結果、新橋方面よりの物件に決めた。表通りに面しておらず、隠れ屋的なマンションで、個性的な外装をしている。日本橋の住所と比べて東京駅から離れているが、頑張って徒歩できる距離だ。大阪から帰省する時に新幹線一本で完結することが可能になる。ハイライトとして今回のマンションに、なんと小さな書斎が付いている。妻の許可を得て趣味部屋として使うことができて楽しみにしている。

読売新聞の購読をやめた

10月末から読売新聞を購読してきたが、先日配達停止を申し入れた。読者歴が数ヶ月程度にとどまっているが、勝手ながら読売新聞の将来を心配する。購読をやめた理由はいくつある。記事内容にあまり満足できていないこと、購読しなくても読売のページで8割〜9割の記事を読めること、そして毎日の宅配新聞がストレートにごみ袋に入るようになっていることだ。

購読のきっかけ

そもそもなぜ読売新聞を購読したかというと、共同生活が始まり、つれと2人で一緒に読む新聞を購読するためだ。日経新聞もつれに提案したが、経済新聞以外の記事も読みたいという要望を受けて、彼女の意向で読売新聞にした。

読売新聞といえば、かの産経新聞より右寄りを言われる。社説と報道の角度から見ると確かに右寄りであった。ただ、産経みたいに攻撃的、炎上しやすいタイプの報道ではないと思う。極めて健全で、自分のイデオロギーにフィットしている。

新聞ならではの良い所

久々紙の新聞に触れて一番の印象は、ネット新聞と比べて断然読みやすく、短時間で多くの情報を受け取れれるところだ。紙面の編集に工夫を感じる。同じテーマの記事が一箇所に集中しているのが特徴だ。気になる記事はもちろん、そうでないニュースでも紙面をめくる間に見出しだけ自動的に頭に入る。普段絶対クリックしない投書欄も真剣に読むようになった。こうやってサクサク紙面をめくって一日の新聞を読むに15〜20分しかかからず、ネット新聞をダラダラ読むより効率が良い。

時代遅れの購読システム

配達なしの電子版を選べる日経新聞と違って、読売新聞を購読するために配達が必須である。もちろん読売でも一応「電子版」を用意している。購読者は「読者会員」として読売のウェブサイトで限定記事にアクセスができ、それの「紙面ビューアー」を通じて朝刊も読める。

限定記事の数はかなり限られている。しかも社説やコメント系記事が中心で、とくにお金を払うまで読みたいものではない。ほとんどの記事がフリーに読めることに強烈な違和感を覚えてしまう。それなら別に購読しなくても良かったのではという気持ちは最初からあった。

「紙面ビューアー」はブラウザベースのツールで、使い勝手がいまいちだ。とくにスマホでは少し使いづらくてあまり利用していなかった。

記事内容

記事関して総じていえば、広い・少ない・薄いという印象を受けている。社説と投書欄以外、一般記事で強いジャンルがないように感じてしまう。全国紙という属性から、広範囲にジャンルをカバーしているだろうか。個人的にためになる記事が少なく、時間つぶし系のコンテンツが多いと思う。

読売を購読したところで、無料会員として日経新聞で国内ニュースを読み、WSJやBBCで国際ニュースを確認するというパターンが変わらなかった。日経新聞電子版を購読すればよかった気持ちが何度も湧いても、読売が役にたった覚えはなかった。

読まれない宅配新聞

毎朝送られてきた宅配新聞は誰にも読まれないまま、ごみ袋に直行するようになった。清潔に厳しいわが家にとって、はっきりにいって紙の新聞は邪魔者扱いにされてしまった。丁寧に折りたたまれた新聞は一度も開かずに、そのまま捨てられるなんてあまりにも哀れだった。私はついに購読をやめることを提案した。つれもあっさり賛成してくれて、どうもお互いは向こうから言われるまで待っていたようだ。

成人式の想い出

私は「成人式」という成人式に参加しなかった。もっとも20歳時点の自分は日本に居なかったから、当然日本の成人式に参加できるはずがない。あまり知られていないかもしれないが、実は向こうの国にも成人式というものがある。そして、両親は私の18歳の誕生日に独自に「成人式」としての食事会を開いてくれた。それぞれの想い出を振り返ってみたい。

国の成人式

由来が分からないが、確かに向こうにも「成人式」というものがあった。自分の居た高校の場合、2年のあたりか学級全員が南京に連れていかれて「成人式」という名の行事に参加させられる。成人式というのに、なぜか南京事件の勉強や追悼式典がメインイベントになる。当時の自分はすでに不登校になったから参加しなかったか、それとも理由を付けて不参加にしたかはっきりに覚えていないが、参加しなかったことだけ確かである。

