年下の先輩、気にしない

職場には2つと1つ年下の先輩がそれぞれ1人居る。先輩と言っても決して1個上のものではなく、5個以上である。私は高校1年留年、高卒して1浪をし、加えて大学院に進学するために3年間がかかり、結果的に学部卒でそのまま就職する同年代の人より少なくとも5年の遅れを食らっている。少数精鋭の専門職だから、5年の遅れを背負っても年下の先輩にまだ2人しか出会っていない。

年下の先輩に関して、私は気にしない。出遅れの惜しみや危機感があるが、少なくとも先輩本人には嫉みを絶対持たない。だって、相手は自分より前に進んでいるから、自分より強いに決まっているではないか。同時に、あの時に留年さえしなければ、大学院さえ行かなければという気持ちも皆無だ。

なぜ?まず高校1年の時に留年しなかったらまず退学になってしまう。「もっとちゃんとすれば」とかも絶対無理、誰も私を助けてなかったから、思春期の自分に何ができるというの?浪人も同じ、高校の受験生活をフルコミットしてその有様だ、後悔することはない。浪人だろうが、そのまま来日できたとしても、日本語学校に入ってその1年はどの道潰されるのだ。では、大学院はどうかな。確かに島根に居た時の自分にとって、全力で就活をやってたら、中堅企業ぐらい受かったかもしれない。それで納得できたかというと、言い切れない。

今の状態はすでに最適解ということは自明だ。当たり前だったことは1つもない。しかし「当たり前ではない」という事実に関して、私はよく忘れてしまう。典型的な一例として、日本人が当たり前のようにできること、経験したこと、例えば義務教育時代の記憶などに私は羨んでいた。日本人並みに何かができない時に、もっと早く日本に来ればよかったと、両親を責めたり、深刻に悩んだりしていた。24歳の誕生日の直前に初めて来日した事実から目を逸らして。

私は人と比べることをやめた。いや、5年のハンディを抱えたらそこはもうどのように気になっても仕方ないだろう。人より出遅れだった事実を銘じて、キャリアへの工夫を通じてそのギャップを縮ませようとしたい。そして自分の生活、自分やりたいことだけに集中する。

「がんばり屋だから優秀」(ネタバレ有り)

12月3日金曜日、私は予定時間ギリギリまで上司の指示に対応できて会社から出て銀座方面に向かった。銀座はすでに私の「庭」ではなくなり、馴染んだ町並みを眺めてかすかな寂しさを感じた。でも、今日に限ってそれはどうでもいい話だ。

今日はARIA新プロジェクトの最終編「The BENEDIZIONE」が公開する日だ。前回「The CREPUSCOLO」の時と違って、私は公開1ヶ月前からこれを意識して初公開の日に見ようと決めた。カレンダーに公開日を入れたものの、舞台挨拶の予約日を間違えて見逃した。

前作を観たものの、やはり新世代3人組に馴染まない。名前ですら覚えてなく、キャラだけうろ覚えしている。でもそれでいい、特に嫌な感じがしない。「中堅管理職」になった灯里、愛華とアリスの三人組(ワンオペのARIA Companyを担った灯里さんは実質社長なんだけど)にも少し違和感を覚えた。しかし、ネオ・ヴェネツィアという世界の雰囲気は全然変わっていない。原作から20年間も経ったというのに、これほど巧妙に世界観を保てる作品は稀だ。

今回の最終章は個人的に一番響くエピソードだった。いつもの「ARIAを観て心を洗う」と違って現実的なディスカッションがあった。姫屋の晃・藍華を中心に家柄、才能と努力の葛藤を描いた。第一世代3人組の中で唯一の「凡人」の晃さんだから、もちろん努力が肯定された。晃さんが自分の昇格試験を回想するシーンが一番印象的だった。試験の後、クイーンに「あなたは優秀なのにがんばり屋さん」を言われた晃さんは「がんばり屋だから優秀なんです」と答えた。

