「帰省」、「帰国」と「最終的に帰る?」FAQ

年末が近づくとともに、「帰る」に関する話題や質問は異様なほど増えてきました。1人の成人として、そういう風に聞かれるとよほど情緒が不安定ではない限り、まともに答えますが、素直にうるさいと思います。特に明らかに帰省の時期ではなくてもやけに「帰る?」、「帰る?」と聞いてくることがあって、外国人相手ですから無意識でも聞きたいかもしれません。その気持ちが分かっても困ります。マニュアル風にFAQでも作ってみます。

Q:年末に帰ります?
A:「帰り」ません。元々正月に向こうの国にいく習慣がないですし、昨今のコロナ事情で出国したら日本に帰れなくなるリスクが非常に高いです。永住権を持つ人でも例外ではないとのことも耳にしたことがあります。当面労働ビザの身としてそこまで「帰省」する必要性を見いだせないです。

Q:でもやはり帰りたいですね?
A:普通に「帰り」たくないです。私、ないし私の両親はそんな絵に書いたような現地文化を貫いてないのは1つです。そして、向こうは事実上、有事の際に帰れる場所ではないです。他の人がどうであれ、私は向こうで生きられなかったから、必死で日本に亡命したわけです。何があったら最低ふるさとに帰れるという前提条件が存在しません

Q:両親に会いたくないですか?
A:そんなに会いたくないです。うちにはうちの事情がありますし、会おうとしても両親が日本に来られますし、韓国などの第三国で会っても当然可能です。なんで私がわざわざ向こうに行かなければならないのか、逆に理解できないです。

Q:最終的に帰る予定ですか?
A:もちろん「帰り」ませんが、何が?私の家は東京にあります。やむを得ない場合でも、向こうの国に「行く」と言うのでしょう。日本に日本人の家族が居て、なんで途中から意味分からない国に行かなければならないですか。「最終的」に行かないのは当然として、普段の出張があってもできるだけ控えます。駐在もしません。

Q:異国に一生を過ごして寂しくないですか?
A:日本(にっぽん)は異国ではありません。私にとってかけがえのない存在であり、唯一の居場所です。向こうの文化より、私は明らかに日本文化の方に馴染んでいます。

Q:もうちょっと居たら帰って?
A:私は概念としての日本に忠誠を尽くしますが、個々の日本人にそのように言われる義理がありません。ちなみに、その言い方はめちゃくちゃ失礼ですが、謝ってください。

ポスト渋谷時代の歩き方④会社がホワイト過ぎて逆に不安、擬似転職を検討

会社がホワイトすぎて逆に不安になりました。自社だけの話ではなく、基本的に業界全体がそのようで、上位の会社であればどこでもさほど変わりません。他業界と比べて全然仕事が少なく、時間にも追われていないです。その割に世間的に高給を貰え、もはや就活の穴場ではないかと常々思います。

コロナ入社組なので、元々未だにテレワークに囚われるところはずでしたが、自分の強い要望から出社の「特権」を得ました。それにも関わらず、人間関係と社内政治から少し負担を感じられたとしても、仕事からのストレスをあまり感じられず、総じて働きやすくて不思議に思えます。もちろん繁忙期もありますが、平日には商社一般職並みの仕事か、暇つぶしかしか大した仕事がありません。

たまたま配属が良かっただけではないかと思いましたが、先輩にいろんな話を聞いたり、同業者の本を読んだりして同じく感じる人は自分だけではないことを知りました。外勤の人たちはきっと辛いだろうと勝手に想像してましたが、結局全国転勤とお客様の機嫌を取る以外、一向に楽だったみたいです。外勤であるだけで手当てを貰えるだけではなく、クルマや駐車代などがセットできます。外勤ですから、施設に訪問しない暇な時を完全に私用で使えます(買い物など)。下手したら我々内勤より快適かもしれません。

