セーラー服の子が好き

海外で住んでいた時、私はあまり若い女性のことを気に入ったことがありませんでした。自分はひょっとして同性愛者か、無性愛者なのかと高校時代によく悩んでいました。

日本に住んで、放課後の時間に電車で偶然セーラー服の子たちに囲まれた時、可愛いなちう暖かい気持ちに気付きました。変質者だと思われないように、っちょっとしか直視できませんでした。

偶に囲まれたり、街で出会ったりすれば心が満たされます。自分の見た目は不細工ではないけれど、現役のセーラー服の子との年齢差がますます広がっていて、若い女性との会話術もなく、そもそも接点がないので、まともに付き合うことはないでしょう。セーラー服の姿を近距離で楽しむ為にも、娘でも何人か作ろうという脳天気的な考えも時々心に現れます。

中学校の国語の教科書を注文しました

もうすぐ大学院に入る私は、中学校の国語の教科書を注文しました。外国人として、日本語能力試験を満点にした後、どうすれば日本語を更に上達させられるかということは難しい課題になりました。

以前の考え方は甘いものでした。日本人との付き合いが多ければ多いほど自然に日本語が上達するなんて非現実的で効率が悪いと思います。なぜなら、日本語が流暢でないと、どこへ行っても外国人として扱われますし、外国人として認識された時点から、時々普通の会話すらできなくなることもあります。(一部の人は外国人との会話を諦めがちなので)

友達を作っても、日本語を有効に練習できる保証がありません。意味が通じれば、普通は誰も変な表現を指摘してくれません。これから強く間違いの指摘を求めても、「既に十分上手だから、もう大丈夫だよ」と何度も言われ、心の中では凄くがっかりしました。確かにいちいち協力するのは面倒ですし、彼らにそういう義務はありません。

本気で日本に住み続けたいのなら、「高度な日本語」ではなく、日本人に外国人であることを気付かれないほどの日本語を求めるべし。なので、日本人に頼るのは早めに止めた方がいいと私はこの結論に至りました。地道に日本人が勉強しているモノを目に通ってみたいです。今のところ、この道しかりません。

日本での生き方を考えてみました

来日から半年間が経ちました。半年とは言え、まるで日本で既に数年間住んできた体感があります。よく外国に移住するのは結構大変だと聞いていますが、外国語を上達し、ホストの文化に積極的に溶けばいいじゃないと思いました。実際大変なのは言葉でも風習でもなく、イデオロギーなのです。

最初は、私は「普通の日本人」を目指し、戦略を取ってみました。それは絶対ムリだと最近ついに認めました。なぜのなら、客観的に、子供だった時の共通経験を欠けているので、大人になったらどんなに頑張ってもその分を補うのは不可能でしょう。外国人だけではなく、日系人や帰国子女らすらそのせいで悩んでいます。

日本人はめったに他所の者(=外国人等)に「帰って・帰れ」と言わないのです。とは言え、本心的に嬉しく受け入れる訳でもありません。「日本に住みたい、帰化したい」という意思を隠さずに伝えたら、まるで同性愛者がカミングアウトしたみたいに周りの雰囲気が変になっていきます。

「ならばどうすればいい」と私は考えました。そして、私は新しい道にたどり着きました。日本語、文化、宗教などなどが、既に自分の一部になった以上、別に誰かの認めにこだわらなくてもいいのではないか。誇りを持って日本を愛し、自分なりに生きればいいと思います。

R.I.P. @Mikan_SH@twitter.com (2011-2017)

4月20日、私は今まで使ってきたツイッターアカウントの「@Mikan_SH」を削除した。現時点、機能している「Mikan」シリーズのアカウントはもうなくなった。

2011年(平成23年)から使い始めたアカウントとはいえ、実際そのうちに何度も削除されたり再建されたりしてきて、最後の「@Mikan_SH」も実際元の日本語専用アカウントに過ぎない。六年間のツイ歴に着目すると、この結果に辿り着くことはもはや必然的なのではないか。

大切な役割を果たしていたツイッター

私にとって、ツイッターが一番重要なのは中国に居た時に一番辛い時間だったかもしれない。振り返ると、今でもありがたいと思う。その時に、現実世界との繋がりが分断されたが、ツイッターを通じて、「全世界」と繋げるようになった。色々な人と出会い、物凄い量の情報を呑み込めた。現実との戦いや計画の遂行など、決定的な役割を果たしたと言えるだろう。