「がんばり屋だから優秀」、心に響く言葉だ。現役のARIAファンはおそらく若くてもそこそこ歳を取っているから、かなり刺されると思う。社会に出て、いや、学生時代にもすでに感じたはずだ。世間には才能や家柄に恵まれる人はたくさんいることだ。そういった人たちと比べて、何をしようとする時どうしても苦労する。時に、凡人にとって唯一の道である努力でさえ否定する酷い人も居る(家柄や才能を持つ者もそれなりに努力するのに)。

社交辞令の時が多いと思うけど、私も学生時代から周りに「優秀」とか「頭がいい」とかを言われる。私に言わせてもらえば、本音として全然そう思わないし、言われたら逆に穴に逃げたくなる。その「優秀」の裏にまさに「努力」の他ならない。誰もいない校舎でひたすら単語帳を暗記したり、休日のサービス残業や自己研鑽、そのほとんどは力業である。「がんばり屋だから優秀なんです」、晃さんは私の気持ちを代弁してくれた。

今回のARIA新作は自体はもはや奇跡的と言っていいほどのものだから、ARIAは本当に完結してしまったかもしれない。新世代の視聴者に媚びず、昔の価値観を維持するにビジネスとして成り立つのが難しいし、物語自体も限界に達しつつある。キャラクターたちの世代交代が行われているが、新世代を中心に何か劇的な展開ができるのか、世界観を壊さない限りに至難の業だろう。

エンディングロールにTVアニメのワンシーンが流れていた。在りし日の幸せを眺めて、私は「終わらないで(離れないで)」の言葉で胸いっぱいになった。時間の流れは私の意思に関わらず過ぎていき、やがてシアターが明るくなって退場を迫られた。私は別れの寂しさを抑えながら、駅に向かってつれを迎えていった。

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新大阪活動報告②勘違いの塊

経理部の業務引き継ぎがついに本格的に始まり、この1週間に濃密な生産的活動に没頭していた。会計ソフトはもちろん使うが、主にExcelを中心に作業している。嫌なほど抵抗感を覚えたわけではないが、わくわくするほど好きでもない。私にまだ経理の醍醐味を知らない。

着任してから2ヶ月も経っていないが、経理ないし監査法人等を含める士業にかなり勘違いを持っていたことに気付いた。

経理部と監査法人

一番ショックを受けたのは事業会社の経理部は監査法人や税理士法人のような会計系コンサルより別段劣っているわけではなく、少なくとも平行的な関係であることだ。

事実、同僚の中でBIG4監査法人出身者が何人もいる。中には海外のコンサル経験者もいるらしい。もちろん、着任早々いきなり先輩たちに「なんで監査法人をやめて事業会社に?」のような渋い話を聞いたらまずいので、まだその中の事情を把握していない。事業会社の業種にもよるけど、元々監査法人の給料もさほど事業会社より高くないし、福利厚生の部分を加味すればほぼ同程度のように思える。

(主に有資格者の)経理部員にとって、監査法人は「もう1つの選択肢」になれても、キャリアアップのオアシスではない。監査法人神話はあくまで一部のシチュエーションに限った話であった。

経理部と資格

経理部の仕事は資格を求めないし、資格に集中しすぎるとむしろ上司に叱れる。前記の通り、経理の実務は会計ソフトとExcelに依存しているから、会計知識ゼロであってもなんとなく業務をこなせる。本質的な部分は全部パソコンがやってくれたから。グラウンド業務を担当する若手のうちに、下手したら会計資格を持っているのは私だけかもしれない。

必然的にCPAの勉強はまた風にあたってしまった。しかも本丸だと思った経理部で否定されるなんて思いもしかなった。CPAの勉強は「趣味の領域」に叩き出されて、本当の趣味にしわ寄せしてしまう。私の数少ない世間的に趣味らしい趣味たちは闇に葬られた。

経理部と私

学生時代にかろうじて2単位の会計学しか会計に触れていなかった私はもちろん最初から会計士を狙っていたわけではない。経理職と無縁の両親に押し付けられた経験もあって、むしろ敬遠する時期があった。