このような業界なのですが、最近読んだ本はそれを「楽園」とまで呼びました。この「楽園」は永遠に続けていければ、それもそれで良いのですが、どうも直感に反します。そして、ちょうどこの2、3日、業界最大手の武○薬品がリストラに動き出したニュースがありました。ネットの噂によると、規模は千人程度といいます。外勤中心のリストラとはいえ、内勤スタッフも一応対象者になっています。

私は現状に対してものすごく警戒しています。以前の経験もありますが、この世には「楽園」が存在すること自体を否定しているからです。この現状は、滅亡へ誘惑しようとする綺麗な毒キノコのようなものではないかと考えています。事実、この業界の快適さを慣れた中堅社員はいざリストラされ、他業界では使えないものになることが多いです。

一歩引いて、その革命的思考回路を置いておき、「楽園」の存在を認めるとしましょう。では、簡単なお仕事をして楽にお金を貰ったらそれで本当に良いのでしょうか。他人の前で、胸を張って自分の仕事内容を言えるのでしょうか。

これから、スキルの劣化を防ぎ(もはや大した成長を望めない)、資格勉強のモチベーション維持も兼ねて擬似転職を検討します。本当に転職することに限りないですが、あたかも転職したいように真剣にそちらに向かって様々な準備をします。

もしも大学院時代をやり直せるなら

卒業してからもうすぐ半年になる。試用期間も終わり、フル給料を貰う正社員になった。大学院時代を振り返れば、完全なる「敗戦」を回避できたものの、どうも西ドイツの気分がする。不完全燃焼感を払拭できていない。もしも大学院時代をもう一度やり直せるならどうすればもっと良い結末になれるか、ということを整理してみたい。

前提
正直にいうと、2012年留学案が破綻した時点でもうだいぶ無理があった。両親に全否定されたその日、19歳だった私はまだその意味を完全に理解していなかった。寄宿制予備校での1年間、そして異郷に追放された3年間に、受験勉強と向き合うしか何もできなかった4年間でした。大学院に入ったのは6年後、25歳の私はようやく人並みの生活に戻れた。しかし、就活を除き、自由な時間はせいぜい1年間強しかなかった。このわずかな時間で失われた5、6年間の人生を全部追いつくのは到底不可能だった。この事実を受け入れるとして、他に何か改善できるところがないだろうかと考えてみたい。

就活を最初から真剣に
私は就活を軽蔑していた。日本の就活文化が詳しくなかったが、自分のスペックに変に自信があった。トップランクの学歴、英語を話せる、世間が求める典型的な人材ではないか。応募すれば内定を貰えるではないかと真面目に思った。インターンおよびコンサルの早期選考でほとんど面接に入れなくても状況を疑わなかった。

他人に責任を押し付けるように聞こえるが、やはり先輩や周りの同級生など、相談できる人が居なかったのも大きな原因だった。先輩に聞いても、ロクな返事がなかった。とにかく情報が乏しかった。一方、就活塾というものを早めに知ったが、費用が高い理由で応募しようとしなかった。結局、一番自分の足を引っ張ったのは自信過剰だった。

研究は入学前の夏休みから
以前も言及したことがあるが、私は修士号を無事に取得できたけど、まともな修士論文を書けなかった。研究というのは、別に何々講義を履修しなければできないものではない。研究しながら、必要とされる知識やスキルを磨けば良い話だ。入学前からも、完全に問題なくできたはずだったが、私はそのようにしなかった。

課外活動をもっと広く
大学院時代に、私は1つのサークルしか参加しなかった。それでも珍しく、同級生に学部生メインのサークル活動に関わっていた人はほぼ居なかった。6年間以上の受験生活を送って、私は人と接する感覚を失った。というより、1人を慣れて逆に人と関わるのが面倒くさく思えた。

社会復帰のためにサークル活動を自分に無理をさせた。2年弱の活動で見学としてかなり勉強になったが、グループに全然馴染まなかった。「このサークルに合わないではないか」という発想すらなく、ひたすら「経験がないからしょうがない」と結論をつけて自分側のせいにしていた。1つのサークル一点張りではなく、校内に囚われずにさまざまなサークルを巡ったらさらなる成長ができたかもしれない。