家の成人式

日本も最近成人の年齢を18歳まで下げたが、向こうの国では元来、成人の年齢が18歳とされてきた。平成22年(2010)の秋、私の成人の祝いとして両親は盛大な食事会を開いてくれた。ほとんどの親戚が出席して、とんでもない額のご祝儀をもらった。とくに印象的だったことは、父親は親戚の前にこれから1人の大人として私に接し、これからもう暴力を振らないことを約束したことだ。その日の父親は優しかった。

確かに誕生日からしばらくの間に父親はある程度約束を守っていたが、6年後広島行きの飛行機に乗るまで暴力が止まることはなかった。

ゆく年くる年

今年ももうすぐ終わろうとしています。
転勤や結婚などが次々と、激動の一年でした。
決して理想的なカタチではないのですが、
なんとか足場を固めることができました。
来年のテーマは「新たな旅」だと思います。
高校入学時に立てた計画はいよいよ大詰め、
新たな旅に出なければならない時がやってくる。
日本に恵まれ、私の人生は救われました。
この恩を忘れずに、引き続き頑張っていきます。

令和3年12月31日

新大阪活動報告③赤字家計、レベル低い業務とパワハラ気味の職場

大阪に転勤されてからまだ3ヶ月目だが、すでに前の部署と前の生活が恋しい。基本的に自分のやりたいことは全部できない状態になっている。人のために頑張っていても、時折些細なことで強く責められる。物理的にも、メンタル的に、現状はすでに私が対応可能な限界ではないかと思う。これ以上何かを強いられたら自転車操業になってしまう。

赤字家計

まず一番困っているのはお金の問題だ。転勤以来私は構造的な赤字家計を抱えてきた。家賃や帰省交通費だけで私の手取りで賄えるかどうかの話だ。工夫してなんとかなるスケールではない。もちろん一定の節約もコミットしている。社会人デビュー以来辞めていたコンビニ食は完全復活した。社食のお昼の他ほとんどコンビニの菓子パンを主食にしている。

これに関して、来年4月に、家内が就職したら大幅に改善される見込みだ。黒字化するのは難しくないが、その分の固定費が変わらないから、結局収入面ではハンディを背負っている。黒字化できても決して見過ごすことができない課題だ。その唯一の解決策は東京勤務の復帰である。

「なんで奥さんは大阪に来ないの?」や「そんなにいい家じゃなくても、甘やかしすぎ」など、転勤の際に周りから結構厳しい意見が寄せられた。辛い時に人生が振り回された、「もっと協力的なパートナーと付き合えばよかった」を思ったことはなくもない。しかし、自分みたいな、健全でない家庭で育った人にとって、家族の存在が大事だし、あってないようなものというより今のつながりを大事にしたい。別に他の人と一緒にいたらまた別の悩みもあるだろうし。

レベル低い業務

業務自体のレベルというより、業務プロセスのレベルは想像より低い。各種大手IT企業が開発した会計ソフトももちろん利用するが、Excelベースの作業の割合は低くない。1つの業務につい、主ファイル1つと無数なサブファイルというダンジョンみたいな構造だ。業務の引き継ぎで先輩からある程度教えてくれるが、あまりにも属人的な作業で、メモしようとする術がない。その場で理解するか、後ほど自ら数式を解読して頭で覚えるしかない。

時々1時間、2時間ぐらい費やしてExcelファイルの解読を試みる。運がよく謎を解けても特に爽快感を覚えない。何1つもクリエイティブなことをしていないからだ。他の日本企業(いわゆるJTC)の経理部にはもっと理不尽な作業があって、うちの経理部はあくまで仕方なく自動化できない部分をアナログでやることを理解している。しかし、これは長年の青春を払って修士まで勉強してやるべき仕事かを言わせると、とうてい思えない。

パワハラ気味の職場

今の上司はとても難しい人だ。日本人には気まぐれで、感情的な人だと思う。高学歴で能力が高い人だったが、どうもこの人はあまり人のマネジメントに向いていないように思ってしまう。詳細を省くが、この人の振る舞いはつねにパワハラの一歩手前で泳ぐ。

その扱いに耐えきれず、二人切りで腹を割って話したこともある。正直に言えば、上司の本心は若干歪んでいるように見えるが、悪い人ではなさそうだ。言っていることも一理があって、それ自体を否定するつもりない。しかし、あまりにも細かくてすでに何重苦に喘いでいる自分として対応が困る。