限られていた選択肢の中で経理に踏み切った自分だが、後悔の思いももちろんあった。しかし、民間企業で活動する以上、同時に語学と専門知識を活かせる文系的部署は、思えば経理部しかないし、経理部が最適な選択肢に違いない。

時々もっと得意そうで、比較的にわくわくする情報系の学部に入ってシステムエンジニアかデータサイエンティストになればよかったかと悩む。一方、得意だと思ってもあくまで素人としての感想であって、いざプロの世界に入ると中の下という可能性も否定できない。

何れにせよ。29歳の自分にはすでに前に進むしか全うな道がないのだ。

高認試験受験所感

生活基盤はすでに応募した時と比べてだいぶ違って、とても「趣味」の範囲から出られない高認試験を受けるところではなかった。負けず嫌いな自分に敵わず、渋々朝早く試験会場に向かって結果的によかったと思う。

いろいろ訳あって高校の学習を全うできなかった少年・少女たちを救済する意味合いの強い試験だから、出題の量も難易度も総じて甘かった。日常で使う日本語=国語や、大学まで触れていた数学、政治・経済系科目はもちろん、「科学と人間生活」も一般常識だけでなんとかなりそうな試験だった。その中で物理基礎だけが結構タフなイメージであって、1ヶ月前に教科書を一周しただけの自分は苦戦を強いられて、合格できないかもしれない。

試験の本質

少なからず試験の本質を悟ってきたような気がする。結論から言えば、試験は受験した時点の学力しか測れず、それ以上でもそれ以下でもない。文系出身だったが、私は理系が大好きだったし、物理の成績も一貫してよかった。上記の教科書の一周以外、高校以来物理に触れてなくて公式などがとっくにさっぱり忘れていた。昔の大学受験の時の成績とか、資格とかで自慢する人を結構見かけるが、今まで過去の栄光に囚われて前に進まないことにならないに謹んで自慢したい気持ちを控えてきた。今日は再び、別の角度でその無意味さを認識できた。

優れる義務教育

気になっていることとして、国語の試験で学生同士のディスカッション系が多くて就活のグループディスカッション(GD)を彷彿させられた。就活にGDがあったのは、元々義務教育からそういう内容を教わった(もしくは体験させられた)からではないかと勝手に推測している。つれから聞いた日本の高校の話を鑑みてその可能性が低くない。結局、以前不思議に思えていた日本人の凄さ、普遍的に強い生活力と集団活動力はあくまで学校で習得したとこで、特にその本人と両親の意識が高いために限らないみたい。

高認試験の意味

私にとって高認試験は大学に戻るに役に立つし、日本社会とのつながりを強める面でみても決して無駄ではないと思う。今更日本の義務教育を追体験することができないが、高認試験を通じてその一部のかけらを窺えた。外国人に向ける日本語能力試験を超えて、実際日本人と同様に国語の成績を持つことで、これからいざという時に説得力も増すでしょう。高認試験に興味を持つ外国出身者がいても、実際わざわざ受験までする人はそうそう居ないはずだから、私は日本社会の結構ディープなところまでたどり着いているような気がする。

新大阪活動報告①報告すべき件なし

内示から2ヶ月間が過ぎたが、今のところは上司に予告された通り、とても暇である。一時出社した時期もあったが、在宅勤務であればほぼ有給休暇に等しい。新入社員に逆戻りしたと言っても過言ではない気分だが、2年弱の社会人をやって1年以上平気に「放置」されてきた。しかし、毎月決して低くない給料を支給されるから、不思議に思って仕方がない。

経済学出身のせいだろうか、私はつねに無意識に物ごとを経済学的損得勘定で考えてしまう。考えてみてください。修士まで18年間以上の教育を受けてきて、そのほとんどが国公立でつまり税金で賄われていたわけだが、来月29歳もなる私はろくにその分の価値を社会に還元できていない。しかも、卒業以来私は給料分だけの仕事をしていない。若ければまだしも、昭和10年の平均余命にするともはや半分の人生が終わっていることだ。