理想を抑え、現実に目を向け
長年の抑圧から、日本によって解放されただけではなく、さらに国の最高学府に入学させられた私の愛日心はもはや頂点を超えていた。これからの人生は、できればダイレクトに国に捧げ、日の丸を背負う仕事に就きたいと思い込んでいた。計画されていたCPA試験を棚に上げ、日銀を始め、外国籍の者でも入社できる政府系機関ばかりにしか目をつけなかった。

当然ながら、一国の政府系機関は外国人を採用するはずもなく、国籍制限を設けなくても特段の事情(異様に優秀など?)がない限り、外国人を採用しないと思われる。政府系金融の日本貿易保険の説明会で「外国人が居ないこと」があたかも良さのように言われたし、その場で人事の方にも確認できた。日の丸を背負う機会は、私に最初から存在しなかった。

前に進むしかない
どんなに後悔しても、大学院時代は戻ってこない。私はいつも通りに誰も待たずに人生の次の段階に進む。2023年、ちょうど30歳の頃に日本国籍の取得作業に入る。3年間だけの社会経験とキャリアを積めばようやく一人前になれるだろう。学生時代と比べてかなり可能性が限られるようになったが、まだまだ選択肢が残っている。現状を満足するか、失った「領土」を奪還するか、あるいは新天地を開拓するか、自省しながらこれからの3年間でじっくり考えていきたい。

母国を誇りに思わなければ他人の尊敬を貰えない?

最近はすでに聞こえなくなっていますが、日本に移住してからの数年間にいわゆる「愛国問題」がしばしば家族や親戚に持ち出されていました。

皆さんは私に会うたびに口を揃えて「日本人に媚を売っても逆に尊敬されないぞ、母国を誇りに思うべし」と言っていました。つまり国やふるさとに愛を示さなければ、異国で他人の尊敬を貰えないということです。

この説は一見正論のように思えるのですが、実はただの誤謬に過ぎません。異国に移住するところか、長期間の滞在にメリットがありません。実体験にも反しています。

よく考えてください。日本人として、外国人に「日本料理はまずいよ。やはりふるさとの料理が一番だ」を言われたら良い気持ちになれますか?そこまでストレートではなくても、「日本料理がおいしいが、やはりふるさとの料理が一番口に合う」を言われてもさほど嬉しく感じないでしょう。

国レベルの話ではなく、日常的な話に例えると、他人の家を訪問することにしましょう。「お宅が狭いな、うちのほうが広い」と言い出す客はホストにどのように扱われるか容易に想像できます。一歩引いて、他人にリスペクトされても好かれることが難しいと思います。

母国を誇りに思うかどうかより、媚びないことのほうが大事ではないかと思います。媚びることが尊敬を失う原因になります。相手の機嫌を取るという目的のために敢えて母国を貶めたりするのが問題です。

では、私の個別事案においてはどうでしょうか。結論から言えば、私にこの件によって人に尊敬されるか否かとのことを気にしていないです。実務上、尊敬されたほうが多く感じています。

私の場合は、「母国」はすでに母国ではなくなっています。あくまで残響だという認識です。その残響と、思春期から徐々に形成させた日本人的な意識をあわせた独特なアイデンティティを持っています。日本が好きだからと言って、京都が好きではないことや納豆を食べないこと、相撲に興味ないことなど、素直にアピールしています。日本人に媚びたことが一度もありませんし、むしろ初期に平等の関係を得られず、けっこう口喧嘩していました。

ポスト渋谷時代の歩き方③無駄せず、無理せず、「自己中心的」な30代を目指したい

私は従順な平社員でも、正義な味方でもでなく、「自己中心的」な大人になりたいです。本当に好きなことしかしたくないですし、本当に気に入る人としか付き合いません。可能な限りに無駄をせず、無理をせずに最高な30代ライフを楽しんでいきたいです!