変調した使い方

ツイッターを利用した初期に、皆さんと健全的な関係を築けていた。しかし、2012年(平成24年)から現実の状況がかなり悪化しながら、私のツイートしていた内容も日々ネガティブ的になって、愚痴ばかりになった時もある。いつの間にから、初期にあった様な話し合いはなくなった。中国系の人たちと段々仲が悪くなって、「日本人の相手だったら大丈夫」という思いも固まった。しかしながら、それはただの片思いにしかないことを今、確信した。

2016年(平成28年)の春、崩壊の始まり

2016年前後、私はある絵師に興味を生じ、彼女と近付いてみた。彼女は着物をしょっちゅう着ていて、絵も和風を中心をしていた。私は、彼女の絵でも彼女自身でも大好きだった。よく彼女のブログとツイッターを読んでいた。彼女のことをもっと知りたかった。彼女も最初に、積極的に応えてくれた。これは私の「初恋」かもしれない。残念だが、調子に乗りすぎたのか、ただ勘違いだったのか。僅か数ヶ月で彼女は私と絶交した。このショックを受けて、今でもときどき残念だなと嘆いている。

とにかくそれはダメ

来日直前に、中華趣味者の何人が私をオフ会に誘った。最初は参加すると返事したが、日本伝統文化を愛する私はいつも日本をなんでもかんでも批判する彼らとそろそろ限界だし。普段よくみると、相手にされてない時も多いし、上からの目線も嫌いだし。考え方はそれほどズレているのなら、付き合わないほうがいいと考え、オフ会を断った上に、彼らをリムった。来日後にも、一度勢いを乗って彼らに喧嘩を売った。

「知り合いが大体関東に居る」と思ったら、東京の旅にオフ会ゼロ

私は本当に自分がツイッターで知り合いや友達をもっていると思った。現実で出会えることを期待していた。それなのに、実際関東へ行って、実際同じ日に同じ地域に居るのも関わらず、誰でも会えなかった。寂しかった。あー、SNSでの関係はすべて幻なのかと悟った。

と思ったが、「知り合い」たちは他の人を普通に誘っている

SNSでの人間関係が幻なのではなく、私の人間関係が自分の勘違いだけなのだということを最近分かった。「You don’t give me a fuck, and I don’t fuckin care!」と叫びながら、実際かなり気になっていた。一体何のためにツイッターをやってきたのだろうと分からなくなった。これ以上もう本当にごめんな。

これから

とにかく大学院に入ってから人生を直してみたい。今、仕方がないだが、それらのことを深く考えないほうがいいかもしれない。そして、SNSの正しい使い方、現実の人々との関係も見直しすべきだろう。少なくとも、「Mikan_SH」というツイッターでの人格をここまでにしたいと思う。

相模計画の目標達成

今年の9月以後のビザ危機を解消するために、通称「相模計画」を実施し、主要目標を達成した。

昨年の言った「研究生」ぼルーツが煩瑣過ぎ、あえて「科目履修生」の線に進める。第一段階として、春学期の前に出願しなければならない学校を狙っていた。在留資格を更新可能な大学がかなり限られている。まず明治と早稲田が視野に入って、学費などの諸費用が高すぎて諦めた。首都圏のほとんどの大学を練って、事前にも何本の電話を掛けて打診して、「首都大学東京」という学校を決めた。なお、「首都大学東京」とは言え、実際は相模原市の隣にあり、これは「相模計画」の由来である。

東京へ行く直前に、出願資格について首都大と少し揉めてしまった。僕の高校卒業が認められるかについて異議があった。実際、現場に行ったら大学卒業見込みとして認定されて、無事に出願できた。

在留資格更新について、首都大からあまりはっきりな答えをもらえなかったが、規則を合うなら協力すると言われた。そもそも「科目履修生」として合格できるかいなかもまだ分からない。でも、計画の目的として達成したと言える。不合格としても、まだまだ他の作戦がある。

これから、飛行機を乗って島根に帰る。

平成29年3月5日
東京羽田空港

関釜フェリーの「はまゆう」と「星希(성희 )」



僅か2日一泊の旅ですが、関釜系のフェリーの「はまゆう」と「星希(성희)」をそれぞれ乗りました。

「関釜フェリー」と「釜関フェリー(釜関훼리)」の名前が似ていますが、実際は全く違う会社です。前者は日本資本の純日本会社で、後者は韓国資本というだけではなく、創業者は元暴力団トップで結構物騒な感じがあります。でも両方から貰ったチケットが通用していて、利用についてあまり変わりがありません。