税金、親からの投資と個人の努力によって得られた知識、スキルと思考力は宝の持ち腐れにされている。新卒の大学生よりアドバンテージと言えるところはせいぜい歳を取って落ち着いているしかない。一定期間において安定的なパフォーマンスを発揮できる機械と違って、そういった知識やスキルは肉体とともに劣っていくのだ。知識とスキルは使わなければいずれ忘れ去られる。多様な刺激を受けなければ、考え方も狭くなったりして変な方向に偏りかねない。

この不合理さこそ日々私を苦しめる根のもとである。なかなか承認欲求・自己実現欲求に満たせない位置に置かれている。「これから」、「誰でもそうしてきた」を言われても、人生の半分、肉体のピークが過ぎているのに、一体いつから「コスト」に見合う生産的活動ができるのだろう。

渋谷時代の終わり

なかなか予想できなかったが、やはり私の渋谷時代は終わったと思う。住む場所に限らず、キャリアから家族まで、ライフスタイルは隅から隅まで大きく変わっている。人生の1つのターニングポイントを迎えていると言えよう。

この時期は私の最後の学生時代であり、受験勉強に限らずに幅広い活動が恵まれた青春の終電である。おおよそ4年間の日月にこれから人生の過ごし方が決定された。この4年間において全ての経験と出会いが大事であり、無駄にした時間や特段後悔になりうることはほとんどなかった。

この渋谷時代の終わり方について、いくつかのシナリオを想定していた。渋谷の大学に通うつれの卒業をきっかけに新しい時代を迎えるか、新入社員のグレードから普通社員に昇格するタイミングで青春とお別れを告げるかと考えていた。皮肉にも、その決定権は結局私になかった。

笹塚

複数の引越しを経験してから振り返ってみれば、笹塚のアパートは少しボロいが立地と設備がよくてとても住みやすかった。私は長い間に東京に興味がなく、九州を中心に活動しようとしたから、東京に関して渋谷以外は全くイメージが付かなかった。拠点を検討したとき、朦朧として渋谷区を限定にした。

最寄りの京王線を使って1駅で新宿に着く。ビックロやTOHOシネマズはほぼ家の近くにある感覚だった。コロナ以前定期的に映画館に通う自分として大変助かった。渋谷に行くために明大前で井の頭線に乗り換えるが、そんなに苦に思えない。駒場だったら、井の頭線に乗ってもいいし、自転車で行くことも少なくなかった。すでにつれに譲ったチャリに今も当時駒場の駐輪シールが貼っている。

笹塚周辺のコンビニで1年間弱働いていた。当時は4軒のコンビニに応募したが、一発でこのコンビニに決めた。青森出身の店長のやや珍しい訛りに親切さを覚えたし、「後ほど電話」ではなく、その場で採用を決めてくれた。仕事をこなせばとくにやり方を押し付けないことや、お客も他のバイトも地元の住民がほとんどだったから、滅多にトラブルがなくてマイペースの自分でも馴染んでいた。

神社研究会

当時の私は今より信仰心が深く、神道と神社に傾倒していた。神主になることも目指した。普通の人には理解しがたいかもしれないが、人は極端な環境に置かれて限界に追い込まれると現世より「上」の世界に救いを求めることになる。私はその状態で神社研究会に入った。

もちろん、神社研究会はあくまで神道のテーマを文化的、学術的に扱っている団体で、在籍していた時に宗教的な活動は一切なかった。どちらかというと、旅行サークルより近いではないかと思う。想定したビジョンと少し違うが、日本式サークル活動を体験・勉強するためにそれなりに活動していた。

学園祭(駒場祭・五月祭)、コミケ出展と合宿、いずれも私にとってアニメにしか存在しないはずのイベントはリアルでハイレベルで体験できた。非日本人かつ非駒場出身、加えて社交的でもない、異類だった私を容認し、面倒を見てくれたメンバーたちに今でも感謝と申し訳ない気持ちを持っている。あの時はもっと積極的に活動できれば、もっと自然に振る舞って馴染めば、と思ったことはなくもないが、やはり当時の自分にとうてい難しいことだと思う。