今までの自分は基本的に他人のために生きてきました。貴重な青春を全部人の夢を実現するために費やしただけではなく、過度に空気を読んでときどきどうでもいい忖度をしたりします。正直自分に無理をさせました。

やりたいことたくさんありますが、割と期間が限られています。締切は予想よりはやく迫ってきるかもしれませんし、もはや待てなくなりました。そして、とても今までのように何も他人の顔を伺いながら生きていく余裕がありません。「皆さんが正しい、自分が間違っている」ではなく、「皆さんは正しいし、自分も正しい」と思うようになりたいです。

さらに言えば、仮に「自分が間違っている」としましょう。それでも「だからどうした?」としか言いようがないです。自分が引き下がるのではなく、むしろそちらのほうが引き取ってもらいたい気持ちです。

誰かに合わせば幸せになれれば、私だって躊躇なくそのように貫きたいです。しかし、今まで無闇に他人のために犠牲を払ってもなかなか報われなかったです。今こそ人生の主権を取り戻し、自分のために生きていく時です。

ポスト・ツイッターライフを考える

高校時代からTwitterをやってきた私は様々な人と出会い、別れてきました。就活を境目に低浮上になり、そのままフェードアウトするか、アカウントごとに姿を消すかというパターンが多く見られました。

いよいよ、私もこの岐路に立たされてしまいました。

長い間、思うままにTwitterを使っていましたが、去年思い切ってTwitterルールを作って運営気味に切り替えました。試行錯誤の末、割と落ち着いてきました。しかし、最近ますます窮屈感を覚えつつあります。

呟けることはますます少なくなっているからです。第一、生活の主役にあたる仕事のことを話せなくなる立場になりました。Twitterどころか、他部署にも言えません。呟けるのはせいぜい職場における人間関係や仕事態度のネタしかないです。

生活のほとんどが呟けなくなる時点で、フェードアウトの道に踏み込んだような気がします。そこで、有意義なコンテンツを提供できるかどうかとのことは分かれ目になると思います。

有意義なコンテンツ、つまり他人がふとみて、少しでもポジティブな感覚を覚えさせるものです。きれいな写真、よく描いたイラストと滑らないネタはその典型的な例です。この方向を目指してやってみたいです。

言語勉強を少数精鋭に

「ぶっちゃけ言うと通訳なんて要らない。お客様と英会話するくらい私もできるよ。みかんさんのように(発音が)きれい、(表現が)正確じゃないかもしれないが、もう十分なんだ。」これは前のバイト先で、上司に言われた言葉です。

複数の言葉を話せる人はよく他人に憧れられるかもしれませんが、実際には社会に出ても使い道が少ない上に、上記のようにバカにされることもあり得るのです。大学に入ったばかりの頃、私も幅広く外国語を勉強してみました。日本語と英語がそこそこに身に付くと、次第に韓国語とドイツ語を勉強していた。その中に韓国語を独学した上で、更に大学で4単位分の授業を受けていました。

凄そうに見えますが、私は今でもまともな韓国語を喋れません。引き続き時間を費やせば韓国語もドイツ語もそれなりに喋れるようになるかもしれませんが、意味がありません、所詮かんたんな会話しか身に付かないので。そういうレベルの勉強は自己満足の他には何も手に入らないでしょう。

その一方、前にも言ったことがありますが、やはり日本で暮らす以上日本語が一番大事なのです。日本人のように日本語をこなせない限り、日本人と平等に扱われることは不可能だと私は断言します。現に私の日本語はまだ不自然ですし、訛も強いと言われます。毎日怠らずに磨かなければなりません。

ということで、これから私は幻の自己満足を捨てて日本語と英語の二刀流に戻ります。

学校生活の話「日本VS中国」

戦前から、「日本には四季があるから日本人は凄いのだ」という説があった。今でも一部の日本賛美の番組はそれを引用しているみたいだ。流石に無茶な話と思うが、日本人は確かに他国と違う所があると思う。今回話したいのは学校生活のことである。