「はまゆう」が「関釜」が所有している日本の船で、「星希(ソンヒ)」が「釜関」に在籍している韓国の船です。両船の設計と内装がほぼ同じですが、精細なところに若干違います。

結論から言えば、「はまゆう」のほうが乗りやすいと思います。

「は」でも「星」でも、なぜか分からないですが、乗務員がほとんど韓国人らしいです。でも「は」のほうが男性スタッフがみんなかっこいいです。まるで韓国ドラマのキャラです。日本語も堪能です。「星」の男性乗務員はほぼ普通の韓国人男性で、そして態度もまあまあな感じです。日本語より英語を使ったほうがいいかなという感じもあります。

深夜で、「は」のゲームルームと3階の多目的ルームは相変わらず開放されます。私は往復で毎度船酔いのせいで夜中に起きてどうしようもなくなっていました。「は」で、座る場所があって暖かい飲み物を飲めて落ち着けました。その一方「星」で夜中に出かけると全ての施設が閉められ、自販機も冷たい物ばかりで、大変でした。

「は」の食堂では、色んなメニューを注文できて、味はそこそこですが選択肢がありました。「星」では、夕食と朝食のメニューが定番になって、決まった韓国料理だけでした。昔も「は」のように注文できていたそうですが、コスト削減のせいか今やめたらしいです。自慢だった喫茶店も終始開放されていませんでした。

「は」は日本船ですから、設備が大体日本ブランドで、貼り紙の日本語もちゃんとしています。「星」の貼り紙には、変な日本語だらけです。

釜山行


東京下見に前に、なおテンションが低くて、旅を出ようと考えました。下関を経由し、釜山へ行きました。

誤解を恐れずに言えば、釜山は中国の地方都市みたいです。とこへ行ってもハングルですが、雰囲気がそっくりです。とは言え、日本の要素も含んでいます。例えば、バスには「ストップ」バタンがあって、一部の会社の名前に「(株)」が付いていて、どこにも常備灯が付いているなどです。

韓国の2番目の大都市を見て、中国が結構頑張ってきたのだと思うようになりました。なぜなら、生活の便利さでは、中国の内陸地方都市もあまり韓国に負けないからです。(ネット規制などを除く)

英語より日本語の方が通じます。僕の予想と真逆です。日本語をある程度理解できる人が割りと多く、そのお陰で困ったことは少ないです。反って英語の方が、全く分からない人が大勢いるそうです。

進退窮まる

日常生活で、よく理不尽な質問をされます。言わないとバカにされて、正直に言ったら理解してくれません。バカにされたら流石に嫌になり、その人に近付きたくなくなります。理解しれくれないと、相手はこちらに近付かなくなります。

なぜこのように、誤魔化さないと、上手くいけないことになるのでしょう。それは、異聞の居場所にまだ辿り着いていないからではないでしょうか。「類は友を呼ぶ」がありますが、私に友を呼んでくれないのは、周りの人と自分と同じではないからだと思います。

とは言え、友達を作らないことは、日常生活に偶に支障となる感じがします。どうすればそれを避けられるのでしょう。まだ分かりません。もしかしたら、人生はもともとこのようなものかもしれません。

アパホテル体験談

最近話題になったアパホテル、実は最近泊まったばかりだ。広島駅前店だった。そこに予約した理由は、まず広島試験センターから凄く近く、すぐ隣にあったからである。そして、料金も安くて、一泊5000円だった。

一番面白いと思ったのは、部屋に置いていた自社漫画だ。「このホテルは意識高いな」と思わず呟いてしまった。今思えば、確かに歴史に関する本もあった。普通の歴史の読み物だと思った。そしてテレビから無料に右翼番組を観れた。しかし、品質は悪く、安っぽくて不満だった。それから、BBCも観れてとても満足した。自慢の大浴場については、実はそれほどでもなかった。まずサイズは小さいし、露天と言いつつもどこが露天が全く分からなかった。ただ、清潔感があるのは確かで、ひとまずリラックスできた。

更に、その日は完全に着物で泊まったのだ。堂々と保守の姿勢を構えた企業は、着物姿の私から中国のパスポートを見せられてどういう気持ちだったのだろう。

番外

今度、受験などの需要な用事の場合、もう着物で行きたくない。これは無茶し過ぎだ。流石に試験の大きな支障となる。せっかく英語の会話と作文が大幅に進歩したのに。今度またアパホテルに泊まるかもしれない。