Y神社

Y神社との関わりは完全に運命の流れだった。Y神社があって、今の生活があると言ってもいい。私のつれ、大事な友達たちはいずれY神社の関係者だった。そのセンシティブな政治的属性に覆われる裏に、至って普通の神社だった。むしろ、一般の神社より世俗化されており、大企業のように感じた。

神社での勤務、特に徹夜に伴う大晦日はとくに別のアルバイトより楽にならないはずなのに、全然嫌にならない。むしろ、普段のストレスまで癒やされているような気がした。とにかく参拝者も、従業員も全員優しくて、疲れることがあってもイライラする人がいなかった。皆さんと一緒に食堂で駅伝を観ながら、おせちを食べる時間はとても懐かしい。

社会人になってタイミングよく友達と御霊祭に行く時、私は半分冗談で「オレの前世は絶対大陸で戦死した日本兵だ」と言った。現実的に考えると、ずっと独りぼっちだった自分はY神社という空間・集団に隔てなく受け入れられ、周りとの一体感が高まったのは安らぎを感じた理由かもしれない。

日本橋

社会人になり、通勤の便利さから、しぶしぶ笹塚から日本橋に引っ越した。絶対いつか笹塚に帰るのだと思いつつ、ほとんどすぐ都心ライフに「負けた」。住宅街の安いアパートから都心の高級マンションに一気に上がって多かれ少なかれ気分が浮いていた。これに関して私は素直に認める。東大に受かった直後に感じた「全能感」を超えて空虚ですら覚えた。

職場も徒歩圏内にあるため、私の活動範囲は急激に狭まった。ちゃんとしたスーパーがないが、特殊なマルエツ、成城石井と高島屋があるから、たいていのものが揃っていた。夜遊びが増えて、頻繁に女性を銀座の店に誘ったりしていた。こんな地に足がつかない生活は半年程度続いていた。

つれとの同棲生活が始まったごろから、私の浮いていたこころは徐々に静まってきた。コロナもあって夜遊びをやめて銀座にはもう滅多に行かない。その代わりに日本橋により馴染んだ。八重洲方面に何の店がだいたいどこにあるかを言えるようになったし、昔ながらの店にもよく顔を出すようになった。こんな平凡な日常を送る最中に急に大阪への辞令が出た。

終止符

悩みと苦しみもあったが、私の「渋谷時代」は楽しかった。人生のステップアップは人より若干遅れて、苦しんだ時期も長かったけど、「終電」とはいえ、このレベルの青春を楽しめてペイできていると思う。

運命の歯車はまた回り始めて、浮いていた体が地面に叩きつけられた。会社と家族といった絆ができて、これからの人生はどこに向かっているかもはや自分で決めることではなくなった。

永住権の審査に通りました

いまだに実感が湧かないのですが、永住権の審査が無事に通りました。これから無期限に日本に住むことができますし、選挙権や被選挙権など一部を除き、国内において日本人と同じ扱いになります。

今回の永住権申請は高度人材制度を利用したものです。実際点数が付けられますし、今まで自分の人生に対する評価、一種の成績表として捉えられます。永住権というより、在留外国人の頂点「高度専門職2号」に認定されたのは一番嬉しいです。

いわゆる「母国」に居た時に、どんなに努力しても正当に評価されない経験がありました。必死に実績を作っても報われないだけではなく、かえって罰を受けたことでさえあります。こんな歴史があったからこそ、私は公平に評価してくれる日本に感激し、幸運に思います。

生活が変わり、立場も変わり、私の本心は変わりません。これからも日本社会において自分の役割を果たしていきます。走れなくなるまで、自分なりの形で最大限自分の価値を絞って周りの方々、ないし社会に捧げます。