私は長い間、アニメによく出てくる多種多彩なクラブ活動=部活はフィクションだと思っていた。遊びみたいなことにそんなに力を入れて、勉強や試験はどうするのだろうと考えていた。しかし、日本に来て3校の大学での学校生活を経験した後、アニメに出てきた部活というモノは本当に存在していることが分かった。

経験してきた3校には、どれも吹奏楽部や軽音楽部、野球部がある。校内では常に彼らが練習している姿が見られる。大学だけではなく、高校から既にそういう活動があると聞いた。実際、私の家の隣に丁度高校と中学校があって、毎日運動部の生徒たちの練習している声が聞こえる。アニメ「Just Because」第一話でもそういう場面が忠実に再現されていた。日本の若者たちは間違いなく素晴らしい生活を送っている。

その一方、中国の学生たちは何をしているだろう。私の場合、高校時代は朝7:30から始まり16:30まで通常の授業だった。夕方に予備校に通うこともあり、家で大人しく勉強しても、寝られるのは既に夜中になってからだった。それでも、頭が良くないので成績は上がらなかった。

部活まで手が回らなかった。そもそも存在しなかった。中国の学生は皆、大体同じような生活を送っていた。加えて、郊外に住んでいた私は都心へ出ることを両親に禁じられていた。都心にある予備校に通うようになったお陰で、ようやく初めて1人で都心へ行けるようになったのは既に高校2年のころだった。

大学に入って、そこには確かに部活があった。しかし、あくまで存在していただけで、皆さんは今まで勉強ばかりだったので、日本の高校には遥かに及ばないしょぼい部活を行っていた。今までの厳しい勉強への反発からか、皆さんは勉強から離れて、役に立たない資格や幻の人脈つくりに没頭していた。

では、果たして、皆さんは全員国にとって大切な人材になったのか。いいえ、基本的な仕事すらできない人がかなり多かった。就職しても月給6万円しか貰えないのは多数だと思われる。

つまらない、つまらなすぎてどうしようもない。こういう教育が、感性のある人間を生み出すわけがない。それところか、一体何のためにそんなに厳しい生活を送ったさえ分かる人はどれくらい居るだろう。

なので、四季ではなく、幅広く物事を体験できる豊かな生活が日本人の感性を育てるのではないかと思う。

ある上海で働きたい日本人の話

先日、ある日本人の知り合いに声を掛けられて、上海での就職についての話を聞かれた。大学できちんと中国語を勉強してきて、交換留学を通じて実際上海に1年間住んだこともあるようだし。結構気に入っているようだ。

以前リクルートでのインターンからの経験を活用して、知っている限りの情報を伝えたら、彼女はとても満足したようだった。どうも本気で上海で働いていこうとしているみたいだ。「どうして上海で働きたいの?」と聞いたら、上海のことが好きのほか、「日本にはもう未来がない」と「日本企業の職場がきつい」という2つの理由を挙げた。

私自身も元の国から出て日本で就職するつもりなので、彼女の考えを否定する立場がない。彼女が挙げた2つの理由はどちらも「正しい」と思うし。確かに、日本と比べると、中国の方がまだ元気である。日本企業の雰囲気も誰でも知っている通り厳しくて、私生活が食い尽くされるのも日常茶飯事なのだ。

それで、彼女に「みかん君はどう」と聞かれた。「日本で就職したい」と答えた途端、彼女はがっかりした顔を見せてくれた。日本は衰退しているが、一度底に落ちても必ずいつかまた再起できると信じている。未来がまだまだある。むしろ我々の手で作るのだ。私も伝統的な日本企業で働きたくないが、外資やベンチャーなどの選択肢もあるし。日本企業を回避することは困難ではない。

「じゃあ、私たちは替わろうか」と私はこっそり心で呟いた。