さらに言えば、中途採用でとくに私より社歴長くない上司に雑に扱われたくない。第一、この上司はうちの会社の何がわかっているというのか。うちの会社はあんなに手間暇をかけて私を採用して、私もその恩恵を受けて自分なりにこの会社にコミットしようとして頑張っているわけだ。少なくとも現時点で、この人は会社の意思を代弁できないと思う。上司のポジションとはいえ、自分の立場をわきまえて欲しい。

学籍の一歩手前

数ヶ月前に、出身校の証明書を取れなくなったことを受けて高認試験に参加することを決意した。もちろん、十分な勉強時間を確保できず、弱みの日本史と物理基礎だけ勉強していた。他の科目はいずれ一般常識で乗り越えた。勉強したとはいえ、演習を怠ったせいで物理の手応えがかなり悪かった。今回無事に一発で全科目を合格できて幸運だった。

さてさて、高卒を取り戻したから、残っているのは大卒のみ、パズルの最後のピースだ。高認試験の後でも、私は一時学部をやり直すことを諦めて出身校に連絡しようとした。向こうは昔と全然変わらず、つねに私の想像を超えている。複数の部署に電話したが、電話に出る人もいなかった。まるでフィクションで、最初から実在しないようだった。

夜間か通信か

社会人としてちゃんと勉強できる大学についていろいろ調べておいた。とくに夜間大学が魅力的で、転勤が決まるまで実はすでに埼玉大学経済学部に決めていた。埼玉大学と10分以上の長電話をし、高校卒業証明書の件を交渉できた。卒業証書の原本を見せれば特例として出願させてもらえた。

大阪転勤が決まり、埼玉大学への出願が中断せざるを得なかった。関西地方は一見首都圏と大差ないかもしれないが、実は大学の数は遥かに少ない。その中でさらに夜間学部まで絞るとわずかしか存在しない。そのわずかな大学のアクセスも便利とはいえず、例えば確かに滋賀大学も夜間学部を設けるが、大阪市内からその最寄駅の彦根駅まで片道1時間以上もかかる。

関東と関西往復する生活、将来的に海外転任の可能性もあるからもはや通信大学という一択である。具体的に、唯一限りなく通常の大学と同レベルの教育・資源にアクセスできる慶應通信しか考えられない。慶應通信の選考は志望理由と720字程度の書評しかないが、卒業の難しさに知られている。それこそ、学歴の品位を保てたと思う。キャンパスも現住所から数駅程度で、アクセスがいい。

欲張り

実は、経済学で東大博士号を取る以外にも、他に勉強したいことがあるのだ。とくにMITの通信プログラム「MicroMasters Program in Statistics and Data Science」に強い興味を持っている。より実務的、先端的な知識だから、これからいずれ業務で応用できそうだ。

しかし、学費に少し困ったものだ。慶應通信は20万円で、MITも15万円がかかる。現に1つだけ選んでもその分の学費の捻出は容易ではないのだ。

「がんばり屋だから優秀」(ネタバレ有り)

12月3日金曜日、私は予定時間ギリギリまで上司の指示に対応できて会社から出て銀座方面に向かった。銀座はすでに私の「庭」ではなくなり、馴染んだ町並みを眺めてかすかな寂しさを感じた。でも、今日に限ってそれはどうでもいい話だ。

今日はARIA新プロジェクトの最終編「The BENEDIZIONE」が公開する日だ。前回「The CREPUSCOLO」の時と違って、私は公開1ヶ月前からこれを意識して初公開の日に見ようと決めた。カレンダーに公開日を入れたものの、舞台挨拶の予約日を間違えて見逃した。

前作を観たものの、やはり新世代3人組に馴染まない。名前ですら覚えてなく、キャラだけうろ覚えしている。でもそれでいい、特に嫌な感じがしない。「中堅管理職」になった灯里、愛華とアリスの三人組(ワンオペのARIA Companyを担った灯里さんは実質社長なんだけど)にも少し違和感を覚えた。しかし、ネオ・ヴェネツィアという世界の雰囲気は全然変わっていない。原作から20年間も経ったというのに、これほど巧妙に世界観を保てる作品は稀だ。

今回の最終章は個人的に一番響くエピソードだった。いつもの「ARIAを観て心を洗う」と違って現実的なディスカッションがあった。姫屋の晃・藍華を中心に家柄、才能と努力の葛藤を描いた。第一世代3人組の中で唯一の「凡人」の晃さんだから、もちろん努力が肯定された。晃さんが自分の昇格試験を回想するシーンが一番印象的だった。試験の後、クイーンに「あなたは優秀なのにがんばり屋さん」を言われた晃さんは「がんばり屋だから優秀なんです」と答えた。