日本に住む権利を確保したとはいえ、本質が変わっていません。引き続き、いち早く外国籍を離脱し、日本国民の一員になれるように努めます。

ワークフロー改革

社会人1年目の時に、コロナによる混乱や会社の育成計画にも問題があって、仕事の量はさほど多くなかった。業務時間を使って読書したり、内職したりすることもできて、給料をもらいながら、あまり学生時代と変わらないライフスタイルを維持できていた。

しかし、1年目の終わり頃にコロナ下の体制が落ち着いてきてつに私に次から次へ業務をアサインしてきた。一人暮らしも終わって、生活環境が極めて短期間で急激に変わっている。従来のワークフローはますます通用できなくなってきた。4月からいつくかの改革を進めて少し効果を得られてきた。

■お金がない VS 時間がない

問題の原因は特に新しいものではない。社会人は学生より時間が少ないとのことだ。「真面目な大学生も忙しいよ」と主張する方も多いし、私もそのうちの1人だった。でも実際自ら経験したら、その「忙しさ」はやはり同じ概念ではないと思う。

まず学生の時間は断片的であり、勉強、部活やアルバイトなど、多彩な活動の集合体だ。一方、社会人の時間は比較的に集約されている。活動内容がシンプルで、仕事とプライベートという2語でまとめられる。

学生の時間は社会人より自分がコントロールできる割合が多い。唯一の拘束時間とした講義やゼミも内職可能だし、フルタイムではない。研究と勉強になると、比較的にマイペースで取り組める。アルバイトとサークルは機動的に調整できるから、「しばらく休みたい」、「しない」という選択肢がある。

社会人の一番生産的な時間帯はまず会社に捧げる。一人暮らしだったらまだ余裕があるかもしれないが、その残りわずかなプライベート時間も家族のために使わなければならない。本当に自由に支配できる時間は学生時代より大幅に減る。

学生の時に経済的に豊かではないからどうしても時間よりお金のほうがネックに見える。社会人になってから人生の本質はもはや限られている壮年期に支配できるわずかな時間をどのように有効に配分する「ゲーム」になる。

■「形式主義」の退場

すでに退官した島根時代の指導教員のB先生に「譲れない一線を設けてそれ以外全部譲ってれ」という旨の言葉を言われたことある。私は昔ながら、趣のあるライフスタイルに憧れ、最新のものを受け入れたがらないきらいがある。一番代表的な例はオーディオへのこだわりだった。スマホで音楽を聞くことを忌避し、意地でWalkmanを使う時期があった。実際ほとんど違いがないのに、そうした方が「由緒正しい」と思い込んでいた。これから徐々にこの「形式主義」を退場してもらう。

●万年筆とメモ帳を捨て、iPad中心のワークスタイルに

社会人1年目に、私は主に3本の万年筆とB5サイズのメモ帳で会議に臨んでいた。真剣にメモをしている新入社員を演出できても、その実態が酷かった。まずスムーズに会議のペースにおいつけたことはほとんどなかった。そこそこ要点を書いたとしても、殴り書きしたものだから、自分でも読めない時がある。あまりにも意味を感じられなくて、今年度から完全にiPadに移行した。

キーボードは「Smart Keyboard Folio」を使っている。打ちやすくて音があまり立たない。「Magic Keyboard」のほうがもっと打ちやすく、トラックパッドも付いているが、「Folio」みたいに360度開くことができないため、実務上Apple Pencilでメモを取ることができないと考えたほうが無難だ。

ノートアプリはOneNoteをメインに使っている。各デバイスでリアルタイムに同期してくれて助かる。会議や打ち合わせのメモは基本的にiPadで打つことになった。OneNoteはノート機能だけではなく、付箋機能も付いている。Todolistとか直近の注意事項とか、締切を含めて特に気を配るところをそこに書く。単にカレンダーに入れてもまとめて見れなくて全体像を掴みにくい。ただ、Macでは付箋を閲覧できないのは唯一の残念だった。

iPadのWordとPower Pointは機能が不完全ながら、ある程度の実用性が備えられている。応急措置として素早くレポートや発表スライドを作成することは可能だ。作成できたら、Gmailなどのメールアプリで社内アドレスに送ればそのまま使っても良いし、パソコンで少し様式を整えても良いでしょう。

●スマホ作業を許容

これに関してTwitterでもつぶやいたことがあるが、基本的に小学校から20年間ずっとパソコンで作業してきた自分のような価値観が古い人にとってスマホで長文を打つことにどうしても違和感を覚える。しかし、昨今スマホだけでレポートなり、卒論なり、平気に数万字を打てる大学生がたくさんいる。

たくさんの人ができていることは、自分ができるはずがない。スキルというより、先入観や思考の慣性によって縛られていると思う(と思いたい)。試しにスマホで長文を打ってみたけど、たしかにパソコンやiPadなど、ちゃんとしたキーボードで打つより効率が悪いが、そこまで苦労でも言えない。電車に乗る時間など、適宜な作業環境がない時にその時間を無駄せずにマイナーな作業をしたり、ブログを書いたりするぐらいなら十分に生産性を出せる。

前に記載したiPadのOneNoteのすべての機能はiPhoneも使える。極端な例だが、品川駅で歩きながら、片手のiPhoneでZOOMに参加して、もう片手で一生懸命OneNoteにメモを打つ経験があって、スマホ作業の有効性は実務で検証できた。

●ファイルは業務別で格納

パソコンのファイル整理について私は最初そんなに大事にしなかった。雑に「ドキュメント」フォルダーに投げるか、せいぜい担当者別に分けるくらいだった。記憶がまだ鮮明な時ならば、いつでも必要なファイルを引き出せるが、2週間でも経てばおそらく忘れてしまう。先輩が居ればもう一度聞くとなんとかなりそうだけど、1人である業務を担当するようになったら間違いなく話にならなくなる。

先輩がいつか予告なく異動されてすべて経験した業務が自分1人でやらなければならないという最悪な事態を備えて今年度から「業務別」でファイルを管理するようにした。具体的な例として以下のようなフォルダーを作ることだ。

01.ルーチン業務、02.〇〇部門業務、03.✕✕チーム業務…
(番号を付けて名前でソートすれば好きな順番で並べてくれる)

これによってその業務に関するファイルは全部一箇所に収納されるから、忘れてしまっても必要な時にそれらのファイルを眺めながらメモもチェックすれば記憶が蘇ってくる。

●作業にストップウォッチ

あらゆる作業にストップウォッチを付けている。ある作業にどれぐらい時間を掛けたかというより、やる気のオン・オフスイッチとしての役割が大事なような気がする。ちなみに、作業時間の可視化によって自分が集中できる時間は思ったよりずっと短かった。1日頑張ったかと思ったら実働時間はせいぜい5時間程度だった。それでも、Twitterを覗いたりして、そういったプチサボりもカウントされている。とはいえ、海外の記事によると、1日仕事に集中できる時間は平均3時間程度だから、合わせて5時間に集中できたらそれはもう生産的かもしれない。

使っている時間管理アプリはaTimeLoggerと国産のStudyplusだ。aTimeLoggerは細かくタスクをカスタマイズできて、データのエクスポートもできる。主に仕事で使っている。最大な懸念点は、運営側がすでにこのアプリから手を引いているらしい。これからメンテナンスされるか怪しい。Studyplusは勉強に特化した管理アプリで、主に中高生がターゲットみたい。仕様上勉強に限らず、色んなシーンで使えるけど、当面資格勉強のために使っている。Studyplusのことを教えてくれたのはTwitterのれんさ球菌さん(@streptocoooccus)だった。

時代から目を背ける私が間違っているのか

会社の名前が変わる。由緒正しき名門が幕を閉じ、グローバルを主張するカタカナ表記に生まれ変わる。グローバルを称して、次々とカタカナ名をつける風潮を蔑んできたが、あくまで他人事であった。今回とうとう自分事にされ、嫌でもぐっと呑み込むしかできなかった。