「がんばり屋だから優秀」、心に響く言葉だ。現役のARIAファンはおそらく若くてもそこそこ歳を取っているから、かなり刺されると思う。社会に出て、いや、学生時代にもすでに感じたはずだ。世間には才能や家柄に恵まれる人はたくさんいることだ。そういった人たちと比べて、何をしようとする時どうしても苦労する。時に、凡人にとって唯一の道である努力でさえ否定する酷い人も居る(家柄や才能を持つ者もそれなりに努力するのに)。

社交辞令の時が多いと思うけど、私も学生時代から周りに「優秀」とか「頭がいい」とかを言われる。私に言わせてもらえば、本音として全然そう思わないし、言われたら逆に穴に逃げたくなる。その「優秀」の裏にまさに「努力」の他ならない。誰もいない校舎でひたすら単語帳を暗記したり、休日のサービス残業や自己研鑽、そのほとんどは力業である。「がんばり屋だから優秀なんです」、晃さんは私の気持ちを代弁してくれた。

今回のARIA新作は自体はもはや奇跡的と言っていいほどのものだから、ARIAは本当に完結してしまったかもしれない。新世代の視聴者に媚びず、昔の価値観を維持するにビジネスとして成り立つのが難しいし、物語自体も限界に達しつつある。キャラクターたちの世代交代が行われているが、新世代を中心に何か劇的な展開ができるのか、世界観を壊さない限りに至難の業だろう。

エンディングロールにTVアニメのワンシーンが流れていた。在りし日の幸せを眺めて、私は「終わらないで(離れないで)」の言葉で胸いっぱいになった。時間の流れは私の意思に関わらず過ぎていき、やがてシアターが明るくなって退場を迫られた。私は別れの寂しさを抑えながら、駅に向かってつれを迎えていった。

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新大阪活動報告②勘違いの塊

経理部の業務引き継ぎがついに本格的に始まり、この1週間に濃密な生産的活動に没頭していた。会計ソフトはもちろん使うが、主にExcelを中心に作業している。嫌なほど抵抗感を覚えたわけではないが、わくわくするほど好きでもない。私にまだ経理の醍醐味を知らない。

着任してから2ヶ月も経っていないが、経理ないし監査法人等を含める士業にかなり勘違いを持っていたことに気付いた。

経理部と監査法人

一番ショックを受けたのは事業会社の経理部は監査法人や税理士法人のような会計系コンサルより別段劣っているわけではなく、少なくとも平行的な関係であることだ。

事実、同僚の中でBIG4監査法人出身者が何人もいる。中には海外のコンサル経験者もいるらしい。もちろん、着任早々いきなり先輩たちに「なんで監査法人をやめて事業会社に?」のような渋い話を聞いたらまずいので、まだその中の事情を把握していない。事業会社の業種にもよるけど、元々監査法人の給料もさほど事業会社より高くないし、福利厚生の部分を加味すればほぼ同程度のように思える。

(主に有資格者の)経理部員にとって、監査法人は「もう1つの選択肢」になれても、キャリアアップのオアシスではない。監査法人神話はあくまで一部のシチュエーションに限った話であった。

経理部と資格

経理部の仕事は資格を求めないし、資格に集中しすぎるとむしろ上司に叱れる。前記の通り、経理の実務は会計ソフトとExcelに依存しているから、会計知識ゼロであってもなんとなく業務をこなせる。本質的な部分は全部パソコンがやってくれたから。グラウンド業務を担当する若手のうちに、下手したら会計資格を持っているのは私だけかもしれない。

必然的にCPAの勉強はまた風にあたってしまった。しかも本丸だと思った経理部で否定されるなんて思いもしかなった。CPAの勉強は「趣味の領域」に叩き出されて、本当の趣味にしわ寄せしてしまう。私の数少ない世間的に趣味らしい趣味たちは闇に葬られた。

経理部と私

学生時代にかろうじて2単位の会計学しか会計に触れていなかった私はもちろん最初から会計士を狙っていたわけではない。経理職と無縁の両親に押し付けられた経験もあって、むしろ敬遠する時期があった。

限られていた選択肢の中で経理に踏み切った自分だが、後悔の思いももちろんあった。しかし、民間企業で活動する以上、同時に語学と専門知識を活かせる文系的部署は、思えば経理部しかないし、経理部が最適な選択肢に違いない。

時々もっと得意そうで、比較的にわくわくする情報系の学部に入ってシステムエンジニアかデータサイエンティストになればよかったかと悩む。一方、得意だと思ってもあくまで素人としての感想であって、いざプロの世界に入ると中の下という可能性も否定できない。

何れにせよ。29歳の自分にはすでに前に進むしか全うな道がないのだ。