来日して以来、私が好きな日本の特徴は少しつづ消えてきた。コロナ禍のために、それがさらに急速になり、感情的にとても追いつけそうにない。PS5のボタン配置が海外仕様に統一されるとか、外国製EVが日本上陸とか、そういったニュースを見る度につらい気持ちになる。日本は世界の中心から離れ、どんどん異国の色に染まっているように見えた。

フレンチ、輸入車と欧米文化で盛り上がる「一般的な日本人」より、日本の色にこだわる私はもはや変人とも言える。和装で闊歩するなんて、新参者の勢いがないとなかなかできなかった。もし「日本好きの外国人」という身分だけで満足できればそれも悪くなかったかもしれない。一般的な日本人を目指せば、そこで同調しなければらちがあかない。

私だって和食よりイタリアン、国産車よりフィアット、休日があればNYと思う時がある。しかし、自分の中でそれらの考えが悪い、裏切りとしてよく捉える。大好きな日本への裏切り、あえて日本を選んだ過去の自分への裏切りなのだ。日本への愛情表現のつもりだったこだわりだが、どうも周りに理解されないし、時代に逆らっているかですら思える。

林一さんの論文で、日本の会社名のカタカナ化について分析し、その理由を「今日を生き延びためには過去の制約を過去は過去としてクールにかつドライに否定し、明日の飛躍を期すためにはより自由な存在でありたい」と説明してくれた。「(歴史、文化など)…すべて過去のものであり、現在、将来の足枷ともなる」という言葉はとくに心を打たれた。

私は「過去の日本」が好きだ。このために私は自分に縛りをかけていろんな可能性を潰した。後悔はしないが、今日を生き延びるために、そろそろ「現在の日本」と向き合わなければならない。

外国製品を買いすぎて罪悪感を覚えてしまった話

最近久々新しいイヤホンを買った。ドイツ老舗ゼンハイザーのIE40proというエントリーモデルだった。ヨドバシカメラで2時間をかけて色々試して選んだし、イヤホン自身に文句がない。IE40proの他、ソニーの業務用イヤホンEX800STも検討していた。試聴できなかったことや、IE40proより2倍高い(といって1万円)わりに音質が大して変わらないから判断して見送った。コスパで考えれば極めて合理的な選択をしたと思うが、かなり後悔している。

少し高いかもしれないが、より優れる国産品があるのに、外国製品を選んだ自分はみっともなく覚えてきた。この1件に限らず、最近どんどん日本ブランドから離れているような気がする。スマホ、タブレットとパソコンは次から次にAppleに切り替えただけではなく、洋服も海外の某ブランドにハマりつつある。食材でさえ、イタリアからの輸入品がかなりの割合を占めてしている。この間、車の購入を検討する時にも、フィアットかベンツ、国産メーカーを最初から外してしまい、車好きな友達に何度もディスされていた。

実際昔は国産メーカーを優先に選ぶようとするマイルールを設けていた時期がある。スマホやパソコンなど一部多少使いにくくても、我慢していた。そのルールを諦めたきっかけは、iPhoneを使う神主がたくさんいることを知ったのは1つ、そして就活からのストレスだった。日本人でもさほど国産品にこだわっていないのに、変に貢献しようとする自分がバカバカしく見えると思った。

iPhoneとかパソコンとか、国産メーカーの中にそれに相当する代替品がないから仕方がないとして、最近自分の態度は明らかに行き過ぎた。普通の日本人であれば、自分のお金だから、国産品だろうか、輸入品だろうか、どこに使うかその人の自由である。私の場合はどこがいけなかったのかというと、自分の立場を理解していないところなのだ。特に有能ではない、居場所もない、かろうじて日本から身を置く場所を頂いたよそ者として、最初からそういう虫のいい話を言う立場を有しない。そもそも、例え自分がもらった給料でも、自分のお金ではなく、日本という共同体が授けてくれた恩恵だ。

これから態度を正すべく、お買い物をする時はもちろん、日本社会に貢献することを忘れずに意識しながら生きていく。